第9話「泣き虫錬金術師、死の森へ行く①」
辺境のブリッヒ村に来てひと月が過ぎた。レーネは納屋で本日販売分のポーションの瓶詰を行っている。
ドンドンドン!
突然、扉を激しく叩く音が響いた。
「レーネさん! 大変だ!!」
村長のハンスが血相を変えて飛び込んできた。額には汗が浮かび、息を切らせている。
「そ、村長さん!? どうしたんですか!?」
「隣村のミルハーゼンで疫病が発生した! 感染者は既に二十人を超えている!」
「えっ……!?」
レーネの手から、仕込み中だったポーション瓶がガシャンと落ちる。青い液体が床に飛び散った。
「そして……その治療には大量のレアヒールリーフが必要なんだ! 普通のヒールリーフでは効かない病気でな……」
「レ、レアヒールリーフ……!?」
それは教科書でしか見たことのない、幻の薬草だった。普通のヒールリーフの十倍の効果を持つが、危険な魔物が守る深い森の奥でしか採れないと言われている。
「しかし、王都から薬が届くまで一週間はかかる……それまでにあの村の人たちは……。それにこのままだと、この村も危ない!」
村長の言葉に、胸が締め付けられる。放っておけば大勢の人が死んでしまう。
「わ、私が……行きます!」
震え声で言い切った瞬間――
「それは無理だ」
低い声とともに、ガルド・ハンターが現れた。彼はこの村の猟師、冒険者でもある。彼はいつもの狩猟装備に加え、今日は背中に大型の剣まで背負っている。
「レアヒールリーフが生えるのは死の森の最深部。そこにはフォレストドラゴンが住んでいる」
「ド、ドラゴン……!?」
そのとき、店の奥からアリスが現れた。
「ご主人様が危険な場所に行かれるなら、この私も同行いたしますわ」
金髪ツインテールのホムンクルスが、いつもの白いワンピースの上に薄手のマントを羽織っている。
「アリス……でも危険よ……」
「ご主人様を一人で行かせるわけにはいきませんの。私はご主人様を守るために作られたのですから」
続いて、カウンターからメイド服姿のミレーユも立ち上がった。
「私も行くわ。レアヒールリーフなんて、本物の錬金術師である私にとって格好の研究材料よ」
「ミレーユちゃんも……?」
「それに」ミレーユが少し頬を赤らめて続ける。「あなたたちだけを行かせるのは……その……心配だから」
「……分かった。俺たち全員で行く」
ガルドが地図を広げた。
「死の森は三つのエリアに分かれている。外縁部、中間部、そして最深部だ」
レーネ、アリス、ミレーユ、そして肩に乗ったぷるんが地図を囲む。
「各自の役割を決めよう。俺、ガルドは前衛で魔物と直接戦闘。レーネは後方支援で回復薬を頼む。アリスは……」
「私はホムンクルスの特性を活かした索敵と防御を担当いたしますわ」
「私は攻撃魔法で支援するわ。錬金術師学院で習った戦闘術も使えるもの」
こうして、5人(ぷるん込み)の冒険パーティが結成された。
***
完全武装した5人は、村人たちの見送りを受けて森へ向かった。
「頑張って!」
「村の誇りよ!」
「絶対に帰ってきて!」
外縁部に入ると、すぐに異変に気づいた。
「静かすぎる……」
とガルドが呟く。
「魔物の気配が妙に濃いですね……」
とレーネ。肩の上のぷるんもぷるぷると不安そうに震えている。その時、アリスの青い瞳が鋭く光った。
「魔力探知!」
アリスが両手を前に向けると、透明な波動が森中に広がった。ホムンクルス特有の魔力感知能力が、隠れている魔物の位置を正確に把握する。
「左前方二十メートル、巨大な反応! 右斜め後ろに中型が三体! 皆さん、囲まれていますわ!」
その瞬間――
「ギュォォォォォン!!」
巨大な咆哮が森を震わせた。アリスの予告通り、左前方から普通の三倍はあるキングワイルドボアが飛び出してきた!
「でかすぎる!」
「皆さん、陣形を! アリスの索敵通りに展開!」
ガルドが前に出て大剣を構える。
「ガルドさん前衛、ミレーユは魔法詠唱、レーネ様はサポート準備を!」
アリスの的確な指示が飛ぶ。
「瞬間強化薬!」
レーネが投げた薬瓶がガルドの足元で割れ、淡い光がその体を包んだ。筋力が一時的に倍増する。
「効いてる……これなら! 嵐刃斬!」
光を纏った大剣が一撃でキングワイルドボアの急所を貫いた。
しかし、戦いはこれで終わらない。アリスが警告していた通り、右斜め後ろから中型のホーンラビットたちが襲いかかってきた。
「後方からも来ますわ!」
「任せて! 元素雷矢!」
ミレーユが素早く詠唱を完成させ、雷の矢を連射する。正確な狙いで三体のホーンラビットを同時に撃墜した。
「さすがミレーユ!」