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第6話「泣き虫錬金術師、薬屋を開店する②」

 カウンターの奥に立つアリスが、すっと顎を上げていた。小柄な少女の姿なのに、なぜか場の空気を支配している。


「そのポーションは、ここのご主人様――つまり私のマスターが、真心を込めて調合した特製品ですわ。効能と安全性は、この辺りで比肩するものはございませんの」


「……はぁ?」


「値段に文句をつける前に、その汚れた手を洗ってから商品を触りなさいな。泥と脂でベタベタの手で触られるなんて、ポーションに失礼ですわよ?」


 店内が静まり返る。村人たちは思わず息を呑み、レーネは工房の奥で口を押さえていた。


(ひぃぃぃぃっ……アリス、怖いこと言ってるぅぅぅぅ!)


 モヒカンたちは顔を見合わせ、最初は不快そうに唇を歪めた。


「……なんだと、チビが……?」


「てめぇ、誰に口きいて――」


「お黙りなさいって言ったでしょう?」


 アリスが、カウンターにトンッと指を置く。その仕草は、妙に迫力があった。まるで、本当に"店を守る番人"のように見える。


「買う気がないなら、とっとと出て行きなさいな。この店は、品物の価値を理解できる人だけが入ればいいんですもの」


「…………」


 モヒカンと大男は、しばし固まった。その間に、レーネは奥で半泣きになりながら心臓を押さえていた。


(あぁぁぁぁぁ、絶対怒られるやつだぁぁぁぁぁ!)


 でも不思議なことに、店内の空気はアリスが完全に支配していた。彼女の青い瞳はまっすぐで、言葉には迷いがない。まるで小さな女王様みたいだった。


「……チッ……」


 モヒカンと大男の舌打ち。それを聞いてアリスがさらに一歩踏み込んだ。まるで王宮の侍女長のような、冷え切った微笑みで言い放つ。


「ご理解いただけないなら――二度と来ないでいただけます?」


 ぴしっ、と、音がしたような気がした。それはアリスの声が、空気を真っ二つに裂いた瞬間だった。


「……す、すんません……姉さん……」


 その言葉が聞こえた瞬間、レーネは工房の奥で目を見開いた。え? 今、姉さんって言った?


「……へ?」


 恐る恐る工房の扉から顔を出すと、さっきまで威勢の良かったモヒカンと大男が、そろって頭を下げていた。彼らの前で腕を組むアリスは、相変わらず涼しい顔。


「わかればよろしいですわ。次からはお行儀よく来店なさいな」


「へ、へい……! 姉さん……!」


 モヒカンは何度も頭を下げ、大男も目をそらしながらコクコクと頷いている。店内にいた村人たちは、ぽかんとその様子を見守っていた。


「……あ、あれ……? 怒鳴られたり、暴れたりしないの……?」


 レーネは恐る恐るカウンターに近づきながらつぶやく。心臓はまだドキドキしていて、膝も少し震えていた。


「ぷるる……」


 肩の上で、ぷるんが安心したように虹色に光る。その光が、ほんの少しだけレーネの緊張を溶かしてくれた。


「じゃあ、なんか買って帰りなさいよ。冷やかしだけならいらないですわ」


「も、もちろんっす……! 姉さんに逆らうなんて、俺らもうしません……!」


 お金を払うときも、手がプルプル震えている。さっきまでの強面とは別人みたいだ。


「よろしい。今後は常連として扱って差し上げますわ」


「へ、へいっ……!」


 二人はポーションを抱えたまま、ぺこぺこと頭を下げながら店を後にした。


***


 モヒカンたちが去った後、店内にはしばし静寂が漂った。次に響いたのは、村人たちのどよめきだった。


「す、すげぇ……」

「アリスちゃん、あの二人を黙らせたぞ……!」

「まるで女将さんみたいだ……いや、もう姉さんだな……」

「姉さん……かっこいい……!」


 気がつけば、村の若者たちが目を輝かせてアリスを見ていた。小柄で可愛いはずの彼女は、今や頼もしさの象徴になってしまったらしい。


「……あ、あのね、アリス……?」


「はい、ご主人様?」


「わ、私……あんな怖い人に、何も言えなかったのに……」


「ご主人様は奥で震えていればいいんですのよ。表のことは、全部この私が守りますから」


「うぅ……なんか頼もしいけど……私、店主のはずなのに……」


「問題ありませんわ。ご主人様は調合に専念なさって。それが一番ですの」


 そう言いながら、アリスはひらりとスカートを翻して、胸を張る。その姿は、ちょっと誇らしげで――そして少しだけ生意気だった。


 でも、確かにアリスの言う通りだった。レーネは接客が苦手だけれど、薬を作ることなら自信がある。役割分担として、これはこれで理想的なのかもしれない。


***


 夕方。開店初日を終えた「レーネの薬草屋」は、思った以上の大盛況だった。


「今日の売り上げは……わぁ、予想以上……!」


 机の上に並んだコインを見て、思わず感動で涙がにじむ。泣き虫は泣き虫だけれど、嬉し泣きなら悪くない。


「これも、アリスのおかげだね……」


「当然ですわ。ですが――」


「ですが?」


「ご主人様の泣き虫ぶりも、店の個性として意外と好評ですわよ」


「ええぇぇぇぇっ!?」


 思わず変な声が出る。どうやら、工房の奥で半泣きしているレーネの姿は、村人たちの間で「守ってあげたくなる店主」として噂になったらしい。恥ずかしい……けれど、ちょっとだけ嬉しい複雑な気持ちだった。


「ぷるる♪」


 肩の上で、ぷるんが虹色に光る。今日一日、レーネの心臓は何度も止まりそうになったけれど――


「……でも、これなら……なんとかやっていけるかも……」


 窓の外では夕日が村を優しく染めている。王都では絶対に味わえなかった、温かい一日の終わり。


「明日も頑張ろうね、アリス」


「もちろんですわ。ただし、ご主人様はもう少し堂々となさいませ。店主としての威厳が足りませんの」


「う、威厳……難しいよぉ……」


 泣き虫錬金術師の新しい日常は、こうして始まった。その横で、口の悪いホムンクルスは、すでに"姉さん"として、一部の特殊な性癖を持つ若者らに崇拝され始めていた。


 レーネにとって、これ以上ない心強い相棒を得た一日だった。たとえ口が悪くても、アリスは確実にレーネを守ってくれる。そんな安心感に包まれて、レーネは初めての店舗経営という挑戦に、ほんの少しだけ自信を持つことができるようになったのだった。

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