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第7話 霧島 星羅(4)


ドカッ――!


冴島(さえじま) (りん)の「電撃系神経強化」で加速された全身の力を、

ストーカーの顔面に全力で叩き込む。


ドゴォォン!

拳を受けたショートヘアの女の顔が激しく歪み、そのまま吹っ飛んでリビングの壁に叩きつけられる。


霧島(きりしま)!!」

壁にめり込んだストーカーを無視し、リビングの床に倒れた血まみれの霧島(きりしま) 星羅(せいら)の状態を確認する。

瞳孔が開いたまま多量の血を流している彼女。


彼女の胸は意識がない中でも依然として小さく上下していたが、

(状態が深刻すぎる……!)

赤色を通り越し、ほとんど「ブラック」直前に達している彼女のサイキックエーテルシールド。



「あな、あなたは誰よ…!よくも…よくも私たちの愛の巣に侵入してくれたわね!?」

いつの間に立ち上がったストーカーが腫れ上がった頬を押さえながら叫んだ。

赤黒い霧島(きりしま) 星羅(せいら)のそれとは違い、依然として黄色い光に留まっているストーカーのシールド。


(…さっきの一撃、ほぼ俺の最高威力だったんだが)

手首が折れるのではないか悩むほどの強烈なパンチをまともに受けたにもかかわらず、ショートヘア女のコンディションはそれほど悪くなかった。

どんな方法で霧島(きりしま)を制圧したのかは分からないが、彼女のタフさだけは先ほどの攻撃ではっきりと分かった。


(能力を確認するのが一番確実ではあるんだが……)


『眼』を使えば簡単なことではあったが、あの女にこの能力を使った瞬間、冴島(さえじま)から借りた神経強化能力は使えなくなる。

もしストーカーが持つ特殊能力が取るに足らないものだったら、最悪の場合、何の能力もなく「ヒロイン」と素手で対峙しなければならない。


「……」

しばし悩んだ後、全身の神経を電撃で強化する。


…とりあえず何も考えるな。

(今重要なのは、目の前のあの女を倒して霧島(きりしま)を救うことだからな)


「あなた、誰だって聞いてるでしょ…!!星羅(せいら)と私の家に、どうして許可もなく入ってくるのよ!!」

まるで巣を攻撃された母鳥のように狂乱し始めるショートヘア女。


『俺が状況を勘違いしたのか?』なんて考えは全く浮かばなかった。

自分の家に靴を履いたまま入ってくる奴なんて誰一人いるはずがないからだ。


全身に青い電荷が舞い散り、

普通の人なら反応すらできない速度でストーカーの右足を蹴り飛ばす。


「あなた一体…ぐうっ!?」

体重の軸を攻撃され、一瞬にしてバランスを崩し倒れ始めるストーカーの頭を、

ドカッ!

肘で空中からそのまま叩き落とす。


「うげぇっ…!!」

奇怪な悲鳴と共に床に叩きつけられる女。


しかし、この程度の攻撃で倒れるようならヒロインではない。

倒れたストーカーの胴体を体重で押さえつけ、腕を掴んでためらうことなく後ろに捻り上げる。

「キャアアアァァ……!!」

聞くに堪えない叫び声がリビング全体に響き渡ったが、そんなものに心が弱くなってはならない。


「さっさと降参しろ!そしてどうして霧島(きりしま)を狙ったんだ!!」

「う、うぐぐっ…思い出した、あなた!天海(あまみ) (じん)…でしょ…?!」

聞いて呆れた。

霧島(きりしま) 星羅(せいら)のストーカーを自称するくせに、今になって彼女の隣の俺を認識するとは。


(いや、それほど霧島(きりしま)以外には関心すらないのか?)

そんな呆れた考えが浮かんだ中、


……ん?

瞬間的に意識に空白が生じる。

俺は、今何を……


霧島(きりしま)の家のリビングに一人で立ったまま、さっきまで何かを掴んでいたような気が――


グッ。

その瞬間、俺の右腕を何かが強く掴む。

皮膚を伝わってくる生臭い体温と湿った汗、

そしてぼんやりとしながらもねっとりとした、不気味なエーテル。


「……!!」

反射的にその手を振り払おうと再び神経を強化させた瞬間、


―ズンッ。

発現直前の能力の破片が粉々に砕け、体の中でめちゃくちゃに渦巻く。


「カハッ….!!」

全身の神経を焼き尽くすように逆流するエーテル。

男性であるためにヒロインより圧倒的に少ないエーテルしか持っていないにもかかわらず、全身の回路を焼き切るような苦痛に一瞬意識が遠のく。


「キヒッ…どんなすごいヒロインでも、いや、すごければすごいほど?この能力からは抜け出しにくいんだから。あなたは男なのにエーテルがあるなんて不思議ね…あなたにもちょっと、興味あるかも…?」


(これは、一体……?)

彼女はただ俺の背後で腕を掴んでいるだけだったが、脱出しようと身をもがけばもがくほど苦痛はさらに酷くなっていくばかりだった。


「はぁっ…はぁっ…」

何とか息を整え、ゆっくりと首を回してストーカーと顔を合わせる。

「わぁ…あなた、かなり私のタイプかも…苦しんでる表情も気に入ったし……クククッ…雄の去勢は直接できるから期待してていいわよ…?」

腫れ上がった頬に紅潮を浮かべ妄想の世界へ入っていくストーカーの『眼』を見つめる。


『見て、奪って、喰らい尽くせ―』


頭を鋭く刺す姉さんの幻聴と共に、

……ギリッ。

再び訪れたエーテルの逆流。

視界が点滅し、強い苦痛が全身を駆け巡る。


「ケヘッ、まだ分からないの?能力を使えば使うほど――」

そんな俺を見て嘲笑っていたストーカーは、


「……ん?私、今何をしてたんだっけ……?」

虚空に右手を差し出したまま、そのまま止まった。


次の瞬間、

グッ!

ストーカーの認識の彼方、俺の腕が彼女の首を強く掴む。


「くうっ…かはっ……!」

突然現れて自分の首を絞める手を振り払おうと、両手で俺の腕を掴んで能力を発現させる彼女。


しかし、

「うぐぐぐぐぐ―――!!!」

まともな声にならない悲鳴がストーカーの喉の下から迸った。


(使える能力で本当に良かった)

『眼』を通して知ったストーカーの能力は二つ。


一つ目は相手の認識から消えること。

一度でも見破られた相手には再使用が不可能な制限があったが、

どうせこの女にこの能力を再び使うことはないだろう。


二つ目は自分の手が触れた相手の能力を阻止すること。

正確に言えば、能力のパワーに比例したエーテル逆流を引き起こすことで、その発現を妨害し苦痛を与える能力。


ついに赤色に変わっていくストーカーのシールド。

(勝った……!)

ほんの少し油断したその時、


ドカッ。

微弱な、しかし強烈な衝撃によって全身の力が急速に抜ける。

「ま、ともなシールドも張れない男のくせに…!そ、それでも今日は一旦逃げないと……」


(卑怯な……!)

完全に無防備だった俺の股間に蹴りを入れ、壊れた窓の向こうへ飛び降りるストーカー。


「ここで、逃がすわけにはいかないんだ…が―イタタタ……」

気持ちとしてはすぐにでも彼女を追いかけたいが、ここは5階だった。


微弱なエーテルを持っているとはいえ、ヒロインではない俺が耐えるには高すぎる高さ。

そして何よりも、


(……死にかける霧島 星羅(きりしま)を置いていくわけにはいかない)

血まみれの彼女を抱き上げ、状態を再度確認する。


銀色の髪と共に床を流れる赤い血。

か弱い瞳の中で光を失った瞳孔。

固まった血液に覆われ小さく震える唇。


彼女の胸は微弱ながらもまだ上下していたが、

伝わってくる彼女の体温は今にも消えてしまいそうにかすかだった。


唇を強く噛みしめ、雨のように流れ始めた冷や汗を無視し、何とか方法を考える。

病院に連れて行って治療を受けるには遅すぎる。


しかも今の俺の能力はストーカーから奪ったもの。

認識を阻害しようが能力を妨害しようが、彼女を救うことには何の役にも立たなかった。


(いっそ冴島(さえじま)の能力を維持していれば……!)

そこまで考えて首を横に振る。

それだったらそもそもあのストーカーに二人ともやられていただろうから。


『一体、どうすれば……』

そんな俺の心情を知ってか知らずか、


グゥゥゥ―

昼から何も食べていない胃が空腹を告げてきた。


(こんな状況で腹が減るのかよ、俺…?)

間の悪い自分の身体に心の中で悪態をつこうとした刹那、


…..待て。

考えてみれば、昼食を食べていないのは俺だけではなかった。


4時限目の時も、昼食も、そして帰りのバスの中でも。

何も食べていないのは霧島(きりしま) 星羅(せいら)もまた同じだった。


……藁にもすがるような可能性だが、今は選択の余地がない。


慌ててポケットを探り、食べかけの「それ」を探す。

見つけた。金色のビニールに包まれた『チョコバー』。


一気に包装を破り取り、

それが到着すべき地点を見つめる。


目標は小さく開いた彼女の唇の内側。

その広さは投入物の周囲より確実に小さく見えたが、正確に位置させれば何とか押し込めそうだった。


腕に抱いた霧島(きりしま)の口元に慎重にそれを狙いを定め、ゆっくりと右手を伸ばす。

彼女の唇をそっとこじ開け、その先端を押し込もうとしたが、


「――」

完全に意識が消えたのか、霧島(きりしま)には何の反応もなかった。


「…ちくしょう!」

強く奥歯を噛みしめ、役に立たなくなったチョコバーを投げ捨てようとしたが、


……いや、まだ、まだ一つだけ方法が残ってる。


最後の望みを込め、棒状のチョコレートをしばし見つめた後、

それを口の中に押し込んだ。


バキッ。ボリボリ。バキバキ。

強く噛み砕き、細かくし、砕く。

味わう目的などない。

ただ機械的に粉々にするだけ。


そうして大体の作業を終えた後、

ほぼ一手のひらほどの距離から再び彼女を見下ろす。


柔らかい銀髪、

鋭くもか弱い目元、

薄いピンク色の唇。


俺は今なぜここにいて、なぜ彼女を抱いているのか―

瞬間的に全てを忘れ、しばらくただ彼女を見つめたあと。


―チュッ。

俺は、霧島(きりしま) 星羅(せいら)にキスをした。



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