表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/29

第2話「泣き虫錬金術師、初めての依頼」

 魔物騒ぎから一夜明けた朝。レーネは村外れの小さな家で目を覚ました。昨夜、村の人たちが総出で準備してくれた我が家——築年数こそ古いが、錬金術の作業場として使える立派な納屋付きだ。王都の狭くて薄汚いアパートとは雲泥の差だった。


「ここが……私の新しい家……」


 朝日が窓から差し込んで、部屋を暖かく照らしている。鳥のさえずりと、遠くから聞こえる村人たちの穏やかな声。こんなに静かで平和な朝を迎えるのは、いつぶりだろう。


 その時——


 ドンドンドン!


 激しいノック音が響いた。


「レーネさん! レーネさん!」


 慌てて扉を開けると、村長のハンスが血相を変えて立っていた。


「そ、村長さん!? どうしたんですか!?」


「大変なんです! エミリちゃんが……エミリちゃんがっ!」


 村長の声が震えている。いつものにこやかな表情は消え失せ、深刻そのものだった。


「え、エミリちゃんって……?」


「村で一番小さな女の子です。まだ五歳で……今朝、急に原因不明の高熱で倒れて……」


 村長の説明を聞いて、レーネの心臓がドキドキと音を立てた。


「お医者様に診てもらったのですが、『こんな症状は見たことがない』と……。もう薬草を煎じた程度では効かないんです」


「そ、それで私に……?」


「はい……錬金術師様にお願いするしか……」


 村長が深々と頭を下げる。その肩が小刻みに震えているのが見えた。


「もし、もしエミリちゃんに何かあったら……あの子の両親は……村のみんなは……」


 レーネの手がガクガクと震え始めた。昨日のワイルドボアとは違う。今度は人の命がかかっている。それも、小さな子供の——


「わ、私なんかで……本当に大丈夫なんでしょうか……」


「お願いします! レーネ様だけが頼りなんです!」


 村長の切実な声に、レーネは震え声で答えた。


「わ、わかりました……やってみます……!」


***


 村長と別れた後、レーネは納屋で準備を始めた。でも、手が震えて道具をまともに持てない。


 (また失敗したらどうしよう……)


 王都での記憶が蘇る。


『あなたの薬で息子の容体が悪化したわ!』

『プロ失格よ!』

『二度と薬なんて作らないで!』


 怒鳴り声、罵詈雑言、軽蔑の視線——


「うぅ……怖い……」


 でも、エミリちゃんの苦しむ顔を思い浮かべると、逃げるわけにはいかなかった。


「よ、よし……子供用の解熱ポーションを……」


 手は震えるし、背中は汗でびっしょりだ。でも、昨日みたいに、誰かの役に立てるなら——。レーネは自分にそう言い聞かせ、奮い立つのであった。


「材料は……ヒールハーブと聖水……子ども用だから分量は三分の一に……」


 粉をふるい、液体を混ぜる。火加減に気を付けながらコトコトと煮詰める。でも、集中すればするほど、過去の失敗が頭をよぎる。


 (エミリちゃんが苦しんでいる……みんなが私を信じてくれているのに……)


 プレッシャーで胸が締め付けられる。そして——


「……う、うぅ……うわああああん!」


 ついに我慢の限界が来て、大粒の涙がぽろぽろと落ちた。


 ぽちゃん。


 レーネの涙が鍋に落ちた瞬間——


 ぼふふふふっ!


 突然、薬液の中で光る泡が立ち上がった。そして次の瞬間、淡い水色をした不思議な生き物がぽこんと現れた。


「ひゃああああ!?」


 現れた生き物を見て、素っ頓狂な声を上げるレーネ。それは、手のひらほどの大きさで、ぷるぷるした半透明の体。まん丸な黒い目が二つ、きょろきょろと辺りを見回している。


「ス、スライム!? なんで私の薬から……!?」


 スライムはぷるぷると震えながら、レーネを見上げた。そして——


 きらきらと虹色に光った。その光が薬液に混じると、みるみるうちにポーションの色が変化していく。毒々しい緑色だったものが、優しい淡い金色に変わった。


「あ……あなたが、薬を完成させてくれたの……?」


 スライムは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて答えた。


***


「エミリちゃん……エミリちゃん……」


 子どもの家を訪れると、母親のマリアが娘を抱きながら泣いていた。小さなエミリちゃんは顔を真っ赤にして、苦しそうに荒い息をしている。時々「ママ……」と呟くが、もうほとんど意識がない。


「錬金術師様……お願いします……この子を……この子を助けて……」


 マリアが縋るような目でレーネを見つめる。その隣では、父親のトムも拳を握りしめて祈っていた。


「大丈夫です……きっと大丈夫です……」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、レーネは震える手でポーションの瓶を取り出した。


(お願い……上手くいって……)


 小さなスプーンで、金色のポーションをエミリちゃんの口に含ませる。一滴、二滴、三滴——


 しばらく変化はなかった。レーネの心臓が激しく鐘を打つ。


「効かない……のかな……」


 その時——


 「……ん……」


 エミリちゃんが小さく声を出した。


 「エミリ!?」


 マリアが身を乗り出す。みるみるうちに、エミリちゃんの顔から熱の赤みが引いていく。荒かった呼吸も、穏やかになっていく。


「ママ……?」


 小さな声で、でもはっきりと、エミリちゃんが母親を呼んだ。


「エミリぃぃぃぃ!」


 マリアが娘を抱きしめて号泣した。トムも涙を流しながら、レーネの手を握った。


「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


***


 その夜、納屋で一人になったレーネは、スライムと向き合っていた。


「あなたのおかげで……エミリちゃんを救えた……」


 スライムはぷるぷると震えて、虹色に光っている。


「あなた、名前は何て呼べばいい?」


 きょとんとした様子で首を傾げるスライム。


「そうか、まだ名前がないのね……『ぷるん』はどう?」


 その瞬間、スライムが嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。まるで「その名前、気に入った!」と言っているみたいだった。


「ぷるん……よろしくね」


 レーネがそっと指を差し出すと、ぷるんは優しく触れてきた。温かくて、柔らかくて、なんだか心が落ち着く。


「私、泣き虫で怖がりで、すぐ失敗するけど——」


 窓の外では、エミリちゃんの家から安堵の笑い声が聞こえてくる。


「でも、あなたがいれば……きっと、もっとたくさんの人を助けられる」


 ぷるんが虹色に輝いて、まるで「一緒に頑張ろう!」と言っているようだった。


***


 翌朝——


「レーネ様ー!」


 元気いっぱいのエミリちゃんの声で目が覚めた。窓から見ると、完全に回復した彼女が、両親と一緒に手を振っている。


「おはよう、エミリちゃん!」


「ありがとう、錬金術師様!」


 その笑顔を見て、レーネの胸が温かくなった。肩の上のぷるんも、嬉しそうに光っている。


「よーし、今日も頑張るぞ!」


 こうして、泣き虫錬金術師と奇跡のスライム・ぷるんの、本格的な辺境ライフが始まった。


 これから先、どんな困難が待っているかわからない。でも、もう一人じゃない。

 ぷるんと一緒なら、きっと乗り越えられる——

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ