第3話「泣き虫錬金術師、ホムンクルスを作る①」
辺境の村に引っ越してきてから、あっという間に十日ほどが過ぎた。
泣き虫なレーネでも、なんとか生きている。
「今日も朝からお疲れ様です、錬金術師様」
「回復薬、追加でお願いできますか?」
「この前の薬、すごく効いたって評判になってるよ」
ワイルドボアとエミリーちゃんの件で、レーネの作るポーションの評判はうなぎ上りだった。そのおかげで、納屋を改造した工房の前には、今日も村人たちが薬を求めて列を作っている。最初は村の数人だけだったが、いつの間にか隣村からも人が来るようになっていた。
「は、はい……少々お待ちください……」
震え声で答えながら、レーネは慌てて回復薬を取り出す。手がプルプル震えているのは相変わらずだけど、以前ほど心臓がバクバクすることはなくなった。
「ありがとね、可愛らしい錬金術師さん。また来るからね」
お客さんが帰っていくのを見送って、レーネは大きくため息をついた。肩の上のぷるんがぷるんと跳ねて、「お疲れさま」と言ってくれているみたい。
「レーネさん、お疲れみたいですね」
振り返ると、村長のハンスがにこにこしながら工房に入ってきた。
「村長さん、いらっしゃいませ……あの、今日は何か?」
「じつは……この前のポーション、大変評判がよくてな」
「そ、そうなんですか……?」
「そこで、相談なんだが」
村長は工房を見回しながら、満足そうに頷いた。
「レーネさんのポーションの評判は、もう近隣の村まで広がっている。そろそろ、きちんとした薬屋として店を開いてはどうかね?」
「お、お店……ですか?」
「そうだ。今みたいに依頼を受けてから作るより、ある程度は作り置きしておいた方が効率的だろう?」
確かに、村長の言う通りだった。最近は注文が多すぎて、夜遅くまで調合に追われることもしばしば。作り置きができれば、もっと楽になるはず。
「で、でも……」
「何か心配事でもあるのかね?」
「あの……お客さんと、その……お話しするのが……」
レーネの声はだんだん小さくなっていく。村の人たちは優しいから慣れたけれど、知らない人と話すのはまだ怖い。この前も隣村から来た商人に「お嬢ちゃん、この薬はどんな効果があるんだい?」と聞かれただけで、涙目になってしまった。
「ああ、なるほど……」
村長は優しく苦笑した。
「レーネさんの人見知りは相変わらずだな。誰か雇うという手もあるが……」
「ひゃ、雇う……!?」
想像しただけで胃がキリキリ痛む。面接なんてとてもできないし、知らない人と毎日一緒に働くなんて考えただけで冷や汗が出てくる。
「ぷるる……」
肩の上のぷるんが心配そうに震える。うぅ、そうだよね。販売したほうが、村のみんなの役に立てるよね……。
「……よ、よし。やってみます」
言葉にするだけで、心臓がバクバクする。でも、村長は嬉しそうに笑って、レーネの肩をぽんと叩いた。
「助かるよ、レーネさん。あなたならきっとできる」
……できるかなぁ。
***
その日の夜。レーネは工房の机に突っ伏して、ぷるんと向かい合っていた。
「ぷるん……どうしよう……私、人見知りすぎて、接客とか無理かも……」
「ぷるる……」
ぷるんは、ちょこんとレーネの指に乗って慰めてくれる。でも、この子は人語を話せない。
もし販売を始めても、接客は全部レーネがやらなきゃいけない。
「……あっ」
ふと、王都の錬金術師ギルドで見た光景を思い出した。偉い錬金術師の先生が、小さな人工生命体――ホムンクルスに雑用をさせていたのを。
「そうだ……ホムンクルスを作ればいいんだ!」
(自分で作ったホムンクルスなら、知らない人じゃない……そうよ、可愛くて優しい子にしよう。それに、年下の女の子にすれば、私でも堂々とできるかも……)
我ながら謎理論だったけれど、なんだかうまくいきそうな気がした。
レーネは机に身を乗り出して、勢いよくメモをとり始めた。せっかくなら、可愛くて、年下で、扱いやすい子がいい。優しくて、ニコニコ笑ってくれる子がいいな……。
ぷるんが虹色に光る。まるで「わくわくするね」と言っているみたいだった。
「よぉし……決めた! 接客用ホムンクルス、作ります!」
***
こうして、泣き虫錬金術師の新たな挑戦が始まったのだった。翌日、レーネは工房の奥にこもり、机いっぱいに材料を並べていた。
紙に書いたメモには、大きくこう記されている。
【ホムンクルス作成レシピ】
・清らかな水(井戸水でも可)
・魔力をよく通す土(村の裏手の黒土)
・自分の血液を一滴(※命との繋がり)
・心を宿す触媒(今回は《森の雫石》)
「うう……本当に作れるのかな……」
魔法学院の授業で、先生が口酸っぱく言っていた。
『ホムンクルスは術者の心を映す。雑念や不安が強すぎると、性格に出るぞ』
……つまり、レーネみたいな泣き虫が作ると、泣き虫ホムンクルスが生まれる可能性があるということだ。
「ぷるん、お願いだから、私を励まして……」
「ぷるる♪」
肩の上でスライムのぷるんが、ぴょこんと跳ねて虹色に光った。その光を見て、少しだけ勇気がわいてくる。
***
レーネは、まず大きなガラスの調合槽に井戸水を注ぎ、村の裏手で掘ってきた黒土を混ぜた。木の杓文字でゆっくりとかき回すと、どろりとした灰色の液体になる。
「うぅ……おかゆみたいで、ちょっと気持ち悪い……」
でもここが第一段階。ホムンクルスの"体"になる部分だから、焦ってはいけない。
「次は……触媒の《森の雫石》……」
掌にのせると、淡い緑色の光を放つ小さな宝石。先日森に行ったガルドが「護符にでもしろ」とくれたものだ。
「よし……お願い、優しくて可愛い子になってね……!」
祈るように石をどろりとした液体に落とすと、ぼわっと光の泡が立ち上った。ぷるんが
「おおー」という感じでぷるぷる震える。
「つ、次は……わ、私の血を一滴……」
レーネは針で指先をちくりと刺した。赤い雫がぽとりと液体に落ちた瞬間――
ぐつぐつ、と鍋が勝手に煮立ち始める。白い蒸気がふわふわ立ちのぼり、工房に甘いような草の香りが漂った。
「う、うわ……これ、授業で見たやつだ……!」
レーネは急いで、床に描いておいた魔法陣に液体を注ぐ。魔力を込めながら呪文を唱えると、陣の線が淡く光り始める。
「……す、すごい……ちゃんと動いてる……!」
恐怖と感動で涙がにじむ。魔力をさらに注ぐと、魔法陣の中心で液体がゆっくり人型を形作っていく。
――途中、泣き虫ハプニングも多発した。
「きゃああっ!」
くしゃみで机の上の粉末が舞い上がり、魔法陣にぶわっと降りかかる。泡がぽこぽこと弾け、思わず半泣きになる。
「ぷるん、お願いっ、粉を拭いて……!」
「ぷるるるっ!」
ぷるんが体をスポンジみたいに使って粉を吸い取り、ぴかぴかにしてくれる。頼もしすぎて、泣き笑いになった。