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名無し少女とおしゃべりカマドの、森でまったり錬金術スローライフ  作者: 京々
RECIPE1 延命ポーション

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魔力ってなに


 魔力とはなんでしょう?


 早速、私は『錬金術の基礎』の本を読んでいた。この本、初心者に優しすぎる。すごく役に立つ。ありがたい。当然、魔力のことも書いてあった。


『魔力とは世界に満ちている力。どこにでも、どんな物体の中にも、どんな生き物の中にも存在している。

 錬金術師は、世界と対話し、素材に宿る魔力に指向性を持たせることで薬の効果を増幅する──』


「いや、ふわっとしていて分からないよ」


 私のツッコミに、カマドがケケケと笑っている。呑気なやつめ。


「概念はふわっと分からなくもないんだけどね、じゃあ具体的にどうするのっていう話で」

『そんなもんは素材に聞くのさ』

「素材に?」


 ここにきて、一気にふわふわとしたファンタジー要素が出てきた。一生懸命祈りなさいとか、そういう話?


 全然具体的に操作できるイメージが湧かない。レシピみたいにきっちり書いてほしい。混ぜるとか刻むとかさ。

 まあ物理的に動かせるものじゃないから、こういうふわっとした記述になっているのだと思うのだが。


「うーん、とりあえず一度やってみよう。Eランクのレシピを作ってみるよ」


 言いながらパラパラと本を捲る。とりあえずって感じでピックアップしてみたのがこれだ。



『【ポーションベース】


 レシピランク:E(初心者には難しい)


 必要素材:

 蒸留水×1

 命の石の欠片×1


 必要設備:

 錬成用かまど(加熱Lv1以上)

 錬成鍋(小)

 空き保存瓶


 手順:

 鍋に蒸留水を入れて、温める。

 命の石の欠片を入れる。

 温めながら命の石の欠片の魔力を蒸留水と馴染ませる。

 馴染んだ水を保存瓶に回収する。


 成功率:1%

 完成数:ポーションベース×1


 備考:

 あらゆるポーションのベース。そのままでは効果がない。』



「ねえこれ、成功率1%って書いてない?」

『書いてあるな』


 しれっと答えるカマドさん。


 何度か目を擦ってみて、見直しても成功率は変わらない。紙面に燦然と輝く1%。

 今までは低くても97%とかだったのにいきなりの難易度アップ。無理じゃない? ランクEからこれって、錬金術難しすぎない?


 カマドはふーんと鼻でため息をついた。


『成功率なんか作り手のスキルによって違うに決まってんだろ。お前も然るべき技術を修めたら成功率が上がるさ』

「へえ。読む人の状態によって成功率の表記が違うんだ?」


 魔法の本なのかな? それともこれが古妖精語の不思議な効果ってやつ?


 うーん、今はいいや。とりあえずやってみよう。


 私はレシピの通りに命の石の欠片と蒸留水を鍋で煮てみた。問題は次だ。『命の石の欠片の魔力を蒸留水と馴染ませる』とは?


「とりあえず混ぜてみるか」


 多分それだけではダメなんだろうけど。


 結果は案の定。


『はっはー! 錬成失敗〜。ただの石を入れたお湯だ』

「ですよね」


 分かっていましたよ。

 でもね、このレシピの良いところは失敗しても材料の消費が少ないことなんだ。材料の命の石の欠片は何回でも使えるし、蒸留水は横でほとんど放置で作れるんだな。


「レッツゴー試行錯誤。ところで魔力可視化メガネとかない?」

『魔力を視覚で捉えるのは特殊な才能が必要だぜ。無理』

「ん〜。結局魔力ってなに〜」


 しかし、こんな行き当たりばったりな方法でうまく行くはずもない。

 結局私は何度も何度も失敗し、魔力について何も掴めないままいつのまにかとっぷりと夜になっていた。


 グレイシスさんが再び屋敷にやってきたのは、そんなふうにもう森も真っ暗になった頃だった。


「こんばんはー、大荷物ですね」

「大した重さでもない。ああ、これが頼まれていた食事だ。直前に料理人に作らせた」

「わあ! ありがとうございます! 料理人さんにもお礼をお願いします!」


 見せてもらうと、料理は焼きたてほかほかのパンととろとろのクリームスープだった。わあもう匂いだけで美味しい! 元気でる!


 私はふわぁっと料理にはしゃいでから、はたとグレイシスさんを見上げた。偏見だけれど、いかにも魔法が使えそうな顔をしている。いや本当に偏見だけれど。


「そうだ、グレイシスさんは魔法を使えますか?」

「嗜んではいる」


 使えるんだ。


「魔力を操作するんですよね?」

「そうだな。魔法は自身の体内の魔力を感じるところから始まる」


 自身の体内の魔力か。まあ、あらゆるものに魔力が存在するらしいので、当然私の中にも魔力はあるはずだ。ご教示いただけないだろうか。


 私がグレイシスさんにお願いをしようとすると、カマドがにゅっと声をかけてきた。


『おい、そいつに習うのはやめときな』

「カマド」

「!」


 グレイシスさんはカマドとこれが初対面だ。


 目を見開くグレイシスさん。喋るかまどなんて驚くよね。私も初めて見たときは悲鳴をあげた。


「驚いた、古い妖精か」

『そいつの魔法は根本的な思想が違う技術だぜ。先代の頃は『頭による魔法術』と呼んでいた』

「それは……あまりに古い呼び方だ。もう魔女や古い妖精の研究者、それもごく一部の者しか知らないだろう。今はこれを魔法と呼ぶ」


 ふぅん。グレイシスさんの使う魔法と、一千年以上前の錬金術が栄えていた頃の魔法って違うんだ?

 でも、一千年経つうちに昔の魔法は失伝して、今はグレイシスさんの使う『頭による魔法術』が『魔法』って呼ばれるようになったってことか。


「ちなみに、グレイシスさんたちの魔法が頭による魔法術なら、錬金術師が使うのはなんなの?」

『錬金術だろ、ケケケ』


 そうじゃないよ。昔は二種類の魔法があったんでしょ? どう呼び分けていたのって聞いたんだよ。


 カマドは、けれどつまらなそうに言う。


『錬金術と同じ思想で使う魔法もあったが、それは単なる『魔法』だな。頭による魔法術は魔法の素質がなかったやつがあとから作ったんだ』

「へーえ」


 思わぬことが判明した。それなりに興味深い話だが、しかし今私が欲しい情報はひとつ。


「まとめると、やっぱり錬金術の魔力の使い方は分からないってわけだね」


 手探りでやるしかないな!




 ***




 それから徹夜した。


 素材をよく見たり、匂いを嗅いでみたり、手でよく触ってみたり、軽く齧ってみたり。カマドが『素材に聞く』とか言うから思いつく限り試してみているのだが、いまだに魔力を掴めた感じはしない。高価な素材の方が魔力が多いのかなと思って触ってみても、何も感じないし。


「全然分からない……」

『おい、そろそろ寝ろよ。ずっと休みなしじゃねえか』

「んー、でも数日で死ぬって具体的に一日か二日かそれ以上か分からないし……」


 アルバンくんの話だ。タイムリミットはいつ来てもおかしくない。数日程度なら休みなしでやれるでしょう。私はその程度で死なないけれど、アルバンくんはその時間で死ぬのだ。


 それに、グレイシスさんが持ってきてくれた料理も食べたしね。温かく素朴な味で美味しかった。あれのおかげでいつもよりも元気なんですよ。


 カマドは、そんな私に心配そうな顔をしたままため息をついた。


『はあ。分かったよ。お前、やり方がなんだか頭による魔法術寄りだぞ。もっと話しかけてやれよ』

「はなしって……?」


 素材がおしゃべりしてくれるということだろうか。

 カマドが長い鼻をひくひくさせながら唸る。


『うーん、俺と話すときは俺が調整しているから良くないのかぁ? ちょっとお前から話しかけてみろ』

「と言われても……」


 それ以降、カマドの目も口も何もなかったみたいに引っ込んでしまって、そのかまどはただのかまどの見た目になった。

 メラメラと燃える炎だけが、不思議なエメラルドグリーンのままだ。


「カマド」


 とりあえず、呼んでみる。当然だけれど何もない。


「カマドー」


 手を組んで、神様にお祈りするみたいに呼びかけてみた。なにも変わらない。


「カマドカマドカマド」


 ぺとりとカマドの顔があったところに手を当てて気合いを入れてみた。なにも変わらない。


 カマドは喋らない。ぱちぱちとゆらめく炎がそこにあるだけだ。


「……」


 少し寂しくなってきた。なにせ、私がなにも分からなくてひとりぼっちで本当に寂しかったときに、初めて一緒にいてくれたのがカマドである。

 家族の記憶すら無い私にとっては、もはや唯一の家族のようなものだ。いやカマドもそう思っているかは分からないけど。


 エメラルドグリーンの火に手を当ててみる。


(暖かいなぁ)


 そうか、今まではカマドから私の言葉に合わせて話しかけてくれたのか。もしかして分かりやすく顔を出してくれていたのも私のため? 本来のカマドはおしゃべりしないし、表情もないのかな。


 今も、カマドは魔力を通しておしゃべりしてくれているのかもしれなかった。私には感じられないだけで。


「……」


 私って、魔力が分からないともしかしたらカマドとおしゃべりもできなくなるかもしれないのか。


 足元が、ぐらぐらしてしまいそう、かも。


 そこまで考えたとき、にゅんっとカマドの顔が出てきた。フックの鼻がぴーんと尖っている。


『あーもー分かった分かった、お前が俺のことを好きなのはよーく伝わった!』

「伝わったの?」


 私は何も分からないままだったけど。


 カマドの前の小さな腰掛けに膝を抱えて座ったまま、私は首を傾げた。私が余程寂しい顔をしていたのかもしれない。カマドはすごく気を遣ってくれている。

 そう、カマドは皮肉やさんだけれど、気遣いやさんでもある。


『お前は、やっぱり錬金術の素質はある。今までもふわふわと発信してはいるんだよ』

「そうなんだ」

『どうやって伝え方を調整するかと、どうやって受け取るかだと思うぜ』

「うーん」


 とは言われても。私は私が発信していたことも分かっていないのに。


「何かヒントない?」

『こればっかりは感覚的なものだ。先代は人によって違うかもとか言ってやがった』

「ふわふわすぎる」

『まあ、最初は心を落ち着けることと……先代の場合は、道を開くイメージだとか言ってたような気がする』

「道を開く?」

『自分から相手に向かって、通り道を作ってやるとか? でもあんまり頭でっかちに考えずに、感覚を探った方がいいぞ。人によって違うなら、他人のやり方を参考にしすぎると逆に使えなくなるってことだからな』


 うーん。


「そういえば、カマドって声出してるわけじゃないね?」

『かまどがどうやって声出すんだよ』


 まあね、発声器官がないもんね。


 カマドの話し方に今まで疑問を持ったことはなかったけれど、よくよく考えるとカマドは声を出しているわけじゃなく、心に直接伝わるような、テレパシーじみた感じに話している。


「今まで疑問に思ってなかったけど、よく考えたら不思議な感覚かも。これが受け取るってこと?」


 ちょっと集中してみよう。


 そもそも、音や声というものは、空気を震わせて発しているらしい。だから、空気の振動が届く範囲なら空気を伝って聞くことができる。そして、その振動をちゃんと受け取るためのものが耳、正確にはその奥にある鼓膜らしい。


 そういえば、鼓膜って『鼓の膜』って書くんだね。太鼓は確か楽器だったと思うけれど、確かに太鼓をドンドン鳴らされると肌がビリビリする感じがする。空気の振動を、耳だけじゃなくて肌でも感じてるってこと?


 カマドの声も、声じゃないけれど、何かの揺らぎを伝えてもらっている気がする。


 この、揺れるものの感覚をちゃんと掴めれば……。


『あっ待て、開きすぎ、』


 カマドの声を皮切りに、ドッと何かが流れ込んできた。うわうわなんだこれ。


 最初、情報の量が多すぎてそれがなんなのか分からなかった。ただただ真っ暗。本当に自分の体も見えないほどの真っ黒。シーンとなにも聞こえない、少しの圧迫感があるのみ。


 やがて、その真っ黒はものすごく色々なものを重ねて詰め込んで混ぜて並べて……なんかとにかくたーくさんのものがその中にあることが、なんとなく、分かった。

 なにも聞こえないわけじゃなくて、全部聞こえていて結果的になんにも聞こえなくなっているというか。


 それは、不思議な感覚だ。


 とても綺麗だった。

 包まれているみたいだ。

 母の胎内で微睡むように、なんだか安心する。


 その中にいる私は、見えないほどに、聞こえないほどに小さなものだった。というか色々なものがあるけれど、それらの境目が分からない。


 分からなくてもいい、気がする。だって心地いい。


 そのうち、私自身の境目もよく分からなくなってきて──


「ラテリース殿!!」

「っ」


 気がつくと、朝だった。


 私はグレイシスさんに肩を掴まれて揺さぶられていた。


 掴まれている肩の感触がじんわりと暖かい。

 曖昧だった私の境目が、その感触のところからしっかりと形を取り戻し始めた。


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