奇病の勉強会
さて、そんな感じで何日か経った。
屋敷には引き続きグレイシスさんとアルバンくんが滞在していて、私は毎日なにかしらの錬金術を行っている。もちろん毎日アルバンくんのために生命力増強ポーションを作って飲んでもらっているよ。死んじゃうからね。
錬金術のレシピは書庫にたーくさんある。たかが数日じゃFランクのレシピだけだって全部作ってみるのは不可能なほど。
私は毎日それを消化して、練習を重ねていた。
「とはいえ、漫然とスキルアップ〜とか言っているだけでもいけないよね」
最終目標はアルバンくんの白胞子症の治療薬を作ることだ。そのためには、白胞子症自体を知っていかないといけないと思う。
「というわけで、今日は奇病について勉強します」
「はい! 僕も同席します!」
「必要なら解説しよう」
アルバンくんとグレイシスさんも奇病には興味があるというので、というかおそらく私よりもとても詳しいと思うので、同席していただきます。
ん? カマド? 当然参加ですよ!
なんと、書庫から奇病の本は思ったよりもざくざく見つかった。医学書っぽい難しそうな本もあった。
一千年前でも奇病は猛威を振るっていたことが窺える。
「とりあえず、手分けして読んで中身を教え合う感じでどうです? 全部一人で読むの大変で……」
「輪読に近い形式か。分かった」
「が、頑張ります」
時間を区切ってざくざく読書タイムをして、紅茶を飲みながら休憩がてらおしゃべりする感じでいく。
なお、お菓子もご用意しております。今日のお菓子はスコーンだ。『ズボラ錬金術師必携! 錬金術料理レシピ集』のおかげで食生活がちょっとずつ豊かになってきた。
で、肝心の勉強の結果の方はというと。
「ごめんなさい、全然分かんなかった」
私は惨敗であった。
「最初に読んだ本がおそらく歴史書で……知らない領の名前がわんさか出てきたので一旦撤退。次に読んだのがまたしても専門書っぽくて」
奇病の本って難しそうなものが多かったからな。
文字は読めるんですよ。でも当然ですが、文字が分かるだけでは本は読めない。この世界の前提知識が足りなすぎて、私は難しい本に返り討ちに遭った。悔しい。
グレイシスさんが興味深そうに私の読んだ本を手に取る。
「まあ、この先知識が増えたら読める本があると分かったのは収穫だ。歴史書の方は私の方が分かるかもしれない。このあと読んでも?」
「お願いしまぁす」
次は、アルバンくんが報告してくれた。
「ぼ、僕は『図解 奇病大辞典』を読んでいました」
両手で本を抱えて見せてくれるアルバンくん。
この本は私が最初からお世話になっていた本だ。分厚くてボリューミーだけれど、多くのイラストが描かれているために読みにくくはない。写真じゃなくてイラストなのでグロさも薄い。
アルバンくんは幼そうなのでなんとなく譲った本だ。白胞子症についてはこれ以上の情報が載っていなかったというのもある。
「他の奇病の根本治療に、なにか共通点がないかと思って書き出しながら見てみたんです」
おお、新しい視点! アルバンくん頭良い!
「一通り見たところ……複数の奇病に有効な治療法が二つほどありました」
「す、すごい! アルバンくん天才!?」
「えへへ……」
すごすぎるでしょ! グレイシスさんも「よくやった」とアルバンくんの頭をなでなで。嬉しそうにほっぺを赤くするアルバンくんが可愛い。
ひとしきり褒められた後、アルバンくんが続きを教えてくれた。
「ひとつが、『癒しのパナケイア』というもので、いくつかの奇病の根本治療が可能な薬として記述されています」
『んあ〜』
癒しのパナケイアの言葉に、カマドが気の抜けるような声を挟んでくる。
三人ともが顔を向けると、カマドはフックの鼻を起点にして目と口をぐるんと逆向きにしていた。すなわち、口が上にあって両目がフックの両隣にある。君、そんな顔もするんだね?
「どうしたの、カマド」
『ん〜そいつぁ無理だな。準エリクサーとまで呼ばれる万能薬だ。奇病専門なわけじゃなく、文字通り『なんでも治る』ほどのとんでもなく力のある薬だぜ』
「おっと」
『さすがに錬金術師としてピヨっ子のラテリースが一年かそこらで作ったら……いろんな錬金術師がこう、複雑な気持ちになる』
「今の私に作れるわけないって素直に言いなよ」
私のツッコミに、カマドはケケケと笑って顔の位置を正常に戻した。両目と口がぐるーんとフックを中心に回る。
「ところでエリクサーって何?」
『不老不死の妙薬だ。全ての錬金術の研究の目指す極致、賢者の石とも、それを材料にした薬だとも言われている』
「レシピランクSの気配……」
『バァカ、理論上はその存在があるだろうと言われているだけで、レシピになんかなってねえよ。ま、歴史に刻まれてねえだけで、誰か作った奴はいたかもしれんがな』
「おおーロマンだね」
錬金術師なら誰もが憧れる薬ってわけだね。
先代も作ったことがあるのかな? でも、この言い分だとカマドは教えてくれないだろうな。自分でレシピを開発してみろと言わんばかりだ。
話を戻そう。
『あと、癒しのパナケイアでも治らない奇病もあったはずだぜ』
「え、そうなの?」
『正確には一度治っても再発する。そうホイホイ作れる薬でもねーから、再発がある奇病には使うなって規制があったんだ』
へえ。まあ全ての奇病に効くなら本にもそう書いてあるよね。その薬があれば解決なんだから。
グレイシスさんが腕を組んでアルバンくんに視線を戻した。
「ではもう一つの奇病の治療法は?」
「こちらは『属性を打ち消す薬』を投与することです」
『んん〜』
またしてもくるくるし始めるカマド。カマドの反応からするに、こちらもあんまり芳しくない方法みたいだ。
こちらはアルバンくんも予想がついていたことなのか、アルバンくんが教えてくれた。
「奇病には属性があるそうです。それを調べて、正反対の属性を中和するように投与する方法です」
「奇病に属性なんかあったんだ」
あれ? でも、確か本にも属性の項目があった気がする。
「本によると、白胞子症の属性は『複合』だと書いてありました」
「複合か、厄介だな」
今度反応したのは、グレイシスさんだ。上品に口元に手を当てて、彼は物思いに耽っている。そうしていると実に耽美である。
「私が読んだ本が、魔物と奇病の属性を解説した本なんだ」
「魔物の属性ですか」
「討伐の役に立つかと思って」
「グレイシスさんらしい」
「ちなみに、殺戮型や大災害型のような討伐が必要な魔物には明確に属性が存在する」
へえ。ファンタジーには定番だよね。火属性とか水属性とか。
「炎、風、光、土、闇、雷、水、腐、の八つだ」
「多いな!!」
私は思わずツッコミを入れた。
こういうファンタジーの定番って属性は四つくらいじゃないの? 多いよ! 覚えきれないよ!
「なお、私たちが使う魔法……名前がややこしいな。仮に私たちが使う魔法、頭による魔法術を『現代魔法』とする。ラテリースたちの使う魔法は『古代魔法』だ」
『まー妥当な呼称だわな』
グレイシスさんとカマドが頷きあう。
こうして私たちの使う魔法とグレイシスさんたちが使う魔法の呼び分けを決めて、グレイシスさんは解説を続けてくれた。
「現代魔法にも属性がある。分類は魔物の属性と同じだ」
「属性相性があったりするんですか?」
「ある。といっても、近ければ混じる、正反対を全く同じ強さでぶつければ打ち消し合う、というだけだ」
「それと同じことを奇病にもできると」
グレイシスさんは、しかし目を細めて難しい顔をする。
「ここで、厄介だと言った理由につながる」
嫌な予感。
「打ち消すには、正反対の属性を全く同じ強さでぶつけなければならない。これは至難の業だ。ましてや複合となればほとんど不可能。実戦では打ち消し狙いは使われない。大抵は発表会での魅せ技だな」
「この奇病大辞典の中でも、『属性を打ち消す薬』が治療法として書かれていたのは複合以外の奇病のみでした」
「うーーん」
なるほど。だから複合属性の白胞子症も、その治療法が書かれていなかったのか。
その上アルバンくんが「それに、打ち消しというのは根本治療ではありません。年に一度くらいは薬を飲み続ける必要があります」と補足してくれた。なるほどね。
「カーマド」
『なんだぁ?』
私はカマドに声をかけながら、バラバラと作業台に置いてある本を捲る。
「癒しのパナケイアが今の私には無理で……属性を打ち消す薬がランクD? あってる?」
『そうだな。正確には、属性を打ち消す薬の一番難しいところはレシピじゃねえ。対象の奇病の属性と正反対の要素を正確に測るところだ。先代の頃はそれ専門の錬金術師もいたくらいだぜ』
「でも複合属性の打ち消しは不可能じゃない、だよね?」
満足そうに笑うカマド。
糸口は見えた感じだ。全くの手がかりなしだったことを考えると、なんという前進だろう。
「そういえば、私が読んだ専門書もよく分からなかったけど、そんな感じのことが書かれてたかも。属性の強弱が異なれば片方が残って変質するとか……、一つ飛ばしや二つ飛ばしの隣の属性ではより複雑な複合になる恐れが……とか……」
いや本当に意味が分からない本だった。ここまでの属性の前提知識がないとちんぷんかんぷんだったんだよ。やっと噛み砕けてきた気がする。
「あ、あと奇病の属性を調べる水が錬金術で作れるって書いてあった気がする!」
パラパラとよく分からなかった専門書を捲る。えっと、確かレシピも一緒に書いてあって……。
しかし、該当のページを見つけて読み進めた私は、早い段階でぴたりと指を止めた。
「……レシピランクC」
「ラテリースが作ったことがあるのはレシピランクDまで、だったか」
「うん……これは、なんというか」
カマドがまた口を挟んできた。
『レシピランクCからは、手順に妖精の助力を必要とし始める。ランクDを習得するまでに仲良くなっておいた妖精に錬成を手伝ってもらうんだ』
「そうだね、そう書いてあるね……」
残念ながら、私はここまでカマド以外の妖精と交流を持ったことがない。というか見たことすらない。
『行き詰まったなぁ、ラテリースぅ?』
「……カマドぉ、ちょっと楽しそうだね?」
『ケケケ、まあ楽しくやろうや。詰まることこそが錬金術の醍醐味だぜ〜』
カマドは心底楽しそうに、高い鼻を逸らして、口角をぎゅんと上げて笑っていた。いや本当に楽しそうだね。




