第14話 校内選考会(6)
「拙者…その、か、肩が外れてしまったようでござる…」
左肩をだらりと下げ、苦痛に顔を歪めながらふらつく五十嵐 真之介。
(まさか、赤木先輩とちょっとぶつかっただけで本当にあんなことになったっていうのか……?)
[試合中断!緊急事態確認!]
どう対応すべきか考えるよりも早く、状況を把握した審判が五十嵐 真之介の状態を確認しフィールドの外側へと合図を送った。
「何よ、五十嵐君、今ケガしたの?」
「あんな怪力女に突き飛ばされて耐えられるわけないでしょ!」
「でもヒロイン志望がああやって一般人を攻撃してもいいの?」
「これってイベントショーみたいなもんじゃなかった?本当にケガしたって?」
「その前に一般人が出場したのが問題じゃない?いくら自分の学校だからって、何を考えてるのよ一体」
観客たちがざわめく中、治安隊の医療スタッフたちがフィールドに入ってきて真之介の状態を確認する。
「い、いや拙者はまだ走れるでござ…イタタタ!!」
真之介は何とか耐えようとしたものの、結局は増していく痛みに耐えきれず、フィールドの外へ引きずり出されて治療を受けることになった。
……終わったも同然みたいだな、これは。
当然だが、俺たちのチームに交代選手などいない。
出場選手は試合開始前にあらかじめ提出済みだったので、万が一のために登録しておいた冴島 凛を除けば、今すぐ誰かを呼んできたところで出場できるわけでもない。
となると、今残っている俺たちのチームメンバーは俺、
そして完全に関係がこじれてしまった霧島 星羅の二人だけ。
「ピーッ―」
こんな状況でも非情に鳴り響く試合再開のホイッスル。
茫然自失と立ち尽くす俺とは対照的に、
ホイッスルが鳴るや否やそのまま飛び出していく霧島 星羅。
こんな状況でも屈しない彼女の気迫は良かったが、
(不可能だ……)
そんな思いが先に立ち、足が動いてくれない。
まず、どんな作戦でもカバー不可能な2対3という状況。
負傷して治療中の真之介は試合前の予想とは裏腹に、あまりにも確実に赤木 朱音を抑制してくれていた。
奴が抜けた今、相手チーム最強戦力である 赤木先輩が暴れ出すのは明らかだった。
そして、ぎりぎりな霧島の状態。
長期間ストーカーによって悪化した彼女の健康状態が回復するには短く見積もっても一ヶ月はかかるだろうし、精神的な面ではどれだけ長い時間がかかるか予測すら難しい。
(その上、事件を解決するのに手を貸したクラスメイトが、また別のストーカー行為をやらかしてしまったんだからな……)
さらに前半戦であった千代先輩との砲撃戦。
一方的なモグラ叩きに近かったが、良くないコンディションで休む間もなく連発した粒子砲のせいで、彼女のエーテルは枯渇寸前のはずだった。
「千代!あなたはゴールポスト周辺にいながら天海を監視して!」
「オーキードーキー!」
「朱音!今度は星羅につけて!」
「言われなくても、分かってるさ!」
突進してくる霧島に向かって一直線に飛びかかる赤木 朱音。
そしてそんな赤木先輩を見ながらも、ためらい一つなくそのまま直進する霧島 星羅。
(…… 一体何を考えてるんだ…?)
理解できなかった。
霧島は基本的にエーテル射出型遠距離攻撃手であり、
突進してきている赤木先輩は物理系強化攻撃が得意な近接ストライカーだった。
遠距離攻撃手が距離を取らずに物理系ストライカーに接近するなんて、まさに自殺行為そのもの。
「朱音、粒子弾数発くらいは確実に防いでやるから、生意気な後輩に先輩たちの素晴らしさをしっかり教育してね。クスッ」
「分かってる、ってんだよぉ!!」
木崎 静姫のその言葉と共に振り上げられる赤木 朱音の鉄拳。
あと数秒もすれば、不良先輩の鋼鉄の拳が霧島を――
瞬間、競技場の上に現れた真っ白く輝く点一つ。
ジィィィィン――
霧島の心臓を中心に白色のプラズマが渦巻きながら出現するや否や、
――ゴオオオァァン!!
強烈な衝撃波が、競技場のほぼ半分を爆破するように揺るがしながら広がっていった。
「な、何だよ!」
突然舞い上がった土埃と共に吹き飛ばされてきた衝撃波に顔を覆う崎田 千代と、
「これ、は、一体……!」
何とか左腕で衝撃波を耐えながら爆発の中心点を睨みつける木崎 静姫。
数秒経っただろうか、
競技場を埋め尽くすように舞い上がった土埃が収まろうとした刹那、
―シュッ。
ズタズタに引き裂かれた芝生の残骸と土埃を突き破り、霧島が突進してきた。
「こいつ……!」
木崎先輩が慌てて霧島の足元へと「よくは見えない棒」を具現化させたが、
ゴオオオァァン―!
二次的に放たれた彼女の強力な衝撃波に、それこそ菓子が砕けるように一瞬で粉々になって消える虚空の棒。
「く…はっ!!」
衝撃を受けたのは生成された棒だけではなかった。
十メートル近く後ろにいた木崎 静姫自身さえ、その強烈な波動に耐えきれず後ろに吹き飛ばされ、何度も地面を転がってしまう。
「う…あ…こ、化、化け物め!かかってこい!かかってきなさいよ!」
ただ一人残った崎田 千代だけがゴールポスト前を守っていたが、
「―――」
「ひぃっ!!」
無言で突進してくる霧島の眼光一つで、その場で尻餅をついて倒れてしまった。
シュッ。
そうして完全にノーマーク状態でゴールポストのすぐ前から投げられたキューブは軽々とリングを通過し、
[ゴール!!1年生チーム、二点目のゴール!!4 – 4、同点です!!]
何とかそうやって、霧島のゴールで試合スコアは同点に再び追いついた。
「な、今の何だったんだ?」
「あんなの初めて見た、マジで……」
「あの子一人信じて天海と五十嵐がチーム組んだのか?」
「待って、あの子… 霧島 星羅じゃない?中央ヒロイン中出身の」
「そうよ。今頃気づいたの?」
「いや、あの子あれでしょ。中3の時ヒロインパワー247叩き出した子!」
「あ、あれが霧島 星羅だったの?操作だって聞いたけど?」
「今の見たじゃん、本当だったんだ!」
「でも、だとしたら何でこんな新設ヒロイン高に入ったんだろ?」
「知るわけないでしょ?」
スタ、スタ…
突進してきた時とは違い、ゆっくりと、非常にゆっくりと競技場の中央へ戻ってくる霧島 星羅。
「霧島、グッジョブ……」
遠慮がちに彼女に向かって称賛の言葉を投げたが、
「…………」
彼女からはやはり何の返事も返ってこなかった。
……とりあえず今のやるべきことをやろう。
残り時間はもう10分もない。
(何とかして赤木崎田組を抑えながら星羅をサポートするんだ……!)
雑念を全て振り払い、味方フィールドの真ん中に立っている霧島を背にして赤木崎田組の前に一人で立ちはだかる。
「朱音、大丈夫?」
「…ええ。これくらい、まだ何度かは耐えられる」
「よし。じゃあ今回は……」
試合が再開される前、開始地点で少し作戦会議を行う赤木崎田組。
「ピーッ!」
4 – 4 同点の状況の中、やがて試合の再開を告げるホイッスルが鳴り、
タンッ!
今回もキューブを持った崎田 千代の疾走で攻撃が始まった。
しかし、
(……サイドに行く?)
今までの中央突破とは違い、完璧にフィールドの左側に偏って走り出す千代先輩。
「さっきの星羅のあんなの見ちゃったのに、馬鹿正直に中央に突っ込むわけないでしょ?!」
さっきの星羅の広域攻撃の射程距離を反芻し、その半径の外側へと抜け出して走る千代先輩。
「クスッ、追いかけないの?攻撃はともかく守備では、星羅ちゃんが彼女をまともに止められないってこと、見たでしょ?」
味方フィールドに走り込んできて俺を挑発する木崎 静姫。
しかし、
タンッ!
千代先輩の方ではなく、反対側のサイドを走る赤木 朱音にぴったりとくっつく俺。
(俺が千代先輩につけば、真之介の束縛から逃れた赤木先輩の方が完全に自由になってしまう…!)
人数が一人足りない今、単独で疾走する千代先輩は 霧島が何とか撃墜してくれることを祈るしかなかった。
バン!バァン!
走り出す崎田 千代に降り注ぐ霧島 星羅の光の弾丸。
「うわっ!うぇっ!!」
最初と二番目の弾丸を身をひねり、地面を転がって避ける千代先輩。
バァン!
しかし次の弾にはそうもいかず、
「も、もうだめ!」
シュッ。
ようやく彼女は二つに分かれ、三番目の弾丸を避けた。
……すぐに分身から使わずに二発も避けてから分裂するなんて、思ったより肝が据わってるな、千代先輩。
キューブを持って再び走り出す左の千代と、霧島を背にして斜めに走り出す右の千代。
「………..」
しかし予想でもしていたかのように、表情のない顔でキューブを運ぶ左の千代を狙う霧島。
キラッ。
霧島の人差し指から白色の光が発生した瞬間、それに合わせて左の千代の前に「よくは見えない棒」が生成される。
その瞬間、棒の主である木崎 静姫は「キューブと関連がある」人物となり――
ヒュッ、
何の予告もなしに彼女へと向かう霧島の瞳。
「…まともに一発、食らったわね。クスッ」
バァン――!
突然180°体勢を変えて発射した白色光線に、何の対応もできずそのまま貫かれてしまった。
バチバチッ…
先輩の体を完璧に貫通した白色光線。
白色のプラズマの尾を残して消えたそれは、 木崎 静姫のシールドを「イエロー」を飛び越え、一気に真っ赤に染め上げた。