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名無し少女とおしゃべりカマドの、森でまったり錬金術スローライフ  作者: 京々
RECIPE1 延命ポーション

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グレイシスさんと交渉


 前回のあらすじ。「錬金術=魔女の力」疑惑が勃発。


 魔女って、ここではどういう扱いなんだろう? 魔女という言葉が指す意味はいろいろある。偉大な女性っていう感じで特異な力が持て囃されているならいい。いや面倒くさいけど。

 でも、排斥の対象になっている可能性もある。もしもそうだったら非常にまずい。


 私はごくりと息を呑み、勇気を持ってゆっくりと挙手をした。


「はい。確認があります」

「なんだ」

「今は何年ですか? こう、暦として」


 私の質問に、グレイシスさんは怪訝な顔をしつつも簡潔に教えてくれる。


「天の暦の3998年だ」

「ありがとうございます」


 私はさっと身を翻して錬成部屋へと移動した。リビングのお隣だ。扉も開け放しているからグレイシスさんからもちゃんと見えているだろう。怪しい行動をしているわけじゃないですよー!


 私は作業台に置いてある何冊かの本を手に取り、表紙や奥付けを調べる。そこにはちゃんと本が発行された暦が書いてあった。


「天の暦、3001年かぁ……」


 概ね一千年前。

 どの本も、数十年くらいの前後はあってもおおむねそのあたりの年代だと書かれている。


 すごく古い本がたまたまこの屋敷にあるだけ、という可能性もなくはない。ないんだけど……さすがに古すぎる。それに引き抜いてきた何冊かがたまたま全部古いなんてどんな確率?

 というか一千年前って骨董品ってレベルじゃないでしょ。まだ朽ちていないことに感心する。


 先代さんは相当な錬金術バカだ。そんな人が、最新の技術を追わずに一千年も昔の本ばかり揃えるだろうか? 最新の教本を退けてわざわざ一千年も前の本を、「自分の知識を継承したい」と称して用意するだろうか?


 多分、違う。


 私は思わず頭を抱えた。


「……ん〜……」


 これ、先代さんは一千年くらい前の人なんだ。


 それで、なんでか私を召喚するのに一千年くらいかかったんだ。私の記憶がぶっ飛んでることといい、先代さんの召喚、不具合多くない? いや錬金術が専門の人だから苦手分野なのかな? だとしてもひどいけど。


「ほう。古妖精語の本か」

「んあ〜〜新出単語やめてくださいー。ただでさえ混乱してるのに」


 いつのまにか錬成部屋にグレイシスさんが入ってきていて、私の後ろから本を覗き込んでいた。その落ち着いた群青色の瞳が本の文字を追っている。


 古妖精語ってなんだろう。ジトッと見上げると、グレイシスさんは素晴らしい洞察力を発揮して私の疑問を汲み取ってくれた。


「古妖精語とは、古い妖精と交流があった時代の魔女たちの教養語だ。魔女の力を持つ者は不思議と文字に書かれた以上の意図を読み取ることができる、と言われている。発音は失伝している」

「へえ……」


 そんなにすごい言葉だったんだ?


 私は本に視線を落とした。普通に読める、という以上のことが分からない。文字に書かれた以上の意図、というのもよく分からないし。

 まあ見覚えのある文字でもないんだけど、私の記憶は一切ないのでそのあたりの感覚は当てにならない。


 グレイシスさんは態度は変わらないながらも、静かな熱量を湛えて本を見ていた。


「すべての本が古妖精語だ。古妖精語の書物は現存数が極めて少ない。一冊でもとんでもない価値だ」

「怖いことを言わないでいただけますか」


 この屋敷にはたくさんの書庫があるけれど、そしてたくさんの本があるけれど、全部これと同じ言葉で書かれていましたよ。つまり一冊でもとんでもない価値の本が、山ほど。


 こんなものがあるなんて悪い人に知られたら、身の危険に直結する。というか、今、している。

 彼に実力行使に出られたら私に抵抗のすべはない。あるいはここを出て行ったあとにここのことを吹聴されても危ない。なんとか穏便に、かつ秘密を守るお約束をしてお帰りいただけないものか。


 私は警戒心を一気に上げてグレイシスさんを見上げた。彼も彼で、なにかを考え込んでいるようだ。さらさらと灰銀色の髪が揺れていた。


「……つまり、あなたは古の大魔女の子供なのか。これだけの書物を遺産として受け継いでいるなら、それ以外に考えられない」

「子供ぉ? 私はれっきとした……」


 言いかけて、しかし言葉が続かなかった。


「……」


 いや、私って何歳なんだろう? 外見年齢に則るなら十四歳くらいなんだけど、こう、感覚的に子供と言われると抵抗がある。

 背伸びしているみたいな意味ではなく、私の自意識はなんとなく成人しているような気がする。


 でも、記憶がないので正確なことが何も言えない。自分のことなのに推測でしか語れない。


 結果として、私は口をつぐんだ。


 はあ、カマドと過ごすだけなら記憶がなくてもなんら問題なかったんだけれど、他の人とお話しすると問題だらけだな。


 グレイシスさんは、そんな混乱中の私にも容赦がない。彼は私をまっすぐに見据えた。


「魔女殿、あなたを見込んで交渉がしたい」

「魔女じゃないです」

「なんとお呼びすれば?」

「……」


 ちょっと考えてみたけれど、面倒くさくなってきた。私はカマドをチラッとみて、なんの反応もないのを確認すると、全てを丸投げした。


「グレイシスさんがつけていいですよ。なんて呼びたいですか?」


 私の丸投げを受けたグレイシスさんは、ちょっと面倒くさそうな顔をした。気が合いますね。


 けれど、本来の彼は真面目な人なのだろう。彼は少しの間、じっと私を見て考え込む。その視線は私の目を見やって、もふもふとした髪をすべっていって、そして頭の上を見た。

 頭に何かあったっけ? 触ってみて思い出した。素材の部屋から持ち出したネムハーブのリースだ。頭に載っけたままにしていた。


 これは確かに子供っぽい。パッと外して作業台の上に置く。そのとき。


「ラテリース」


 グレイシスさんがぽつんとそう言った。


「ラテリース。私があなたを呼ぶ名だ。どうだろうか?」

「……」


 おそらく、グリーンティーラテみたいな髪色と、頭に載っけていたハーブのリースが由来だろう。不器用なりに頑張ってつけました、って感じ。まあ悪くない。


「いいですよ」


 私は素っ気なく頷いた。グレイシスさんが心なしかホッとした表情をしている。そういう表情もするんだ。ちょっと可愛い。


「ラテリース殿、交渉に戻ろう。あなたに甥のアルバンの奇病を治す薬の作成を依頼したい」

「確約できません。というか残りの期間を鑑みるとほとんど無理だと思います。私はたったさっき錬金術の勉強を始めたばっかりなんです」

「できなかったとしても報酬は支払う。どうせ他に治せる手立てはないんだ。ただ可能性に賭けたい」


 グレイシスさんは強気に前に出てきた。私が多少難色を示した程度じゃ全く引く気配がない。


 多分、表情は冷静沈着そのものだけれど、グレイシスさんは必死だった。


「必要なものがあるなら可能な限り調達する。あなたに害をなす者が現れないよう調整しよう。報酬も余程の無理がなければ希望の額を用意する。他にも希望があるなら言ってくれ」

「……」

「亡くなった兄の、たった一人の子供なんだ」


 ふぅん。家族仲がいいんだ。


『亡くなった兄』だなんていかにも訳アリな雰囲気。まあ最初からタダの一般人じゃなさそうな雰囲気だったけれど。名前がやたらと長かったし。


 私はふむと考える素振りをした。正直、今のところ報酬にはあんまり興味がない。お金をもらっても使うところがないし、物欲があんまりないのだ。というかそもそも何があるのか、手に入るのかが分からない。


 でも、害をなす人から守ってくれるというのは、今の私には重要だと思う。なにせこの屋敷には私とカマドだけ。変な人が来たときに身を守る手段がない。

 グレイシスさんはもう見るからに強そうだ。守ってもらえるならこんなに心強いことはない。


 私は確認の質問を重ねた。


「本当に、できなくても責めませんか?」

「もちろんだ」

「ペナルティ……罰とか報復とかないですか?」

「ない」


 それなら、まあ、もともとできる限り頑張ろうとは思っていたから、いいんだけど。


「分かりました、グレイシスさん。全力は尽くします」

「っありがとう!」

「!」


 私の返事に感極まったようにグレイシスさんが私の肩を掴んできた。うわ、顔が近い、手が大きい。


 でも本当に嬉しいのだろう。今までは冷たかった表情が、一瞬だけ泣きそうにほころんだ、ような気がする。

 そんなに喜ばれると、頑張りたいなという気持ちになるな。


 しかしグレイシスさんはすぐに顔を曇らせた。


「すまない、この上申し訳ないのだが……しばらくここに滞在してもいいだろうか。気を悪くしないでほしいのだが、ラテリース殿に依頼したとはいえ、アルバンはいつ死んでもおかしくない状態だ」


 彼にしては細く絞り出すような声で、グレイシスさんが言う。


「──亡くなるそのとき、せめて近くにいて、顔を見ていたいんだ」

「……分かりました」


 そんなことを言われては断れない。


「個室があるからそこに泊まっていいですよ。質素でも文句言わないでくださいね」

「もちろんだ」


 とはいえ、個室があるにはあるけど管理とか一切していないからな。使える状態かどうか、あとで一応見に行かないと。


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