第4話「泣き虫錬金術師、ホムンクルスを作る②」
そんなこんなで数時間――。
光に包まれた魔法陣の中心には、背丈一メートルちょっとの少女の輪郭がくっきりと現れた。
「……できた、かも……!」
小さな手、小さな足。ふわふわの金髪ツインテール(※完全にレーネの趣味)に、キュートな少女風の擬似肉体。顔はあどけなく、思わず抱きしめたくなる可愛さ。
魔法陣の光がゆっくりと弱まる。ホムンクルスの胸が、かすかに上下した。
「……動いた……!」
胸の奥が、感動と不安でいっぱいになる。レーネは手を合わせ、泣きそうになりながら祈った。
「ど、どうか……可愛くて、優しい子でありますように……!」
そして――工房の中に、小さな吐息のような声が響いた。
工房の中央で横たわる、小さな人影。光がゆっくりと弱まり、金色の髪がふわりと揺れた。
「……う、動いた……!」
レーネは胸を押さえて、涙がこぼれそうになる。まるで、生まれたばかりの赤ちゃんを見ているみたいだ。
少女の体がかすかに震え、薄いまぶたが開く。ガラス玉のような青い瞳が、ゆっくりとレーネを映した。
「……あ……」
呼吸するだけで胸がいっぱいになる。何もかも、レーネの理想どおり。小さくて可愛くて、年下で、抱きしめたくなるキュートさ。
「は、初めまして……わ、私が……あの……あ、あなたを作ったレーネです……」
しどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡ぐ。ホムンクルスの少女は瞬きをして、口を開いた。
「――貴女が、私を作ったご主人様なの?」
「は、はいっ……!」
感動で目が潤む。でも次の瞬間、その口から放たれたのは予想外の言葉だった。
「……ふぅん。少々、貧相な体型ですね」
「……え?」
レーネは固まった。いま、この子……なんて言った?
「うん、やっぱり貧相です。お胸も……あ、まぁ、成長期は終わってますよね」
「ひゃ、ひゃああああああっ!?」
顔が一瞬で真っ赤になり、涙目になる。え、えぇぇぇぇぇ!? なんで生まれたばかりでそんなに口が悪いの!?
「ぷるる……」
肩の上のぷるんが、心配そうにぷるぷる震える。レーネはその場で膝を抱えてうずくまった。
「うぅ……どうして……優しくて可愛い子がいいって祈ったのに……」
「可愛いのは事実でしょう? 私、とっても可愛いですもの」
ホムンクルスの少女は、くるりと回ってスカートの裾をふわりと揺らす。確かに可愛い。理想通りだ。でも、性格が……おしゃまというか、ちょっと生意気すぎる……。
「あら、泣いちゃうんですか? そんなことで泣いてたら、お客様の前で恥をかきますよ」
「うぅ……」
ホムンクルスは腰に手を当てて、まるで大人みたいにレーネを見下ろしている。見た目は年下の可愛い女の子なのに、話し方は完全に年上だ。
「それで、私の名前はどうするんですか? まさか『ホムンクルス』と呼ぶつもりじゃないでしょうね?」
「あ、あの……名前……」
そうだった、名前を考えていなかった。慌てて頭を回転させる。
「え、えーっと……あ、アリス! アリスはどうですか?」
「アリス……悪くないですね。では私はアリスです。よろしくお願いします、ご主人様」
アリスは小さくお辞儀をした。仕草は可愛らしいのに、なぜか上から目線な感じがする。
「それで、私の仕事は何ですか? まさか観賞用じゃないでしょうね?」
「あ、お店の接客をお願いしたくて……」
「接客ですか。なるほど、確かにご主人様では心もとないですものね」
「またひどいこと言った……」
レーネはしょんぼりと肩を落とした。こんなはずじゃなかったのに。優しくて従順な子を想像していたのに、どうしてこんなおしゃまで口の悪い子になったんだろう。
「でも、接客なら得意ですよ。お客様に失礼のないよう、きちんと対応して差し上げます」
そう言ってにっこり笑うアリスの顔は、確かに可愛らしかった。でも、どこか小悪魔的な雰囲気も漂っている。
「本当に……大丈夫かな……」
レーネの不安をよそに、肩の上のぷるんは楽しそうに虹色に光っていた。きっと新しい仲間ができて嬉しいんだろう。
「あら、このスライムも可愛いですね。名前は何というんですか?」
「ぷるんです。私の一番の相棒なんです」
「ぷるん……安直な名前ですね」
「そ、そんなことないです!」
アリスはくすくすと笑った。
「冗談ですよ、ご主人様。ぷるんさん、よろしくお願いします」
丁寧にぷるんに挨拶するアリス。ぷるんもぴょんと跳ねて挨拶を返した。
「さて、明日からお店を開くんですよね? 準備はできているんですか?」
「えっと……まだ全然……」
「やっぱり。では今夜は準備をしましょう。ご主人様は薬の整理、私は接客の準備をします」
アリスはてきぱきと工房の中を見回して、必要な物を確認し始めた。
「看板が必要ですね。それから値段表も。お客様用の椅子もあった方がいいでしょう」
「は、はい……」
レーネは慌てて薬瓶の整理を始めた。アリスの手際の良さに圧倒されて、少し安心したような、でも少し不安なような複雑な気持ちだった。
「ご主人様、そんなに緊張しないでください。私が付いていますから」
アリスが振り返って微笑む。その笑顔は確かに可愛らしくて、少しだけ心が軽くなった。
「でも、お客様の前では泣かないでくださいね。商売になりませんから」
「うっ……が、頑張ります……」
結局、その夜は朝まで準備に追われた。アリスは最後まで文句を言いながらも、しっかりと手伝ってくれた。
ただ、時々見せる小悪魔的な笑顔が気になって仕方がなかった。明日からの店の営業、本当に大丈夫だろうか。
窓の外では朝日が昇り始めていた。新しい一日、そして新しい挑戦の始まりだった。肩の上のぷるんが心配そうに光っている。きっとレーネと同じ気持ちなんだろう。
「大丈夫よね……きっと……」
レーネはそうつぶやいて、不安と期待の入り混じった気持ちで朝を迎えた。
***
翌朝、工房の前に「レーネの薬草屋」という看板を掲げて、彼女たちは開店の準備を整えた。
「ご主人様、姿勢を正してください。お客様に失礼ですよ」
アリスに背筋を伸ばされながら、レーネは工房の入口で緊張して立っていた。
「あ、あの……本当に大丈夫かな……」
「大丈夫です。私に任せてください」
アリスはそう言って、にっこりと笑った。でも、その笑顔の奥に何か企んでいるような光が見えたのは、きっと気のせいだろう。そう信じて、レーネは新しい一日を迎えることにした。でも、心の奥では小さな不安がくすぶっている。この可愛くて口の悪いホムンクルスと一緒に、本当にうまくやっていけるのだろうか。
その答えは、きっと明日になればわかるだろう。肩の上のぷるんが、いつものように虹色に光って励ましてくれた。少なくとも、ぷるんは変わらずにレーネの味方でいてくれる。それだけで、少し勇気が湧いてきた。
「よし……頑張ろう」
小さくつぶやいて、レーネは新しい挑戦に向かって一歩を踏み出した。
――泣き虫錬金術師と、毒舌ホムンクルス、そしてぷるぷるスライム。
レーネの辺境スローライフは、今日も騒がしく始まる。