第17話 校内選考会(9)
ピーッ―!
五十嵐 真之介の無理やりなオーバーアクションのおかげで鳴らされた試合中断のホイッスル。
「え!?なんでよ!!」
「今のタイミングで緊急交代!?ありえない!」
キューブを持って走り出していた千代たちが同時に不満の声を上げながらキューブを地面に叩きつけたが、
[五十嵐 真之介選手の緊急交代、認めます!2分間試合を中断しますので、投入される選手は準備してください。交代される五十嵐選手は再投入不可能である点は留意してください!]
審判の冷静な宣言に苛立ちを飲み込むしかなかった。
「……やっぱり…私が強く突き飛ばしすぎたからかしら…?」
その中でただ一人、赤木 朱音だけが真之介を見ながら心配そうな眼差しを送っていたが、
「違うでしょ?!」 / 「マジでイカれてんじゃないの!」
千代達はそうは思ってくれなかったようだ。
(真之介の奴、よくルールを覚えたな。ある程度時間は稼げた。だが……)
「あんたたち、あまり悪く考えすぎないでちょうだい。おかげで私も丁度よく入れることになったんだから。クスッ」
体操服の下に包帯を巻いたまま試合に再び投入された木崎 静姫。
(とりあえず1対2の状況は免れたが、今度は木崎先輩まで相手にしなければならなくなった。せめてもの希望は……)
木崎先輩が戻ってきたのと同時に、俺たちの側でも真之介の代わりに霧島 星羅が再投入されるということ。
「霧島殿、そなたがな、何とかしてくだされ!さっきのような爆発的なハンドリング一度あればそのまま同点ではないか?」
「霧島、まだやれそうか?」
真之介はもちろん、俺さえもかなりの期待を込めて話しかけたが、
「その…私、小さいの二回…ううん、正直に言うと一回が限界だと思う……」
霧島は俺たちの期待とは正反対に、しょんぼりとしたまま消え入りそうな声でそう答えた。
(小さいの?あぁ、短く区切って撃つ粒子弾のことか?じゃあ大きいのは白色光線と、あの、体の中心から炸裂した衝撃波みたいな……いや、違う。今重要なのはそんな技の呼び方の問題より)
霧島が戻っても、赤木崎田組の誰一人まともに倒せないってこと。
倒れた冴島 凛。
たった一発の小さいのしか使用不可能な霧島 星羅。
そして俺。
…………
眉をひそめ、あれこれ頭を悩ませても、どんな構成で能力を保存して具現化するシミュレーションをしても、『勝てる方法』が思い浮かばない。
ピーッ―
いつの間にか2分間の緊急交代時間の終了を告げるホイッスルが鳴り、
「仕上げと行こうか、おチビさんたち!」
「イエス!!」 / 「オーキー!」
「クスッ、とりあえず時間さえ稼げばいいんだから、安定してやりましょ」
キューブを左の千代に渡し、再び攻撃を開始しようとする赤木崎田組たち。
……ちくしょう。
これ以上考えても答えが出そうにもなかった。
「霧島、さっきみたいに後方から木崎先輩を牽制してくれ。ただ、撃ってはだめだ、狙うだけでいい」
「う、うん?」
「一発しか撃てないんだろ。とりあえず、照準を合わせているだけでも木崎先輩の能力を抑制することはできるはずだ」
「あ、うん!分かった!」
そして俺は、キューブを運ぶ左の千代に駆け寄る。
反対側へ走る右の千代と中央からゆっくりと近づいてくる赤木先輩は二の次だ。
「私、もうすぐパスしちゃうけど大丈夫?私にくっついても?」
キューブを持った左の千代が俺と向き合い、にやりと笑ったが、今はこれしか選択肢がなかった。
『見て、奪って、喰らい尽くせ――』
鋭い頭痛と共に姉さんの幻聴が頭の中に響いた後、次の瞬間、俺は二人になった。
……この感じ、いくら時間が経っても慣れないな。
頭を刺す痛みが消えた後、再び目を開けて世界を見つめる。
さっきと比べて1mほど右に立っている左の千代。
「え?ええ!?あんた!!なんで急に二人になったのよ!!」
木崎先輩から聞いて既に知っているはずだが、いざ目の前で直接実演されると少なからず動揺する左の千代。
「ご存知でしょう。先輩の能力である、」
「『二者択一の千代』を借りたんですよ」
俺と同時に千代先輩に答える右の「俺」。
「な、なんですって?」
あまりにも同時に出てきた言葉が重なり、まともに聞き取れなかった崎田 千代。
とにかく今重要なのは、
「行け、右の俺!!」
…しかし、
「…おい、行かないのか?」
左の「俺」が行ってほしい右の「俺」。
「いや、お前の方が近いだろ!当然お前が赤木先輩の方へ行かなきゃ!」
「……まあ、いいや、分かったよ。それならお前こそ、こっちを責任持って止めろよ!」
何が不満なのか、全く気が進まない様子で走り出す右の「俺」。
―まあ、俺だって赤木先輩を止めろと言われたら、どうにも気が進まないだろうけど。
「あんたたち、同じのが二つ揃って変な感じ……」
何か奇怪なものでも見たかのように怪訝な表情の左の千代。
先輩にだけはそんなこと言われたくないですよ、といった言葉は胸にしまい、最大限に頭を回転させて今後の作戦を考える。
…
……
約1分前、
「~~~、~~~!~~~!!」
誰かが私を呼ぶ声に小さく目を開ける。
ぐるぐるとゆっくり回る世界の中、ずっと何かを言っている一人の奴。
「~~!~~凛、~~凛殿!!」
(あぁ、冴島 凛。私の名前……それより何をしていたんだっけ…?)
学校が終わって…フィフティーストームバーガーに出勤して…
マスコットの服を着て配達に行ってる途中……
「冴島 凛殿、大丈夫でござるか!?しっかりなされ!!」
目の前で必死に何かを叫ぶ奴を見上げる。
あぁ、こいつ覚えてる。五十嵐中時代からの同級生で――
「……あぁ、ヒロインカップ……うぐっ!!」
意識を取り戻し急いで起き上がろうとしたが、腹部と頬の激しい痛みに体が思うように動かない。
バチッ、バチバチッ。
視界に映る、依然として激しく点滅中の赤く染まったシールド。
「……五十嵐。私、負けちまったのか?」
「負けておらぬ!少なくともまだ!故に早く起きられよ!!」
何がそんなに急いでいるのか、尻に火でもついたようにひたすら起きろと強要する同級生。
「……何でだ?起きなかったらフィフティーストームバーガーからクビにでもするってか?残念だが、配達はあの銀髪女のせいで既にパーだ」
「いや、そうではないとご存知であろう!まだ時間は残っておる!今からでも立ち上がれば逆転の機会は存在するのでござる!」
……こいつ、こっちは全身痛くて死にそうなのに、やたらと起きろ起きろって。
そもそもさっきからずっと起き上がろうとはしているが、指一本動かせないんだ。
「はっ、全く。逆転?男二人と、自分のエーテル制御一つできない小娘一人で何を逆転するってんだ」
「そ、そう仰らず!仁殿はご存知の通り特殊な能力を持っておいでだし、霧島殿も回復すればとてつもない潜在能力が――」
……イラつく。
特殊な能力?とてつもない潜在能力?残念ながら私には、そんなものがないから今こうして床に寝てるんだが。
「あ~アンタが主導したヒロイン特目高がこうしてぶっ潰れたら立場がちょっと困るよな?悪いな、奨学金までもらって入学した私がこのザマで」
「…………」
自分への愚痴に近かった私の毒舌にそのまま言葉を失ってしまった五十嵐。
私もまたその微妙な雰囲気に視線を逸らそうとした瞬間、
「…それだけでござるか?」
「……何だと?」
「たったそれだけかと申しておるのだ。そなたの武器が、たかだかそのような敗北者の皮肉だけなのかと申しておるのだ!」
―カッ。
「アンタ…今、何て言った?」
今まで指一本動かせなかった全身に、怒りで血流が再び流れ始める。
「そんな皮肉だけかと申したのだ!五十嵐のクレイジーアナグマと自称するそなたの、その大層な武器がな!!」
「……テメェ、この野郎……!」
五十嵐 真之介の奴を睨みつけ、無理やり腕を動かして地面に手をつく。
ビクッ。
五十嵐 真之介の目に小さな恐怖の色が滲んだが、奴の声は依然として激昂したままだった。
「こ、こんな情けなく倒れたまま、敗北者としてひねくれた愚痴でもこぼしているつもりなら、起き上がらずにどうぞそのまま楽にしておいでなされ!!」
「……アンタ、口から出まかせばかり言いやがって…?」
ふらつきながらも何とか体を起こそうとした瞬間、
「そこ、五十嵐選手、出てきてください!もう試合が再開されますので、緊急交代された選手はただちに競技場から出てください!」
試合再開のため五十嵐をフィールドの外へ出そうとする審判。
「あ、そ、そうでござったな。承知つかまつった!ただいま罷り出る!」
五十嵐は審判の言葉に慌ててフィールドの外へ出たが、
「五十嵐グループの競技場の中だからって、言いたい放題言いやがって…?後ろ盾のど真ん中だからって、私がこのまま見過ごすとでも思ったか?」
相変わらずまともに上半身も起こせないまま、奴の後ろ姿に向かって思いっきり唸る私。
「………」
競技場ラインのすぐ外でぴたりと立ち止まった五十嵐 真之介。
しばらく何の返事もしなかった奴が小さく、しかしはっきりと言った。
「それで、そのように拙者を打ちのめした後、再び母親の庇護の中へ這入るおつもりか?」
――
瞬間、鉄拳でも食らったかのような感覚に言葉を失う。
「…………アンタが、それをどうやって……?」
「我が五十嵐がどのような企業かお忘れか?情報においては人類連合のトップではござらぬか?まるで、白黒を問わず金の頂点におわすそなたの母君のように、な」
「まさかアンタ、母さんの差し金で――」
「はっ、あの毒蛇のようなご老体。想像するだに全身に毒が回るようゆえ、口にもなさるな」
普段とは逆に、私の言葉を途中で遮り自分の言葉を続ける五十嵐 真之介。
「アンタ、じゃあ、一体どうして私をこの学校に……!」
その瞬間、
ピーッ―
試合再開の合図が鳴り響き、五十嵐 真之介はもはや何の返事もなくベンチへと歩いていった。