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第8話「泣き虫錬金術師、錬金術勝負を挑まれる②」

「さあ、皆さん! どちらが"勝ち"だと思いますかーっ!」


 アリスの呼びかけが広場に響く。観客たちがざわざわと顔を見合わせ、ひそひそと相談を始めた。


「金は確かにすごいけど……」

「でも、レーネちゃんの農具も……」

「う~ん、どっちかなぁ」


 しばらくの沈黙の後、最初に手を上げたのは、畑仕事帰りの日焼けしたおじいさんだった。作業着についた土を払いながら、確信に満ちた声で言った。


「……ワシは、レーネちゃんの鍬じゃな」


 その瞬間、広場がざわめく。続けておじいさんが説明した。


「金は確かにきれいじゃが、ワシらが毎日使うもんじゃない。でも、この鍬があれば、明日から畑仕事がずっと楽になる。これこそ、ワシらにとっての宝物じゃよ」


「お、俺もだ!」


 若い農夫が勢いよく手を上げる。


「明日からの畑仕事が楽になるもん! この鎌なら、今まで苦労してた草刈りも一日で終わりそうだ!」


「うちもレーネちゃん!」


 主婦のマリアが続いた。


「家庭菜園の手入れに、このスコップは本当に助かるわ! 金は見てるだけだけど、これは毎日使えるもの!」


 次々に上がる手。村人たちの声が重なり合う。


「レーネちゃんの農具の方が、俺たちの生活に役立つ!」

「実用性で言ったら、断然こっちだ!」

「金は売るにも王都まで行かなきゃいけないしなぁ」

「それに、レーネちゃんの作ったものは、俺たちのことを考えて作ってくれてるんだ」


 気づけば、広場の大半の人々がレーネに手を上げていた。


「レーネの勝ちーっ!」


 村人たちの声が、広場全体に響いた。拍手と歓声が沸き起こり、レーネの名前を呼ぶ声があちこちから聞こえてくる。


「なっ……なによそれ……!」


 ミレーユは目を見開き、顔を真っ赤にした。その手には、まだ重たい金の塊が握られている。信じられないといった表情で、広場を見回した。


「金のほうが価値があるはずでしょ!? 客観的に見て、どう考えても金の方が上よ! こんな村の人気投票なんて……!」


 ミレーユの声に焦りが滲んでいる。王都の価値観では、金は絶対的な勝利を意味していた。技術的にも、経済的にも、どこから見ても自分の方が優れているはずなのに——


「ふふん、試合に勝って、勝負に負けましたわね」


 アリスがすかさず言い放つ。その小悪魔的な笑みには、計算し尽くされた余裕があった。


「金は確かに価値がありますけれど——毎日畑で汗を流す村の皆さまにとって、本当にありがたいのは、日々使える実用品の方ですのよ。価値というものは、使う人によって決まるものですの。わかりましたか? おほほほ♪」


 アリスの解説に、観客たちも納得の声を上げる。


「そうそう、アリスちゃんの言う通りだ」

「金は確かにすごいけど、俺たちには農具の方がありがたい」

「レーネちゃんは、俺たちのことを本当に考えてくれてるんだな」


 ミレーユはがくりと膝をつき、肩を落とした。握りしめていた金の塊が、急に重く感じられる。


「……っ、試合に勝って……勝負に負けた……だと!?」


 その言葉には、深い困惑と、そして少しの悔しさが込められていた。技術では勝っていたのに、なぜ——


 泣き虫なレーネでも、今回の結果の意味がわかった。村人にとって大切なのは、輝く金じゃなく、日々の暮らしに役立つもの。それが、レーネの錬金術なんだ。


 王都では「失敗作」「出来損ない」と言われ続けた自分の錬金術が、ここでは本当に必要とされている。人々の笑顔のために、生活を少しでも楽にするために——それこそが、本当の錬金術師の使命なのかもしれない。


「ご、ご主人様……やりましたわよ!」


 アリスが興奮気味に駆け寄ってくる。


「う、うん……でも、なんか申し訳ない……」


 レーネは農機具を抱えながら、少しだけ涙目で答えた。勝利の喜びよりも、ミレーユに対する申し訳なさの方が大きかった。彼女も一生懸命作ったのに——


 ミレーユはしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついて立ち上がった。そして、ふてくされた顔でつぶやいた。


「……あたしの負けよ……」


 その声には、負けを認める潔さと、同時に悔しさが混じっていた。でも、村人たちの反応を見ていて、何かを理解し始めているようでもあった。


「ということは、あなたは今日から私の下僕ですわね♪」


 アリスがにっこりと笑って宣言する。


「なっ……なにそれ! そんな約束……!」


 ミレーユが慌てて抗議するが、もう遅い。


「観客の前で交わした約束ですわ。証人もたくさんいますし」アリスが振り返って観客席を見る。「村の皆さーん、この人は今日から私の下僕でーす!」


「うおおおお姉さんつえええええ!!」


 なぜか観客席が大いに盛り上がる。特にモヒカン兄弟の興奮ぶりは異常で、「姉さん万歳!」「姉さん最高!」と絶叫していた。


「な、なんなのよあの人たちは……」


 ミレーユが呆然とする中、村人たちも温かい拍手を送っていた。


「ミレーユちゃんも、これからよろしくな」

「一緒に村で暮らそう」

「君の錬金術も、きっと役に立つよ」


 最初は戸惑っていたミレーユだったが、村人たちの優しさに触れて、少しずつ表情が和らいでいく。

 こうして、泣き虫錬金術師とおしゃまホムンクルスは、また一人仲間(?)を増やすことになった。


***


 数日後――


 「レーネの薬草屋」の工房には、見慣れぬ姿が一つ増えていた。


「……はぁ。なんで私、こんな田舎で店番してるのよ……」


 メイド服姿でカウンターに立つミレーユ。アリスの"指導"のもと、半ば強制的にお手伝いをさせられている。赤いツインドリルの髪は相変わらずだが、表情はどこか穏やかになっていた。


「下僕のくせに口が減らないですわね」


 アリスが茶化すように言う。


「うるさいわね、あんたこそ偉そうに……小さいくせに姉さんぶって……」


「小さいとは失礼な! それに、()()()ではなく()()()ですわよ♪」


「意味わかんないっ!」


 二人の掛け合いは相変わらずだが、そこには確かな親しみが感じられる。最初の敵対心は消え、なんだか今では姉妹のような関係に見えてくる。


 店の奥では、レーネは苦笑しながらポーションの瓶を並べていた。口の悪いアリスと、同じく口の悪い"元ライバル"。毎日が騒がしいけれど、なぜか胸の奥は温かい。

 一人だった王都の頃とは大違いだ。今では、頼もしい仲間たちに囲まれて、毎日が充実している。失敗を恐れることもなく、自分らしい錬金術を続けられる——これこそが、レーネが求めていた生活だった。


「ねえ、ミレーユちゃん」


 レーネが奥から声をかける。


「今度、一緒に新しいポーション作ってみない? あなたの技術と私の実用性を合わせたら、きっと素晴らしいものができると思うの」


「え……いいの?」


 ミレーユの顔が明るくなる。ライバルとして敵対していた頃とは違う、本当の仲間として認められた喜びがそこにあった。


「もちろんよ。私たち、チームなんだから」


「ぷるる♪」


 肩の上で、ぷるんが虹色に光る。まるで新しい仲間を歓迎しているかのように。


 泣き虫錬金術師の辺境スローライフは、また一歩にぎやかになったのだった。そして、三人の少女たち(とぷるん)の新しい冒険が、今始まろうとしていた。

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