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名無し少女とおしゃべりカマドの、森でまったり錬金術スローライフ  作者: 京々
RECIPE1 延命ポーション

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ぐーたら錬金術師のはじまり


 目が覚めて最初にやることは、一階に降りてかまどに火を入れることだ。


 灰を掻いて、松ぼっくりのような木の実をかまどの中に置き、その上に小さいのから順に薪を組む。そして陶器の壺の中に保管している炎の魔石をぽいと放り込む。少し待てば、めらめらと火が育ってくる。


 火が育つまで、部屋は少し寒い。私は小さな腰掛けに座って、火を待った。


 やがて、エメラルドグリーンの炎が立ち上ってくる。


『今日も遅い朝だなぁ、おい』

「おはよう、カマド。朝から元気だね」


 かまどの上の方には、錬金鍋をかけるためのフックがあった。そのフックの両隣に目が、真下に口が現れる。それはちょうどフックが鼻になるように位置した、なかなか目つきの悪い愛嬌のある顔だった。


 彼はこの屋敷のかまどに宿る妖精さんらしい。私の唯一のお喋り相手だ。


『いつまでダラけるつもりだよ。錬金術をやれや、錬金術を』

「知らないよ。先代さんが死ぬ間際に誰かに知識を受け継ぎたくて、私を召喚? したんだっけ? よく分からないけど、こっちは記憶全部飛んで自分の名前も分からない有様なんだよ。整理の時間が必要でしょ」


 そう、私は異世界から転生してきた、らしい。


 らしいというのは、私にそんな記憶は一切ないからである。それどころか自分の名前も生い立ちも家族も何もかも覚えてない! そんなことある?

 かろうじて日常に必要な知識や技能は覚えていたからよかったものの、それすらなかったらと思うとゾッとする。


 だから、今は記憶を思い出そうとしたり、状況を整理したりしているところなのだ。


 ──主にダラダラと過ごすことによってね。


『お前そう言って一ヶ月もダラダラしてるじゃねえか』

「その程度の期間で傷が癒えると思われるなんて心外だなぁ。加害者の自覚はないのかね、加害者の」


 常識的に考えて、これは誘拐である。しかも被害者は自分の名前すら覚えてないとか、かなり取り返しのつかない感じだ。


 その上、最初の頃の私は誰もいない屋敷で自分のことも何も分からず、超怖い時間を過ごした。

 当然カマドの存在も知らないから、私の状況を教えてくれる人もいない。せめてメモくらい残しておいてよ。


 カマドとの初対面は、そんな感じでしばらく分からない尽くしで過ごして憔悴した状態でのことだった。ひどい有様でしたよ。


 カマドも、さすがにそんな私を見かねて最初はすごく優しくしてくれた。

 思うに、彼は生来めっちゃ皮肉屋だ。でも最初の頃のカマドは紳士的で皮肉を一切言わなかった。優しいね。


『お前のダラけグセは心の傷のせいというよりも生来のものだろ』

「聞こえませーん」


 うん、ここまで私は同情を誘う話し方をしたけど、実のところ私が生来ナマケモノなのも事実。


 記憶がないのになんで分かるのかって? 分かりますよ。むしろ私のここ一ヶ月の過ごし方を見たら誰でも分かる。


『貯蓄はいずれ尽きるんだぜ。早めに修行を始めないと飢え死ぬぞぉ』

「あー、屋敷にあるのが腹持ち重視のパンしかないのは確かに不満なんだよなぁ。美味しくない」

『お前なあ』


 先代の錬金術師さんは、大往生したらしい。もうこの世にいらっしゃらない。私を召喚するにあたって、全ての遺産を私に引き継ぐそうだ。

 なお、カマドも先代さんの契約妖精だったらしく、それも含めて引き継がれているから、カマドは私の契約妖精になっているらしい。


 と、言われましても。


『逆に、なんでそんなに錬金術が嫌いなんだ? 先代は才能があるやつを召喚するって言ってたのによぉ』

「嫌いじゃないよ」

『はん?』

「嫌いになるほど錬金術のこと知らない」


 私は、嫌いだから錬金術をやらないのではない。


「やってみたら楽しいのかもしれないけど、今のところカマドとやいやい言い合うので満足しちゃってるんだよね」

『俺のせいかい……』


 いや、カマドのせいというわけでもない。


「錬金術をやったところでさ、誰が使うの?」

『お前は使わないのか?』

「うーん、使ってもいいけどね。でも、なんだかな。傷薬とかは役立ちそうだけどむしろ怪我しないように立ち回りたいし、いくらすごい薬を作ったってそんな薬は必要ない人生を送りたいよ」

『へえ』

「カマドも薬なんて使わないでしょ」

『まあなあ』


 つまり、そういうことだ。


「やる気がね、ないんですよ」

『そうかい……』


 カマドがちょっと遠い目をしてため息をついた。もう私を説得しようとしても無駄だと思ったらしい。


 ごめんね。カマドや先代さんのために錬金術をやってみてもいいんだけど、いまひとつ私の中でしっくり来ない。もうこれは気分の問題な気がする。


 まあ必要に迫られたらやり始めるでしょう。


「誰かに喜ばれるならやってみてもいいけど」

『……お前、案外可愛いことも言うんだな』

「? 今の可愛かった?」

『結構可愛いと思う』


 なにそれ照れる。




 ***




 そんな感じでいつも通りに過ごしていたのだが、その日はいつもと違った。


 こつん、と小さな音。屋敷の扉が鳴ったのだ。最初は気のせいかと思うほど頼りない音だったけれど、二回鳴ったらさすがに気づく。


 私はカマドの前の腰掛けから立ち上がって、玄関扉の方へ向かった。


 扉を開くと、その向こうには小さな少年がいた。


 ちなみに、小さいと言えば私も結構小さい。この屋敷に来てから真っ先に鏡を見たんだけど、グリーンティーラテのような色のもふもふの髪を首元で切り揃えた女の子の姿になっていた。外見年齢だけ見るなら十四歳くらい?

 全然見覚えがない人間で、それもあってパニックはすごかった。いや、自分の見た目の記憶なんかないから忘れているだけかもしれないけれど。


 扉の先にいる少年は、そんな私よりももっと小さい。十歳くらいに見える。白い髪に灰青色の瞳。

 おそらく元々は綺麗だった外套をはじめとする身なりがボロボロで、土にまみれ、葉っぱや小枝がたくさんついていた。頬には白い胞子のようなものまでついている。どんな悪路を突っ切ってきたのか。


 彼は灰青色の瞳を不安そうに潤ませて、私を見上げた。


「はぁい。どなたさま?」

「あの、ここは魔女さまの家、ですか?」

「ん?」


 魔女の家? 知らない言葉ですね。


 恐々と紡がれた言葉に私は首を傾げて、そのまんま答える。


「全然聞いたこともないですね。お間違えでは?」

「そう、ですか……」


 私の言葉に、少年は灰青色の目を翳らせた。なにやらとても残念そう。


 彼は力なく俯いて、俯いたその拍子にこふこふと咳をした。外套をぎゅっと口に当てて、顔を背けてこふこふとなかなか止まらない咳をしたあと、ふらりとその細い体が傾く。


「わ」


 慌てて手を差し出すと、少年の体は私の腕にもたれかかって、そのままずるずるとへたり落ちていった。


 私はぎゅっと少年を抱え直し、その顔を覗き込む。少年はもう意識がないようだった。


「どうしたんだろう」

『おい』

「カマド、男の子が倒れちゃった」

『そいつ、放っておくとすぐ死ぬぞ』


 一瞬だけ沈黙が流れる。


 かまどの中では、ぱちぱちとエメラルドグリーンの炎が揺れている。


 私がカマドの表情をまじまじと見ると、カマドはいつになく神妙な顔をして少年を見ていた。目つきの悪い目が、さらに細まっている。

 玄関扉からカマドまで、まあまあ距離があるのにその表情はやけにくっきりとして見えた。


『生命力を吸われ続けている。肌に白い胞子がついているだろ』

「おっと、これ森でくっつけてきたんじゃなくて病気? 寄生生物? のせいなのか」

『奇病だな。安心しろ、感染はしない』

「へえ」


 よく見ると、少年には頬だけでなく、腕や足にも白いふわふわした胞子がついていた。素人目には詳しいことが分からないけれど、かなり全身に広がっていそうだと思う。


 少年はぐったりしていて、意識を取り戻さない。


「どうにかする方法ある?」

『……分かってんだろ』


 カマドがその口元をニヒルに歪めた。


 カマドが言いたいことは一瞬で分かった。

 つまり、錬金術で薬を作れということなのだろう。


 心なしか、カマドはにやにやと愉快そうにしているようにも見える。私はため息をついた。


「カマド、今、内心快哉を叫んでいるね?」

『いやいや別にぃ?』

「なんて不謹慎なヤツ。嘆かわしい」


 私は大袈裟に嘆く素振りをしてから、少年の体を持ち上げた。年齢による体格差もあるんだけど、それ以上に少年の体は不自然に軽くて、私の腕でも持ち上がる。なんとも恐ろしいことだ。


 私はリビングのソファに少年の体を寝かせて、私の使っていたブランケットをかけてあげる。


 うーん、今まで何もしていなかったから、生活に必要な物資が必要最低限しかない。こういうときに困るから、ちょっとくらいなら作るか。


「はあ、目の前で人が死にそうなのにやる気がないも何もないからね」


 私は誰に言うでもなくそう呟いて、書庫に向かった。


「錬金術、やるかぁ」


 やるのである。


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