第15話 校内選考会(7)
バチバチッ…
先輩の体を完璧に貫通した白色光線。
白色のプラズマの尾を残して消えたそれは、 木崎 静姫のシールドを「イエロー」を飛び越え、一気に真っ赤に染め上げた。
「木崎!!」
「し、静姫ちゃん…!!」 / 「静姫!?」
赤木 朱音はもちろん、左も右もなく同時に悲鳴を上げる崎田 千代。
[正当な攻撃と認定!試合続行します!]
しかしそんな状況の中でも中断されない試合。
「……千代!とりあえず走れ!!静姫も少し休めばある程度は大丈夫になるはずだ!」
目を固く閉じ、前進し続けながら叫ぶ赤木 朱音。
「そ、そうだよね…!」
左の千代もまた再び足を動かして前に走り出したが、
バン!
「よくは見えない棒」が守ってくれない今、
白色粒子弾に即座に脇腹を直撃され、フィールド上を転げ回った。
「あ…うぐっ…!」
脇腹を押さえ、オレンジ色のシールドを点滅させる左の千代。
「待って、私の方が偽物だったの!?うげっ!」
―バン!
そして奇妙な断末魔と共にエーテルの幻影へと消えてしまった右の千代。
コロン、コロン……
倒れた左、いや本物の千代から抜け落ちたキューブが芝生の上をゆっくりと転がる。
(今が唯一のチャンスだ…!)
主を失ったキューブに向かって足を蹴り出す俺。
「どけぇ、天海!」
そして自分たちの攻撃権を守るために俺と並んで走り出す赤木先輩。
ドン!!
キューブに到達する直前、互いの肩がぶつかる。
「怪我したくなかったら、くっつくな!」
先輩は俺もまたさっきの真之介のようにそのまま転がるんじゃないかと心配しているようだったが、
ズゥン!
「うぐっ!?」
むしろ体格的に優位な俺のショルダーチャージに瞬間的にバランスを崩し、体勢が乱れる。
(よし!)
その刹那を逃さず、千代先輩が落としたキューブを拾い上げようとした瞬間、
バァン!
キューブと俺の間を素早くかすめていく白色の弾丸。
「―ハッ!!」
霧島 星羅の完全な誤射に驚き、キューブを目の前にして急ブレーキをかけるしかなかった俺。
「ありがとよ、霧島!」
逆に赤木 朱音はその隙を逃さずキューブを掴み取り、再び走り出した。
既に味方のハイブエリア内に進入してしまった彼女とゴールポストとの距離はわずか10mほど。
「うおおおおお――!」
片手でキューブを掴んだ後、3mの高さのゴールポストに向かってそのまま跳び上がる。
170cmの身長とは思えない強烈な跳躍。
「そうは、させるか…!!」
俺もまたすぐ隣に飛び込み、赤木 朱音のキューブを叩き落とそうとした瞬間、
―バァン。
霧島の真っ白なエネルギー弾が、俺の腰の外側をギリギリかすめていく。
「……!!」
確実な直撃コース。
俺が回避のために急いで体勢を変えなかったら、間違いなく今の俺は、彼女の白色粒子弾に腹部を貫かれていただろう。
そうして俺が空中でバランスを崩し、そのまま墜落する間に――
ドン!!
赤木 朱音のワンハンドダンクが俺たちのゴールポストに炸裂する。
[ゴール!!ゴォール!2年生チーム、3点目のゴールです!6 – 4 !!2点差で再びリードします!!]
「静姫!千代!!」
しかし喜びのセレモニーも省略し、他の先輩たちに駆け寄る赤木 朱音。
「う…イタタタ…私、私はとりあえず大丈夫……でも静姫が…」
『イエロー』状態のシールドコンディションを見せる崎田 千代とは違い、完全な『レッド』状態で意識を失っている木崎 静姫。
一般的に考えれば今だけが逆襲をかける絶好の機会だったが、
「タイム、タイム!作戦会議の時間を要求します!」
俺は両手でXを作り、審判に向かって急いで一時中断を要請した。
[1年生チームの要請により、5分間の作戦会議時間が与えられます!]
審判の承認が下りるや否や、そのまま味方チームのフィールド中央にぽつんと立っている俺の隣の席の霧島 星羅に駆け寄る。
「 霧島!!一体何なんだ!一度ならず二度までも!!」
「…………」
俺の大声にも眉一つ動かさず、何の返事もしない彼女。
「……!!」
何の反応もない彼女に、今まで溜まっていた感情が一気に爆発する。
霧島の制服のネクタイを掴み、彼女の面前で怒りに満ちた大声を浴びせる。
「いくら俺が嫌いでも!敵を差し置いて俺を撃ったらどうするつもりだ!!不満があるならいっそ全部終わってから言えよ!!」
「……」
それでも相変わらず、何の言葉もない霧島 星羅。
「お前には絶対分からないだろうな!これが俺にとってどんな……」
その瞬間、
―がくん。
糸が切れた凧のように、
ぜんまいが解けてしまった人形のように。
霧島 星羅はその場に崩れ落ちた。
「……あ?」
先ほどまで常識を超えた攻撃を浴びせていた彼女。
衝撃波だけで全ての障害物を一掃し、エネルギー射出だけで相手をレッドにしてしまった彼女が、
一筋の鼻血と共に虚ろな瞳のままフィールド上に倒れた。
「霧…島? 霧島?…… 霧島 星羅!!」
倒れた彼女の上半身を抱き上げ、状態を確認する。
その色は依然として「ブルー」だったが、
極めて速く点滅し、徐々に薄れ始める彼女のシールド。
「あ~AASSですね?ヒロイン志望にしては珍しいですね。とにかくその方は大体3分後には『レッド』状態に変わりますので、あらかじめ交代選手を投入するか――」
「分かってるから、黙れよ!!」
霧島を腕に抱いたまま、機械的にルールを読み上げる審判の言葉を強く遮り考える。
AASS(Acute Aether Shortage Syndrome)、急性エーテル枯渇症候群。
短時間にあまりにも多くのエーテルを使い果たしてしまった時に現れることがある稀な症状。
普通のヒロインならそもそも問題になるほど大量のエーテルを一度に使う大技なんて持ってもいない。
そしてそんな大技を使えるということは、当然ながらその技をカバーできるだけの十分なEPを持っているという意味でもあった。
(だが、今の霧島は……)
半年間にわたる執拗なストーカーの食事管理によりヒロインパワーはもちろん、マナタンク役のEPまでもが大幅に削られている状態。
そんな状態でエーテルの消耗が激しいキューブハンドラーまで買って出たのだから、冷静に考えれば今まで持ちこたえたこと自体が奇跡だった。
(でも、まだ希望はある)
慌てて制服のズボンに入れておいた何かを探す。
こんなことが万が一あるかと懸念して入れておいた非常アイテム、『チョコバー』。
しかし、
ベチャ……
ズボンの内ポケットには、チョコバーの代わりに粘つく黒い炭塊だけが押し付けられていた。
『さっきの、霧島の粒子弾……!』
俺の腰をギリギリかすめていったエネルギー弾によって完全にミンチになってしまった彼女の命綱、チョコバー。
(……一体、どうすれば……)
左腕で霧島 星羅を抱いたまま、黒くべっとりとした右手だけを茫然自失と見つめる。
その時、
「私が代わりに走る」
眩しい太陽の光を背景に俺たちを見下ろす…猫?
白い猫、正確に言えば五十嵐グループのハンバーガーフランチャイズ『フィフティーストームバーガー』のマスコットキャラクターがそう言った。
(この人、ヒロインなのか…?いや、だとしても何の意味もない……)
ヒロインカップは試合開始前に出場する人員をあらかじめ登録しなければならない。したがって、
「ピーッ―!そこの猫、競技場から出なさい!事前に登録された人員でなければ出場は不可能です!治安隊!早く連行してください!」
審判の言葉が終わるや否やヒロイン治安隊の方々が出動し、不法侵入猫を引きずり出そうとした瞬間、
「チッ……!」
強く舌打ちした猫のマスコットが、その巨大な頭を両手で持ち上げる。
「あれは…!」
「あの子…!!」
「まさか、あの猫…」
人々のどよめきの中で現れる彼女の素顔。
「クレイジーアナグマ…!?」
「…クレイジーアナグマ!」
「―クレイジー冴島!!」
観客席の悲鳴混じりの歓声はそれぞれバラバラだったが、
それが五十嵐のクレイジーアナグマ、冴島 凛を意味することに変わりはなかった。
「冴島…凛?あ、選手名簿にありましたね。それでは問題ありません」
試合開始前に提出された名簿を見ながら、彼女の競技場乱入を承認する審判。
(万が一のために冴島まで登録しておいてよかった…だが…)
依然として俺に抱かれたまま意識を失っている霧島 星羅。
急性エーテル枯渇症候群により1、2分後には「レッド」状態に移行せざるを得ない彼女を見つめ――
(……待てよ)
黒くべっとりとした右手と冴島の猫の着ぐるみを見つめ、ふと思った。
「……冴島、お前……今何してたんだ?」
「なんだよまた?来てやっただろ。それでいいじゃねぇか?」
出場のために着ぐるみを脱いでいた冴島 凛が、カッとなって俺に言い放つ。
「いや、お前…その格好で何をしていたんだよ」
「あぁクソッ、そいつをまた何で聞くんだよ!?配達してたんだよ、何だよ!バイクなしで素足で!マスコットの着ぐるみ着てな!これでいいか?!」
彼女の言葉に素早く周囲を見渡す。
(……あった!)
冴島 凛の後ろにちょこんと置かれた、『フィフティーストームバーガー』の商標が印刷されたビニール袋。
霧島 星羅を芝生の上に下ろし、
素早く駆け寄り袋の内部を確認する。
チーズバーガー一つとコーラ一杯。
「おい、今お前、何してんだ?!」
俺は冴島の言葉を無視したまま、そのままチーズバーガーを掴み取り、再び霧島に駆け寄った。