ズボラな錬金術料理
翌日からも、私の錬金術キャンペーンは続く。
とりあえず、まずは地力をつけることにした。すなわちスキルアップだ。
白胞子症の根本治療をどうすればいいのか、正直方向性すら分からない。でもレシピ開発にはまず基礎知識が必要のはず。基礎なくして応用はできない。
幸い、グレイシスさんもアルバンくんも「すぐ死ぬ!」って状態じゃなくなったからか、あんまり焦っていないようだ。
グレイシスさんに「スキルアップに時間取っていいですか!」と聞いたところ、むしろ取れと言われた。そうよね、基礎もない人間に薬作ってほしくないですよね。
というわけで、『ズボラ錬金術師必携! 錬金術料理レシピ集』という本を片手に、私はカマドと向かい合っている。
『それからやんのか』
「Fランクのレシピばっかりだし、ちょうど楽しくできそうかなと思って」
本に載っているレシピは、ジャム、ピクルス、カンタン野菜スープなど、ほとんど普通の料理って感じのものばかり。
「あ、はちみつもどきってやつがあるよ。どんなんだろ」
『その名の通りだぜ。はちみつ分かるか?』
「分かるよ。ミツバチが花から集めた甘い蜜でしょ」
『そ。はちみつもどきは、花ととろみ粉と水で作る、はちみつっぽい味がする蜜っぽいものだ』
「ふぅん。小麦粉もどき、チョコレートもどき……」
もどきがつく料理多いな。
まあ、『ズボラな錬金術師でも、安価で手近な材料で、簡単おいしいご飯!』ってキャッチコピーだもんな。それっぽく美味しく作れればいいというわけか。
カマドとやいやい言いながら、パラパラとページを捲る。
「へえ、ベーキングパウダーって作れるんだ? もどきだけど。パンが焼ける」
『パンならあるだろ』
「うーん、あれはボソボソしててあんまり美味しくないんだよ〜」
先代さんが屋敷に用意しておいてくれたパンは確かにまだまだあるが、味気ないし食感もイマイチだと思う。申し訳ないけれど。
食べたいのはふかふかのパンなのだ。
「ふかふか、ですか?」
「あ、アルバンくん」
声のした方を見ると、いつのまにか錬成部屋にはグレイシスさんに抱えられたアルバンくんが来ていた。
アルバンくんの気が滅入ってはいけないと、グレイシスさんは歩けないアルバンくんを抱えてよく散歩をする。その帰りだろう。グレイシスさんは献身的で世話焼きだ。
私は、アルバンくんを抱えているグレイシスさんに目線を移した。
「この世界にはふかふかなパンってないんですか?」
「あるが、滅多に食べられないものだ。特にシルヴェイン領は森に囲まれているものの、その森は豊かではない」
「へえ、大変」
まあ、全体的に修羅の世界っぽいもんな。ふかふかなパンとか能天気なこと言ってられないのかもしれない。
それに、グレイシスさんにもらったパンも焼き立てで美味しかったけど堅かったな。塩気が効いてずっしりみっしり。とってもボリューミーだった。
私はぴーんと閃いた。
「一緒に作ってみます?」
「えっいいんですか」
アルバンくんの目が期待にキラッとした。やや病的に白い頬がふんわりと期待に色づく。可愛いやつめ。
グレイシスさんがその横から私に疑問を投げかけた。
「魔女の力で作るものではないのか?」
「基本は普通の人もできる工程っぽいですよ。魔力が必要そうなところだけ私がやればいいでしょう」
ぶっちゃけ、グレイシスさんが手伝ってくれるなら助かる。ゴリゴリに力を使う工程があるのだ。その逞しい筋肉でなんとかしてもらいたい。
よし、ここは巻き込んでいこ!
「じゃあやりましょう、今やりましょう! まずは小麦粉もどきから!」
道のりは長いですよ。なにせパンの材料作りから始まるのでね。
中でも小麦粉もどきは少々過酷だ。あんまり本物の小麦粉と変わらなくない? って思う。ズボラとは。
『【小麦粉もどき】
レシピランク:F(初心者でもできる)
必要素材:
麦草×3
必要設備:
臼と杵
ふるい
布製保存袋
手順:
麦草をほぐして粒を取り出す。
臼に入れ、杵で叩きながら細かく砕く。
粉になったものをふるいにかけ、粗い殻を取り除く。
残った粉をさらに細かく砕き、ふるいにかけるのを二回繰り返す。
残ったきめ細かな粉を保存袋に入れる。
成功率:97%
完成数:小麦粉もどき×1』
さて、小麦粉とは本来なら小麦という植物の穂を挽いて挽いて作る粉だ。
しかし、この小麦粉もどきの材料はころんころんに太った草である。一応小麦っぽい色はしているけれど、どう見ても草、というより平たい草が何かを包んでいるような形をしている。そして先端からとうもろこしのような細いひげがふわふわと出ている。
麦草というらしい。
「この、麦草というのは……」
「私も保管部屋から持ってきて驚いたんですけど、こういう植物みたいです。これを丁寧にほぐして剥くと……」
「わあ、ぱらぱらした粒がたくさん」
なんか、そういう植物っぽい。
これを全部ほぐして臼に入れます。そして。
「というわけでグレイシスさん、お願いします」
「……構わないが」
グレイシスさんはやや納得いかなそうな顔をしつつも、美しい顔に似合わぬ圧倒的パワーでごりごりと粒を挽いてくれた。
すごい、すごいぞ、やはりパワー。パワーは全てを解決する。
「小麦粉もどきはそんな感じなのでお任せします。私とアルバンくんはベーキングパウダーもどきを作ります」
「ベーキングパウダー、ですか?」
「これがふかふかの秘密なのですよ」
「おお……!」
アルバンくんが興味津々に頷く。可愛いやつめ。
じゃあベーキングパウダーもどきを作ります。これは三つの材料を用意して混ぜるだけ。
ただし、この三つの材料がちょっと用意に手間がかかるのだ。一つが小麦粉もどき、これはグレイシスさんが頑張ってくれている。残りの二つが、アルケナ粉とレモナ粉。
「まずアルケナ粉」
『【アルケナ粉】
レシピランク:F(初心者でもできる)
必要素材:
マリン鉱石×1
かまどの妖精の灰×1
蒸留水×1
必要設備:
錬成用かまど(加熱Lv1以上)
錬成鍋(小)
薄布
乾燥皿
空き保存瓶
手順:
かまどの妖精の灰と蒸留水を鍋に注ぐ。
弱火で加熱し、しばらく煮る。
マリン鉱石を削って鍋に加える。
混ぜながら、白い泡が出なくなるまで煮る。
液体を冷まし、その上澄みを薄布で漉す。
漉した液体を乾燥皿に移す。
乾かして残った白い粉を保存瓶に回収する。
成功率:91%
完成数:アルケナ粉×1』
多分これ、重曹もどきだと思うんだよね。掃除にも使えるって書いてあったし。
まあレシピランクFなので料理の範疇だ。
材料にかまどの妖精の灰っていうのがあるのが面白かった。毎朝カマドから掻き出して捨てていたんだけれど、この灰って材料になることがあるんだね?
『トーゼンだろ。俺が焼いた灰は特別だぜ。火の気による毒性は抜けるし、他にも色々できるんだからな! ただの灰じゃねえぞ!』
「お〜」
確かに、よく考えたらこのアルケナ粉はベーキングパウダーもどきに使うんだから食べられるんだよね? すごいな。
「直接食べても美味しいの?」
『さすがに不味いだろ』
そっか。残念。
なお、普通の灰は食べたら毒だから食べちゃダメだよ。
「じゃあ次にレモナ粉」
『【レモナ粉】
レシピランク:F(初心者でもできる)
必要素材:
レモン×2
蒸留水×1
必要設備:
錬成用かまど(加熱Lv1以上)
錬成鍋(小)
薄布
乾燥皿
空き保存瓶
手順:
レモンを半分に切り、果汁を絞る。
果汁を薄布で漉し、鍋に注ぐ。
蒸留水を加え、弱火でゆっくりと加熱する。
液体が半分ほどに煮詰まったら火を止め、乾燥皿に移す。
乾かして残った白い粉を保存瓶に回収する。
成功率:95%
完成数:レモナ粉×1』
これは簡単だ。絞って、時間をかけて煮詰めて、乾かすだけ! 時間はかかるけどね。
ざっくりとレモナ粉ができたところで、カマドと鍋に向かっている私に、アルバンくんがそわそわと声をかけてくれた。
「僕に何かできることはありますか?」
「アルバンくんの出番はここからですよ!」
「ここから?」
首を傾げるアルバンくん。
私はグレイシスさんを振り返った。
「グレイシスさん、小麦粉もどきはできました?」
「粉の状態にはなった」
「わあ仕事が丁寧。ありがとうございます」
さっそく少しだけ小麦粉もどきをもらって、袋に入れる。それから次はアルケナ粉を袋に入れる。私はその袋をきゅっと結んで、アルバンくんに渡した。
「アルバンくん、これをフリフリできますか?」
「振るんですか?」
「はい。念入りに振ってください」
アルバンくんは最初ビックリしていたが、やがて控えめにしゃか…しゃか…と両手を使って振り始める。
ふむふむ、アルバンくんは軽いものを振るくらいの体力はあるのか。まだ彼は立って歩くことができず、移動するときにはグレイシスさんに抱えてもらっている状態だ。
そんな状態なので、腕が振れるのはとてもいいこと。グレイシスさんも、こちらの様子を見て何も言わないので、多分これくらいならさせてもオッケーということだろう。よかった。
ある程度振ってもらって混ざり具合がよさそうだったら、次はレモナ粉を追加。またしても振りまくってもらう。これでベーキングパウダーもどきも完成だ。
アルバンくんが期待に目を輝かせて私を見上げた。
「これで、ふかふかのパンができるのですか?」
「そうです! 他の材料は屋敷にあるのでね。とりあえず今日はまあるいふかふかのパンを作りましょうか」
「ま、丸い以外にもあるのですか?」
「ありますよー」
たーくさんありますとも!
食パン、白パン、フランスパン、あんぱん、レーズンパン、クリームパン、揚げパン……味なんかそれこそ無限大。
確か書庫に『おいしい手作りパンレシピ』もあったので、見せてあげようかな。
そんな私たちを黙って眺めていたカマドが、不意に笑った。
『クッフフフ』
「なーにカマド」
まだまだ先は長いのに、随分と愉快そうだ。私が水を向けると、カマドは高い鼻を逸らしてもったいぶる。なんだね、カマドさん?
『ラテリースは、やっぱり錬金術の素質があるって思ってな! 気を悪くするか?』
「うーん、まだ分からないけど、ちょっと嬉しいかもしれない」
『そうか!』
錬金術のおかげで、こうしてグレイシスさんとアルバンくんは和やかに笑ってくれるわけだからね。
カマドが私の返事に嬉しそうに鼻をひくひくさせた。




