歌わないオルゴール
母が死んだ。
事故だった。
あっさりしていて、拍子抜けするほどだった。
母子家庭で、二人きり。
他に引き取り手もなく、私は仕方なく実家に戻った。
母は、とても厳しい人だった。
門限、成績、言葉遣い。
私はいい子じゃなかった。
嘘をついて、反発して、逃げることばかり考えていた。
正直、大嫌いだった。
大学生になり、親元を離れてみると、案外うまくやれている。
なんだ。
あんなに厳しくされなくても、生きていけたじゃないか。
そう思った矢先に、母は死んだ。
遺品の中に、小さなオルゴールがあった。
蓋を開けても、音は鳴らない。
歌わないオルゴール。
母が大切にしていたものだと、思い出した。
でも私は、それを捨ててしまおうと思った。
音の鳴らないオルゴールなんて、意味がない。
念のため、もう一度蓋を開ける。
中に、細く丸められた紙が入っていた。
抜き取った瞬間、
オルゴールが、くるりと回り始めた。
静かに流れ出したのは、トロイメライ。
母が、よく聴いていた曲だった。
紙を開く。
「鏡台の引き出し」
……なに、それ。
保険金?
隠し財産?
半信半疑で、母の部屋に向かう。
鏡台の引き出しに、また紙。
今度は、
「台所の砂糖の中」
はあ?
思わず紙を握りつぶしかけて、手が止まった。
子どものころ、母と宝探しをした記憶が、ふいに浮かんだ。
笑いながら、必死で家中を探した、あの日。
砂糖の中から、また紙。
「押し入れの青い箱」
次々と続く、意味のない指示。
なのに、なぜかやめられなかった。
思い出したのだ。
小さいころ、私は一度、誘拐されかけた。
それから母は、別人のように厳しくなった。
口うるさく言われたあれこれ。
身についた習慣。
一人暮らしが、何事もなくできている理由。
全部、母の言葉だった。
最後の紙は、オルゴールの底に貼ってあった。
「おしまい」
宝は、どこにもなかった。
オルゴールは鳴り続けている。
トロイメライが、部屋に流れる。
今さら、母を好きにはなれない。
厳しかった記憶は、消えない。
それでも私は、
この宝探しに、最後まで付き合ってしまった。
歌わないはずだったオルゴールが、
今日も、静かに歌っている。




