第3話 姉さんの弟
「死、ねええええええ――!!」
『よくは見えない棒』に拘束された冴島 凛へと繰り出された赤木 朱音の鋼鉄の拳。
(くそ、らしくもねえことしちまった…!)
成人ヒロインさえ一撃で『レッド」になりかねないその一撃を、彼女に避けられる手段などなかった。
メシャッ―
しかし次の瞬間響いたのは、
冴島のシールド破砕音ではなかった。
聞いたことのない、何かが粉々になる不快な騒音。
…
……
流れる静寂。
「……え?」
最初に口を開いたのは、
閉じた目をゆっくりと開いた冴島だった。
「天海……仁?」
冴島の視界に映ったのは、
彼女をかばうように両腕を広げて立っている俺の後ろ姿。
―そして俺の腹に突き刺さっていた赤木 朱音の拳だった。
「…そ、そ、そそそなた?じ、仁…?」
真之介が ぶるぶる足を震わせながらゆっくりと、ゆっくりと俺の方へ近づいてきた。
「ち、違う。俺は…ただ、生意気な…1年生を懲らしめ…ようと…」
先ほどまで怒り心頭だった赤木 朱音さえも青白い表情で首を横に振りながら後ずさりし、
「…………」
木崎 静姫もまた、「クスッ」の一言も発することなく言葉を失った。
「ひぃぃぃっ……!!とりあえず、に、逃げようよ…!!」
状況を把握して低い悲鳴と共にうとうとする赤木を無理やり引きずっていく崎田 千代。
「違う…違うんだ、俺は、一般人を傷つけようとしたんじゃ…… 俺はただ、ただ……」
自分のしたことが信じられないというように嗚咽していた赤木は、
―どさっ。
「きゃああああっ――!!」
俺が前に倒れた途端、超高周波の悲鳴を上げる崎田によって無理やり引きずられ消えた。
木崎 静姫もまた奥歯を噛みしめ何かを考えていたが、
「……チッ」
その言葉だけを残して、赤木たちを追って走り去った。
その場に残された俺と真之介、そして棒の拘束から解放された冴島 凛。
「……あっ!、おい天海!テメェ気でも狂ったか!?なにいきなり割り込んでくんだよ!!意識あんのか!?生きてんのかよコラァ!!」
我に返った冴島が倒れた俺に近づき、強く上半身を揺さぶりながら叫んだ。
「か、患者をむやみに揺さぶるでないぞ!い、いったん人を呼ばねば…!治安隊か?救急車…?むしろグループに助けを求める方が良いやもしれぬ……ところでそなた、今何をしておるのだ!?」
「私が直接抱えて走るより速い方法があんのかよ?!」
「ただちに離しなされ!どうしてか女性が男を抱きかかえるなどというのだ!そ、そ、それならいっそ拙者が!」
「あ?チビ男のお前に何ができるってんだよ?!こんな緊急事態にくだらねぇこと言ってんじゃねえ!!」
「い、今チビと言ったか!?」
「チビ介って呼んでやろうか!?」
「うぐっ…拙者と大して違いもないくせに…!@#!$!」
そう冴島と真之介が言い争っていた時、
「……あのさ、腹も痛いのに耳まで痛くなりそうだから、頼むから喧嘩しないでくれる…?」
俺はまだズキズキする腹部をさすりながら上半身を起こした。
「え?」
「うぇえ……?」
幽霊でも見たかのような二人の反応を見ながら、ゆっくりと立ち上がり埃を払う。
「真之介 、お前は俺の『眼』を知ってるくせに何を『うぇえ?』とか言ってるんだ…イテテ、ちゃんと発動させたのにまだ痛むな」
「あ…その、眼がどうとかで赤木先輩のパンチを防げるような何かがあったのか…?それと、その…話しても良いものなのか?」
横目で冴島を見ながら口ごもる真之介。
「まあ…俺だって自分のことをペラペラ喋りたいわけじゃないけど、どうせここにいれば皆すぐに知ることになるだろうしな」
別に構わないというように肩を一度すくめ、冴島 凛を見ながら話す。
「― 話すと長くなるが、俺は少し特別な『眼』を持っているんだ」
忘れもしない3年前の誕生日。
その頃から最強のヒロインとして崇められ始めた姉。
姉は降り注ぐ期待と急激に増えたSLIMEとの戦闘回数、そして過度な意思決定責任に押しつぶされ、精神的に完全に壊れていっていた。
幼い歳であまりに過大な負担を背負うことになった彼女のストレス解消方法はただ一つ、たった一人の家族である俺への八つ当たりだった。
殴り、蹴り、引っ掻き, 電撃、高熱、レーザー照射、次元切断などなどなどなど。
唇が裂け、骨が折れ、皮膚が燃え上がってからようやく彼女は落ち着き始め、
その状態になってようやく、彼女は涙ながらの謝罪と共に俺を癒してくれた。
祝福されるべき誕生日、その日の夜も俺はいつものように姉さんのストレス発散用サンドバッグの役目を果たすため、部屋の隅で小さくうずくまっていた。
ゴーン…ゴーン…ゴーン……カチャ、ガチャ!
十二回の柱時計の音と共に鼓膜を打つ神経質な鍵の金属音。
そして――
「次の日の朝、俺は記憶を失ったまま血まみれの部屋で目覚め、姉さんは……それ以来二度と俺の前に現れなかった」
「……正直、話がぶっ飛んでいるぜ。男が『能力』持ちだってことからしてな。まともに信じられるような内容じゃねえってことくらい、アンタ自身も分かってんだろ?」
気まずそうな表情の冴島を見て、少しプライベートすぎな内容をぶちまけてしまったのか、と若干の後悔が押し寄せてきた。
気に入らないという表情の真之介のせいでなおさら。
「コホン。とにかく重要なのは、あの日以来、俺は」
少し咳払いをした後、枝葉を除いて最も核心的な部分だけを再び話す。
「瞳を見つめた相手の能力を把握し、それを保存して『真似』できるようになった。まあ、保存しておける能力は一度に一つだけだし、発現出来る時間も短いけどな」
そこまで俺が話した瞬間、
「クスッ、どうりでさっきのあの破砕音、どこかで聞いたことがあると思ったのよ。私の『よくは見えない棒』、朱音のパンチくらいは防げるものだったのね。クスッ」
いつから聞いていたのか、木崎 静姫が壁の後ろから再び俺たちの前に姿を現した。
「―チッ」
クレイジーアナグマ=冴島が舌打ちし、再び全身から青い電場を放出し始めたが、
「あのね、私、喧嘩しに来たんじゃないのよ?ただでさえ自首だの刑務所だの言ってる朱音のせいで頭も痛いのに。治安隊もここ来たみたいだけど、現行犯で捕まりたかったらどうぞかかってきなさい。クスッ」
そうだけ言って、そのまま再び自分の道を行こうとする黒いレース(今は当然見えない)の先輩。
「ちょ、ちょっと待たれよ!先ほどの話は極秘中の極秘……!」
「まあ、私が広めて回るつもりはないわ。でも、いくら総統の弟でも男がヒロイン高校の特恵を受けてもいいのかって問いには、いつか答えなきゃいけないんじゃない?『ヒロインカップ』にでも出て能力を証明するのが一番早いでしょうけど。クスッ」
「はい、そのつもりです」
木崎先輩の冷笑的な冗談に、ありのまま淡々と答える。
「……何ですって?」
ぴたりと止まり、ゆっくりと俺に振り返り不快な光を隠さない彼女。
「出ますよ、ヒロインカップ。そもそもそのためにここに来たんですから」
「……クスッ、あなた、今自分が何を言ってるか分かってるの?」
「高校部ヒロインカップ、優勝したら誰と戦えるかご存知でしょう、先輩?」
「……」
『ヒロインカップ』。
芝のフィールドで繰り広げられる人類連合唯一の公式運動競技であり、
異星侵略者SLIMEの生体コアをボールとして使用する、
能力使用無制限のヒロイン専用戦闘球技種目。
そしてその優勝者たちには無限の栄光と賞金はもちろん、
人類連合総統、すなわち『姉さん』との特別イベント戦が保証されていた。
「……クスッ。思ったより重度のマゾヒストなのね。ところで天海 仁君、今うちの学校のヒロインカップ代表が誰かは知ってて言ってるんでしょうね?」
それも当然知っている。
「勿論です、去年の予選1回戦敗退者である赤木崎田組の先輩方」