第12話 校内選考会(4)
「クスッ、走る時はいつも前をよく見ないと。まだ余計なこと考える余裕があるの?」
木崎 静姫の「よくは見えない棒」。
彼女の言う通り、一瞬の油断のせいで目の前に生成された棒一つをまともに認識できず、そのまま衝突して攻撃権を失ってしまった。
(ちくしょう、最優先で気をつけるべき能力だったのに……!)
俺がふらつきながら立ち上がるよりも早く、
「千代!受け取れ!」
奪ったキューブをためらうことなく投げて繋ぐ木崎先輩。
「オーケー!!」
胸元で安全にキューブを受け取った後、後ろも見ずに味方のゴールポストに向かって逆襲を開始する崎田 千代 (さきた ちよ)先輩。
「止まらなければ打ちます!」
霧島 星羅が人差し指で彼女を狙った瞬間、
シュッ。
崎田 千代は今回もやはり二つに複製されて分かれた。
キューブを持った左の千代と、キューブなしで素手で走り抜ける右の千代。
確かにキューブを持って走る方が本物に違いないんだが……
ヒロインの特殊能力を99%吸収するコアキューブの特性上、偽物の分身がキューブを持って走るなんてことはあり得ない。
だが、
さっきもキューブを掴んだ左の千代を攻撃したのに、本物は反対側の右の千代だった……これは何かがおかしい。
「……」
人差し指を構えていた霧島も俺と同じことを考えたのか、数秒間二人の千代を交互に見つめ悩んでいるようだったが、
「……とりあえず、さっきとは逆に……!」
バァン!
キューブを持っていない右側に向かって純白の光を発射した。
「うぇっ…!なんで私なのよ!!」
一瞬にして何も持っていない右の千代を襲う眩い光。
ピュン―
しかし再び生成された木崎 静姫の不透明な棒に軌道が屈折し、虚空へと散開する光の筋。
「やっぱり、そっちが本物だったのね!」
右の千代を庇うように生成された「よくは見えない棒」を根拠に再び攻撃態勢を取る霧島 星羅。
(……一理ある判断だ。能力発現は相当なエーテルを消耗するものだから、常識的に考えて木崎先輩が偽物の千代を守る理由はない)
ジィィィン……
霧島の銀色の髪が宙に浮き上がると同時に、彼女のエーテルがほのかな光を放ちながら指先に凝縮し始める。
バン!バァン!
直線で射出されるレーザー形態ではなく、弾丸のような形態で連続して発射される白色粒子砲。
「ひぃっ…!!な、なんで私を攻撃するのよ!!あっちの私がキューブ運んでいるじゃない!」
頭を抱え、「よくは見えない棒」の後ろに隠れて何とか霧島の砲撃から生き残ろうとする右の千代。
バン!バン!!
しかし弾数が一発、また一発と累積するにつれて急激に歪み始める不透明な空間。
「クスッ…星羅ちゃん、完全に本気みたいね?」
木崎先輩もまた盾代わりの棒が完全に粉々になる前に新しい棒を再召喚して攻撃を防ごうとしたが、
バン!バァン!!
不完全に召喚された棒は徐々に威力を増していく白色の粒子砲をまともに防ぎきれず、急激に構造が崩壊していく。
(霧島の判断は十分もっともらしいし、攻撃もある程度は効いている。だが…)
その間にも何の牽制もなくハイブエリアを突破して走り抜ける左の千代。そして彼女の腕の中のキューブ。
バシャッ…!
結局七発目の弾丸によって貫かれてしまった不透明な棒。
「きゃああああ――!」
障害物を貫通して直進した光の弾丸に直撃された右の千代は、
パン!
風船が割れる音と共にそのまま散って消えた。
「はぁ…はぁ…え…?」
必死の連発射撃の後に漏れ出た霧島の虚しい一言。
それと同時に50メートル以上をノーマークで走り抜けた左の千代は、
[ゴール――!!2年生チーム、二点目のゴールです!!4 – 0!!]
あまりにも軽く味方のゴールポストの中にキューブを再び投げ入れてしまった。
「やったわね、千代!」
「ワオ!これぞ私よね~!」
「ちょっとハラハラしたけど、とにかくよくやったわ。クスッ」
嬉々として競技場を駆け回る崎田 千代をはじめとする2年生三人組と、
それとは対照的に茫然自失と頭を垂れる1年生三人組。
「去年予選落ちしたって聞いて期待してなかったけど、2年生たち思ったよりやるじゃない?」
「能力も面白いし、パスやハンドリングみたいな基本技術も悪くないみたい?」
「そうじゃなくて相手が弱いんでしょ!」
「まだ1年生だしね。戦闘服でもないし。しかも女の子までスカートに革靴だし」
「いやそれ以前に五十嵐の御曹司に「あの弟」でしょ?そもそも男の子たちをヒロイン志望者と戦わせるなんて、子供相手に虐殺ショーでもするつもりなの、何なの?」
「はぁ…急にイベント戦やるって言うから見に来たのに、全然つまんないじゃん」
「でも二度は見られない男の子たちのヒロインカップ、直接見ているのは特別だね。」
大きくなっていく観客たちの歓声と、それに比例して競技場を埋め尽くし始めたどよめき。
……千代先輩を甘く見すぎていた。
頭を垂れたまま奥歯を噛みしめる。
切り札として残しておきたかったストーカーの「認識阻害」。
保存しておいたその能力を温存するために千代先輩の能力を事前に調べておかなかったのが敗着だった。
しかも未だにその能力のトリックは見破れていない状態。
……『認識阻害』は捨てて、とりあえず崎田先輩の能力から確認すべきか?
確信が持てない。
冴島 凛の不参加、
準備できなかった霧島の戦闘服、
意表を突いた崎田 千代の能力、
致命的な失点に繋がった俺のキューブハンドリングミスまで。
そもそも俺の計画は、何とか前半戦が終わるまで0-0で赤木崎田組を抑えることだった。
そして前半戦が終わる直前、ストーカーから借りた能力を利用して2-0でリードしたまま後半を始めるはずだったのだが――
(……絶望的だ)
既に4 – 0に開いてしまったスコア。
能力の乱発で既に疲れ果てている霧島、元々何の役にも立たない真之介。
……いや、むしろ赤木先輩を上手く足止めしている 真之介の方が今の俺よりずっと役に立っている。
「うわあ…よ、やはりこの戦いは最初から分不相応な挑戦だったのでござる……」
「……ごめん、私が千代先輩の分身を勘違いしちゃって…静姫先輩が何とか守ってくれようとしてるみたいに見えたから…私、本当にそれが本物だと思って……」
意気消沈した真之介と、またしても自責モードに入った霧島。
まるでデジャヴのような状況に俺もまた絶望感に包まれようとした瞬間――
……待てよ。
『ちょっとハラハラしたけど、とにかくよくやったわ。クスッ』
木崎先輩のさっきのセリフが頭をよぎる。
偽物と判明した右の千代を棒で守ったばかりか、
不完全な棒を再生成してまで彼女を守ろうとした木崎 静姫。
……崎田先輩の能力、まさか……
しばらく考えを整理した後、
下唇をぎゅっと噛んだ霧島に近づき、耳打ちをする。
…
……
「あ…うん、あ…分かったわ、天海君!」
確かに分かったというように頷いた霧島 星羅。
「お、おい仁よ、な、何の秘密の話を二人だけでしておるのだ?拙者には話してくれぬのか?!」
秘密の作戦会議に入れてもらえなかった真之介が不満そうな声を上げたが、
「うん。お前は引き続き赤木先輩にくっついてくれればいい。今まで上手くやってる」
その一言で片付け、審判からキューブを受け取る。
「うううむ…そなた、この試合で負けたら今後この学校に対する不満は無しにするのだぞ!分かったか~?」
すっかり機嫌を損ねた真之介を無視して、正六面体のキューブを持ち開始地点に立つ。
ピーッ!
やがて試合再開のホイッスルが鳴り、
最初の攻撃の時と同じように2年生側のゴールポストに向かって直線で走り出す俺。
……やはりな。
序盤10メートルを走る間、誰も俺を止めない2年生たち。
前半戦中ずっと真之介を振り払えずにいる赤木 朱音はさておき、
ハイブエリア前で一人で立っている木崎 静姫と、
その木崎先輩と霧島 星羅の間を遮るように斜めに走る崎田 千代。
「……クスッ、少しは頭を使ったようね、弟さん?」
遠く離れた木崎 静姫の一言。
二度は嫌なんですよ、先輩。
木崎先輩が言った通り、今の俺は「よくは見えない棒」では止められない状態になっている。
俺のエーテルが急に強くなったとか、棒を粉砕しながら前進するほど身体が頑丈になったという話ではない。
このヒロインカップのルールの下では、
必ずしも自分自身が鋭い槍になったり、硬い盾になる必要はない。
全てのエーテル生成物を破壊し、99%のエーテル効果を吸収するコアキューブ。
超能力に対する最強の矛であり盾は、人ではなくまさに手に持ったこの『キューブ』だから。
体を最大限に低くし、キューブを頭の前に構えたまま走り抜ける。
ただそれだけで、疾走経路を塞ぐ「見えない棒」は俺に何の脅威も与えられなくなる。
「それでも、結局私を突破しないといけないでしょうけどね?クスッ」
棒ではなく、純粋なヒロインの戦闘能力で俺を粉砕するために構える木崎 静姫。
ハイブエリア前で待機した木崎先輩の蹴りが俺に炸裂する直前、
ヒュッ、
斜め後ろから俺を追いかけてきていた霧島にキューブをパスする。
「うわっ!何で急にバックパス!?」
パス経路に割り込むどころか、得意の分身も使わず霧島から慌てて離れる崎田 千代。
(ここまでは予想通り……だがひとまず、この次は俺たちの攻撃を終えてからだ)
千代先輩が避けてくれたおかげで安全にキューブを掴んだ霧島が、俺の代わりに木崎先輩に突進する。
「あなたも友達を見習ったらどう?クスッ」
最大限に姿勢を低くしてキューブを前に構えて走っていた俺とは違い、堂々とキューブを抱きかかえ走っている霧島 星羅。
彼女の目の前に木崎先輩の「よくは見えない棒」が突然出現し、
カァン!
出現したエーテルの鋼鉄に額を強くぶつける霧島。
少しよろめきながら後ろに下がったが、遅い彼女のスピードと強いシールドのため、それ以上の衝撃を与えるには力不足だった空中の障害物。
木崎 静姫が追い打ちのためふらつく霧島に襲いかかった瞬間、
ブオン―
霧島が、ゴールポストに向かって強くキューブを投げつけた。
「……!」
意表を突かれたように慌てて振り返る木崎 静姫。
襲いかかっていた体勢による逆動作と、
ほんの数秒前に発現させた能力のため不可能な能力の再使用。
しかし、
「……シュート、完全に外れてるじゃない。クスッ」
その軌道を見て自然と緊張を解く。
「霧島殿!どこに投げておられるのでござるか!!いくら点差が大きいとはいえ、その距離からむやみやたらにシュートを撃ちまくってはならぬでござろう!?」
赤木先輩を必死にマークしていた真之介さえもぴょんぴょん跳ねながら不満を爆発させるほど大きく外れてしまったキューブの軌道。
そもそもここはハイブエリアの外。
ゴールポストとは依然として20mも離れており、
いくらゴールポストの大きさがバスケットボールのそれより2倍以上だとしても、距離自体が3点シュートラインの3倍以上だった。
しかしその場にいた人々の中で唯一、霧島だけはその軌道を見て安堵のため息をつき、
霧島を除く全員の認識から外れていた俺は、
ゴールポストの横をかすめていくキューブを空で掴み取った後――
ドン!!
そのままそれをゴールポストの中に叩き込んだ。