ポーションアンドポーション
すごくスッキリと目が覚めた。
そう、目が覚めた! つまり寝ていた!
私はきっちりと自分の部屋のベッドの上でお布団をかけて眠っていた!
どういうこと? 若干記憶が曖昧だ。なんか、魔力を感じようとカマドと話しながら色々やっていて、それで、それで……?
グレイシスさんに抱き締められたような記憶がふわっとあるんだけど、なにがあった? どういうこと? まずいよ、ただでさえこの世界に来る前のことを名前に至るまですっぽんと忘れているのにこの上忘れるのは!
……いや、実はふわっと覚えていなくもないんだけど、すごく気恥ずかしいし、おそらくカマドとグレイシスさんからしても私に聞いてほしい類の会話ではないはずなので、聞かなかったことにしておこう! 助けてくれてありがとう! あんまりよく覚えてないけど!!
私はゆっくりとベッドから起き上がった。
カマドは移動できないはずだから、私をここまで移動させてくれたのはグレイシスさんだろう。逆に彼は私の部屋を知らないはずだから、カマドが私の部屋のことを教えたのだろう。
鳥の囀りが聞こえる。カーテンからはお日様の光が差し込んでいて、時刻はすっかり昼だった。
「……昼!!」
というか、一番の問題は私が寝ていた時間だ。
アルバンくんには明確にタイムリミットがある。寝ている間に亡くなってしまったら洒落にならない……!
私はバタバタと部屋を飛び出し、錬成部屋に降りた。
「待って待って、寝てた!? どれくらい経った?」
『元気そうだなぁ、オイ』
「おかげさまで!」
ずっと火を維持してくれていたのだろうか、すでにカマドには火が入っており、エメラルドグリーンの炎が揺れている。
カマドは、忙しなく駆け寄っていく私を見てどこかホッとしたみたいだった。素直じゃないから教えてくれないけど、心配してくれたようだ。
『半日ってところだ。朝方に倒れて、今が昼』
「んぐぅ」
『あの奇病の子供が倒れてからまだ二日目だぜ。大丈夫だよ』
「そうだ、グレイシスさんは?」
『奇病の子供を部屋に移動させたり、体を洗ったりして、しばらくは様子を見るって言ってたぜ。今もついてるんじゃねえか』
見ると、確かにリビングのソファに寝かせていたはずのアルバンくんはいなくなっている。ソファで寝かせっぱなしは悪いことをしていたな。
とはいえ、今は時間がない。
アルバンくんの奇病は末期で、数日の猶予しかないのだ。グレイシスさんに助けてもらった恩は薬の開発で返す! 私はガバッと『錬金術の基礎』の本を開いた。
「時間がない、急ごう! なんか魔力のこと掴めた気がする、錬金術やるよー、カマド準備して!」
『へいへーい』
今から作るのは、再びのポーションベースだ。あらゆるポーションを作るときに必要なもの。レシピランクはE。魔力を使う手順があるゆえに、昨夜はぜーんぶ失敗していた。
『【ポーションベース】
レシピランク:E(初心者には難しい)
必要素材:
蒸留水×1
命の石の欠片×1
必要設備:
錬成用かまど(加熱Lv1以上)
錬成鍋(小)
空き保存瓶
手順:
鍋に蒸留水を入れて、温める。
命の石の欠片を入れる。
温めながら命の石の欠片の魔力を蒸留水と馴染ませる。
馴染んだ水を保存瓶に回収する。
成功率:90%
完成数:ポーションベース×1
備考:
あらゆるポーションのベース。そのままでは効果がない。』
レシピを再び眺めてみて、あれっと思う。昨日見た時とは変わっている表記があった。
「成功率90%に上がってる!?」
『ほぉん。あのたった一回で掴んだのか』
「と言いますと?」
『言葉の通りだ。成功率なんか作り手のスキルによって違う。今のラテリースなら作れるんだろ』
カマドの説明に頷く。
ほぉん。いけるのか。今の私なら。
実のところ、ポーションベースは手順としてはシンプルだ。石を水で煮るだけ。
ただ、そこに『魔力を馴染ませる』とかいう工程が入ってくることで一気に意味が分からなくなる。
けれど不思議なことに、今の私にはなんとなくやり方が分かるような気がした。集中すると、いろんなものが揺らぎを発しているように感じる。見えるわけでも聞こえるわけでもない。でも、揺れているということが分かる。
命の石の欠片を手に取ってみると、特に強くて手に馴染む揺らぎがある。なんとなく、温かくて心地いい。石自体はひんやりとしているのに不思議だ。
「なんでこんなに分かりやすいのに今まで気づかなかったんだろう?」
『閉じてたからだろ』
「ふわっふわすぎる……! でも分かってしまった今、その表現にしっくりくる私もいる……」
私はカマドのフックに蒸留水を入れた鍋をかけて、温めた。そこに命の石の欠片を優しくとぽんと入れる。優しくしないと驚かせちゃうからね。
「よし」
ここからが重要だ。石の揺らぎと水の揺らぎがまじわるように、鍋の中の水を混ぜるのだ。引かれたなめらかな細い線をなぞるように、慎重に、丁寧に。
適当に混ぜたらダメだ。ちょっとでも流れが逸れると命の石の欠片がむずがるように反発して、魔力が弾かれる。子供をあやすみたいに優しくしてあげなければならない。
慣れない作業なのもあって、結構神経を使う。
「カマド、もっと弱火にして。多分、沸騰させたら熱すぎる。ぬるま湯くらいの温度で気持ちよくしてあげないと」
『ケケケ、分かってんじゃねえか』
カマドは私の指示に満足そうにニンマリと笑って、火加減を調節してくれた。
そうして、様子を見ながら魔力を馴染ませてあげること数分間。
『ててーん! 錬成成功〜』
ポーションベースが完成した。
「おお、あっさりできちゃった。もしかしてこれが私のチートかな!」
『チート? 分からんが、あっさりはしてねえと思うぞ。消えかけたんだぞお前。いや消えないけど』
ふう、カマドは言うことが抽象的だね。
***
さて、それでは目的の生命力増強ポーションのレシピを一応もう一度見てみよう。魔力の工程は分かるようになったから、多少は分かるようになったはず……。
私はパラパラとポーションの作り方の本をめくった。
『【生命力増強ポーション】
レシピランク:D(これができれば一人前)
必要素材:
ポーションベース×1
ハイドラの血結晶×1
乗りキノコの栄養袋×1
ヴァリタスエキス×1
必要設備:
錬成用かまど(加熱Lv1以上)
錬成鍋(小)
眠らせ器
包丁
空き保存瓶
手順:
鍋にポーションベースを入れて、温める。
ハイドラの血結晶を入れ、魔力を使って完全に溶かす。
眠らせ器に乗りキノコの栄養袋を入れ、ヴァリタスエキスをよく揉み込む。
魔力で眠らせながら乗りキノコの栄養袋をよく刻む。
刻んだ栄養袋を何回かに分けて鍋に加え、魔力で眠らせたまま溶けるまで撹拌する。
完成したポーションを保存瓶に回収する。
成功率:78%
完成数:生命力増強ポーション×1』
ふむ、手順はまあ分かる。『眠らせながら』のくだりがまだ若干不安だけれど、おそらく何回か素材に触れてみたら起きているか眠っているかも分かるようになる、気がする。
命の石の欠片のときも、心地良さそうかそうじゃないかは揺らぎを見ていればなんとなく判別がついたからね。そんな感じだ。
でも、魔力が分かる前は、本当にここ意味分からなかったんだよ。
あとは、材料に一部分からないものがあるな。これは別にレシピがあるのかも。逆引きして、と。
「うーん、これは……」
『どうだ〜?』
「カマド、気づいたことがあるんだけど」
『んー? なんだよ』
カマドはニヤニヤと笑っている。私の言いたいことが分かっているのだろう。
私はカマドに向かって本を開いて、ページを示した。
「レシピランクのEとDって、手順としてはそんなに難しさに違いがないような」
『おうおう、よく気づいたな』
カマドは心底嬉しそうに笑う。
『レシピランクDは、ラテリースの言う通り錬成自体にそんなに違いはねえよ。その前に違いがある』
「その前?」
『材料が違う』
ふむ。材料か。
『色々あるが、たとえば自生してねえ薬草が必要なんだ。しかも、育てるのには魔力が必要。錬金術師は、このランクDのレシピを作るからには魔力で育てた薬草が調達できることになる』
「なるほど」
例えば、この材料のうちだとヴァリタスエキスのさらに材料であるヴェリタス草という素材があるのだが、それは魔力を使わないと栽培できない素材なのだそうだ。
『まあ育てる専門の人間と協力することもできるが、オススメはしねえなあ』
「なにかあったときに入手できなくなるからか」
『それもある。他にも、材料の中には妖精の協力を得ないと採れねえやつもある。ここで妖精との付き合い方を覚えるんだぜ』
「妖精? カマドじゃなくて?」
『俺は薬草は育てねえ』
そりゃそうか。かまどはかまどだからね。薬草を育てたりする妖精に手伝ってもらう必要があるのだろう。
しかし、しかしだ。私は屋敷の素材保管部屋を思い出した。さまざまな方法で保管され、大量に並ぶ素材。棚に付いたラベルには、今回のポーションの材料の名前も記載されていた。
「でも、とりあえずこの屋敷には材料が揃っちゃってるよね?」
『だなー』
のへーんと頷くカマド。
つまり、レシピランクDの生命力増強ポーションが作れる。
「……先に作ろう。必要なんだから」
そして、私は無事に生命力増強ポーションを作ることに成功した。
よーし、これでアルバンくんが起こせる!




