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「となりの席のアカシックレコード〜全知全能だけど、空気だけは読めません〜」  作者: 源三郎


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第41章 練習できないので困ります

お題は、当日まで、わからない。


だから、練習も、できない。


それでも、コトハは、何か、やろうとした。


台本のない世界で、自分の言葉を、探そうとした。


うまく、いかなかった。


放課後の、視聴覚室。


明石コトハ(あかし・ことは)は、舞台の上に、立っていた。


客席には、凡田一ぼんだ・はじめが、一人。


「とりあえず、なんか、やってみろよ」


凡田が言う。


「お題なしで、ですか」


「うん。なんでもいい。即興だろ」


コトハは、しばらく、立っていた。


そして、すっと、息を吸った。


「『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』」


完璧な発音だった。


完璧な間だった。


ハムレットの、有名なセリフ。


一語一句、ずれていない。


凡田は、しばらく、黙っていた。


それから、言った。


「……なんか、すげえな」


「はい」


「でも」


凡田は、頭を、かいた。


「ぜんぜん、お前の言葉に、聞こえない」


コトハの動きが、止まった。


「……はい」


「正しいんだけど。きれいなんだけど。借り物っぽい」


「借り物です」


コトハは、正直に、認めた。


「これは、ハムレットの言葉です。わたしの言葉では、ありません」


「自分の言葉で、なんか言えないのか」


「……」


コトハは、口を、開いた。


何か、言おうとした。


でも。


出てこない。


百三十八億年分の言葉を、持っているのに。


「自分」から出てくる言葉が、一つも、見つからなかった。


口を、開けたまま。


コトハは、固まった。


その、ときだった。


「だーかーらー、そういうのは、こうだろ!」


視聴覚室の扉が、また、ばーんと開いた。


宵島カケル(よいじま・かける)が、飛び込んでくる。


予定も、約束も、なしに。


「即興ってのは、なァ!」


カケルは、舞台に駆け上がると、コトハの肩を、ばしっと叩いた。


「考えるな! 感じろ! ほら、俺が相手だ。なんか、来い!」


「なんか、とは」


「なんでもいい! 来た球を、打ち返せ!」


コトハは、困った。


球が、来ない。


来ても、打ち返し方が、わからない。


すると、カケルが、いきなり、その場に、しゃがみこんだ。


「うっ……腹が、痛え……」


突然の、芝居だった。


台本なんて、ない。


ただ、その場で、腹痛の役を、始めた。


「おい、転校生! 俺、いま、死にそうなんだけど! どうする!?」


コトハは、固まった。


頭の中で、検索する。


腹痛、対応、医学データ、応急処置──。


「……ええと。急性の腹痛の場合、まず、楽な姿勢を取らせ、医療機関に──」


「ぶー! つまんねえ!」


カケルが、起き上がった。


「正解を言うな! 芝居をしろ!」


「芝居」


「そう。俺が腹痛なら、お前は、なんだ? 心配する友達か? 知らんぷりする敵か? どっちでもいい。役を、生きろ!」


コトハには、それが、わからなかった。


データはある。


でも、「いま、この瞬間の、自分」が、ない。


その様子を、客席で、凡田と、白河ナギ(しらかわ・なぎ)が、並んで見ていた。


ナギは、バインダーを抱えたまま、頭を抱えていた。


「……うちのカケルが、本当に、すみません」


「いや。気持ちは、わかる」


凡田が、ぼそっと言う。


「正論しか言えないやつと、勢いしかないやつ。どっちも、面倒だ」


「ほんとに。なんで、私たちが、苦労するんでしょうね」


「ツッコミ役の、宿命だ」


二人は、同時に、ため息をついた。


息が、また、ぴったり、合った。


舞台の上では、カケルが、ひとりで、五役くらい、演じ始めていた。


王様、家来、姫、ドラゴン、ナレーション。


声を変えて、ぜんぶ、一人で。


うるさい。


でも、なぜか、見てしまう。


そのとき。


舞台の、すみっこから。


忘川レテ(わすれがわ・れて)が、ふらっと、出てきた。


いつのまにか、来ていた。


寝ぼけまなこで。


カケルの芝居を、ぼんやり見て。


それから、ぽつりと、言った。


「……その王様、さびしそう」


カケルの、芝居が、止まった。


レテは、別に、何かを狙ったわけじゃ、なかった。


ただ、思ったことを、そのまま、口にした。


「いっぱい命令して、いっぱいえらそうにして。でも、ひとりだから、さびしいんでしょ」


視聴覚室が、しん、と、静かになった。


カケルが、ぽかんと、レテを見た。


それから、にやっと、笑った。


「……お前、天才か」


「えっ、なにが?」


「いまの、一行で、俺の王様に、心が、できた」


レテは、よく、わかっていなかった。


きょとんと、している。


でも。


コトハだけは、わかった。


レテは、何も、考えていない。


戯曲も、知らない。


技術も、ない。


なのに。


たった一行で、人の胸を、つかんだ。


コトハには、できないことだった。


全部、知っているのに。


コトハは、自分の口を、そっと、押さえた。


さっき、出てこなかった言葉が。


なぜか、今は、もっと、遠くに、感じた。


「……わたしは」


ぽつり、と、こぼれた。


「台本どおりにしか、できません」


誰にも、聞こえないくらいの、小さな声だった。


でも、それは、コトハが、初めて、自分で気づいた、自分の弱さだった。


凡田は、客席から、その背中を、見ていた。


何か、声をかけようとして。


やめた。


これは、たぶん、コトハが、自分で、乗り越えるやつだ。


そう、思ったから。


カケルが、舞台の上で、レテの頭を、わしわし、と撫でていた。


「よし! 本番、お前と組む! 俺と忘川で、優勝、もらった!」


「えー、めんどくさい」


「即興は、心だ! お前、心の天才だ!」


「ねむい」


ナギが、客席から、叫んだ。


「カケル! 明日の集合、九時! 遅れたら、置いてくからね!」


「おう!」


「絶対、忘れるでしょ、あんた!」


「忘れねえよ!」


「……忘れるレテと、覚えない口だけのあんたで、どうやって、本番やるのよ」


ナギが、また、頭を抱えた。


凡田が、その隣で、ぽつりと、言った。


「がんばれよ。同志」


「……ありがとう、ございます」


両校のツッコミ役は、また、ため息を、重ねた。


本番は、明日だった。


コトハは、ハムレットを、完璧に言えます。


でも、「自分の言葉」は、一行も、出てきません。


一方、レテは、戯曲を知りません。


なのに、何も考えずに放った一行で、人の心を、つかみました。


この差を、今回は、誰にも、説明させませんでした。


コトハが固まる姿と、レテの一言。


それだけで、伝わるといいな、と思って書いています。


次回、本番です。


コトハは、台本のない言葉を、見つけられるでしょうか。

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