第10話 校内選考会 (2)
「 真之介!これ、今すぐ覚えろ!」
午後3時40分、冴島 凛の無断(?)不参加により窮地に陥った俺は、
何とか最小人数の3人を揃えるため五十嵐 真之介を出すしかなくなった。
「い、いや、拙者がこれをどうやって今すぐ全て覚えるというのだ…!」
慌てる五十嵐 真之介の手に、「ヒロインカップ特別法」の冊子を無理やり握らせる。
(読者の皆様は適当に読み飛ばしていただいて構いません)
[ヒロインカップ特別法]
第一条 目的:この法は、人類連合憲法に基づきヒロインカップの規則を定めることにより、ヒロインたちの公正な競争を保障し能力を向上させ、究極的に人類連合の発展を図ることを目的とする。
第二条 定義:この法で使用する用語の意味は次の通りである。
1.「ヒロイン」とは、超能力の使用が可能でありシールドを発生させることができる人類を指し、「選手」とは、試合に参加したヒロインを称する。
2.「ヒロインカップ」とは、この法で規定しようとする競技の名称であり、各種年齢別大会の総称である。
3.「競技場」とは、観客席を除いたヒロインカップ競技が行われる場所を称する。
4.ヒロインカップの競技場は、サッカー競技場の規格をそのまま使用し、ゴールポストのみヒロインカップ専用ゴールポストに代替する。
5.サッカー競技場のペナルティエリアは「ハイブエリア」と称する。
6.「ゴールポスト」とは、競技場の両端中央に地表面と垂直に設置された、高さ4mにかかる直径1m厚さ1cmの円形リングを指す。別の表現をすれば、3m上に設置された高さ1mの円である。
7.「キューブ」とは、クリスタルコアキューブの略であり、SLIME(シリコンベース流動性異星知性群体)の核心個体が持っていた核を抽出したものを称する。
1)キューブは一辺の長さが20cmの弾力性を持つ正六面体である。これは抽出したSLIME個体とは無関係に全て同一である。
2)キューブは超能力を99%無効化し、所有したヒロインのエーテルを持続的、漸進的に吸収する性質を持つ。
8.「得点」とは、勝利のために点数を得ることをいう。
1)チームの「ゴールポスト」に「キューブ」を通過させれば、反対チームが2点を獲得する。
2)相手ハイブエリア内側での攻撃側関与なしに得点に成功した場合、2点ではなく3点を獲得する。
3)明確にキューブと無関係な選手に対して攻撃が行われた場合、警告が与えられ、1点を減点することができる。ただし、ハイブエリアに進入した全ての選手はキューブと関連がある選手として扱う。
第三条 競技規則:ヒロインカップの競技規則は次の通りである。
1.正式なヒロインカップ競技を行うためには、人類連合の承認及び各チーム最低3人の選手、公式資格を持つ審判、規格を満たす競技場、そしてキューブが必要である。
2.試合時間は前半15分、後半15分。合計30分と定める。
3.キューブが競技場の外に出た場合でも試合時間は流れ続ける。ただし、わざと試合を遅延させると判断された場合、該当チームに警告が与えられ、1点を減点することができる。
4.残り時間が0になる前にキューブがヒロインから離れた場合、そのキューブが試合時間終了後にゴールポストを通過しても得点として認められる。
5.天変地異などを理由に試合の続行が困難だと判断された場合、審判の判断のもとにコールドゲームや無効、試合延期措置などが下されることがある。
6.試合開始時点の攻撃権は、成績が相対的に良いチームが優先権を持ち、後半戦の攻撃権はその反対側が持つ。
7.各チームは一試合に一度、5分間の作戦会議を要請することができる。
8.審判は状況により即時、あるいは試合が中断した際に作戦会議の時間を与えることができる。
9.チームの選手が「レッド」状態になるか、これ以上進行が不可能だと認められた場合、再び試合に投入されない条件で選手の緊急交代が可能である。この場合、選手の交代のために2分間試合が中断される。
10.試合時間が全て終了した場合、より多くの得点をしたチームが勝利したものとみなす。
11.両チームが同点で試合が終了した場合、各チームから一人ずつを選定し、時間の制約がない一対一の対決で勝利チームを決める。一方のチームが敗北を認めるか、試合を遂行できるヒロインが一人も残っていない場合、相手チームが勝利したものとみなす。
12.キューブが競技場の外に完全に出た場合、キューブに最後に関与した人員の相手チームが所有権を持つ。
13.キューブの移動には手や足、頭などいかなる身体部位を使用しても構わず、超能力を使用することにも制限がない。ただし、衣服類を除くいかなる物品も搬入及び使用が不可である。
1)キューブの移動に超能力を使用することは構わないが、キューブはその特性上、超能力を99%吸収することを参考にする。
2)キューブはその特性上、キューブを占有している者のエーテルを持続的かつ漸進的に消耗させることを参考にする。
14.ヒロインカップに出場できる人員は3人であり、交代選手を最大3人まで置くことができる。
15.選手交代は、キューブが競技場の外に完全に出るか、得点、減点、警告、退場、作戦時間、緊急選手交代などで試合が中断された場合にのみ可能である。
16.交代人員や再投入に関する制限はない。ただし、緊急交代により交代された場合は再び試合に投入されることはできない。
17.試合中の負傷などの事故でヒロインが離脱しても試合は続行される。ただし、その原因が相手チームにあることが明確で不正な方法が使用された場合、審判の判断により減点や警告、退場が宣言される。
18.一試合に2回警告を受けた選手は10分間退場措置となり、代替選手の投入が可能である。
19.3回の警告を受けた場合、該当試合で永久に退場措置とし、次の公式試合の前半戦に出場できない。
20.競技場外の選手は競技場内部の選手に干渉できず、これを破った場合、減点や警告、退場が宣言されることがある。
21.競技場外の同一チーム選手は相互間の能力干渉が可能である。
22.選手ではない人員は選手たちに能力干渉をできず、これを破った場合、審判の判断により適切な措置が宣言される。
23.所属が申告された選手は同一大会で他のチームの選手として出場できない。
「いや、こんなに長いものを今どうやって全部覚えるというのだ?!」
「試合時間まであと20分は残ってるから、それまでになんとか頭に叩き込め!」
「い、いっそ延期を要請するのはどうだ…?葛藤の当事者である冴島殿は居合わせてもおらぬし、霧島殿がいたとしても拙者とそなたで何をどうするというのだ…?」
真之介の言葉は至極もっともだったが、
「延期は即、不戦敗だ。そしてこれ、呆れたことに木崎先輩が『校内選考会』として登録してあるんだ」
「そ、ということは……」
「ここで負ければ、今年も極東ヒロイン高のヒロインカップ代表は赤木崎田組で、」
「で……?」
「お前は、俺を、クソ高校に連れてきた挙句、最低1年を無駄にさせたってことだ……!」
「ひぃっ…わ、分かったでござる…!」
涙を浮かべてヒロインカップの規則を暗記する真之介を睨みつけながら、いらだたしげに壁の時計をちらりと見る。
「でも…… 天海君が冴島さんに前もって話しておけばよかったんじゃ…ないの?」
「……」
霧島 星羅が小声で話した真実は静かに無視することにする。
試合5分前、
「い、一応大体は覚えたようでござる…!」
冊子を閉じ、意気揚々と立ち上がった五十嵐 真之介。
「よし!重要なポイントだけ言ってみろ!」
「そ…まず3対3で、サッカー場で行い、超能力の使用が無制限でござる!」
「そうだ。だが、キューブ(ボール)を持っていない人間を攻撃するのは1点減点に警告だ」
「ゴールポストはほぼバスケットボールのゴールくらいの高さだが、サーカスの火の輪のように地面と垂直にかかっており、円の直径が1mでバスケットボールのリムの2倍を少し超えるでござる!」
「得点は?」
「何とかして相手のゴールポストにキューブを入れれば2点、ペナルティ、いやハイブエリアの外から入れれば3点でござる!」
「最後にキューブ!」
「キューブは弾力的でぷにぷにしたサイコロのような正六面体で、大体サッカーボールくらいの大きさでござる!あ、そしてエーテル能力の影響を受けぬでござる!」
「よし、じゃあ行こう!」
「赤木崎田組だろうが誰だろうが、な、何とかしてみせるでござる!」
「……うん……」
俺の言葉に激情的に頷く真之介と、
心配そうな表情で両手を合わせたまま小さく返事した霧島。
(霧島のテンション、マジで低いな……まあ、まともな作戦会議もなしに男二人と一緒に出る初めての公式戦だから仕方ないか)
正直、俺も冴島 凛の代わりに真之介で進めなければならないとは思ってもみなかったが、
……何とか、勝てる方法はあるはずだ。
控え室から出て、運動場の片隅に別途設置されたヒロインカップ競技場へ向かう。
極東ヒロイン高校の設備の中で最も力を入れたという競技場。
既存のサッカー場の規格そのまま、幅50m × 長さ100mの芝生フィールドとバスケットボールのゴールを改造した正式な円形ゴールポスト。
何よりも60人に満たない全校生徒数の20倍に達する、雨天時にも雨を避けられる1000席の新式観客席。
「真之介。競技場、何でこんなに立派に作ってあるんだ?」
「ははっ、気に入ったなら幸いでござる。
そりゃこれくらいはしておかないと、高い値段でチケットを売れぬではないか?
年間会員権も考えておるので、欲を言えば5000席くらいにはしたかったのでござるが」
「……お前、それで総統の弟である俺をこの学校に……?」
「いや、違うでござる!ウィンウィン!お互いウィンウィンだからこそではないか!?」
真之介の言葉が事実であろうとなかろうと、
確かに競技場は当然満席ではないが、ある程度は既に埋まっていた。
公式許可は得たものの、別途の告知や広告はしなかったのに、
うちの学校の1、2年生はもちろん、周辺の学校の生徒たち、さらには地域の商人や主婦たちまで訪れ、観客席の1/4ほどを埋めていた。
「ううむ……それにしても拙者、本当にここにいても良いのでござるか…?ひ、ヒロインでもないのに走るのは違法ではないのでござるか…??」
「ヒロインが選手を意味するという規定はあるが、ヒロインだけを選手として登録しなければならないという規定はない」
「そ、それはただの詭弁のようでござるが……」
「とにかく、お前も俺も、むしろ一般のヒロイン志望者たちよりも目立つことができるじゃないか?お前自身がチケット広報の主役になったと思って頑張ってみろ」
「な、なるほど…そう考えると少しは緊張が解けるようでござる…!」
何か心を決め、無理やりにでも微笑みながら観客席に手を振り始めた五十嵐 真之介。
その姿がどう映ったのか、観客席からも小さな歓声と拍手が起こり始めた。
(考えてみれば、五十嵐グループの後継者と総統の弟がヒロインカップに出場するなんて……人々から見れば何か特別なイベントのように感じるかもしれないな)
そんな考えに胃が痛み出しそうになった瞬間、
「クスッ、よくもまあ逃げずに出てきたわね、『弟』さん?」
先に競技場に出ていた木崎 静姫が俺たちに話しかけてきた。
「何よ、あんたたち制服そのまま着てきたの?常識ないわね、本当に!」
顔を合わせるや否や不満を漏らす崎田 千代。
確かに、赤木崎田組の三人は全員、学校から支給された「戦闘服」を着ていた。
白地に黒いラインというクラシックなデザインの戦闘服――体操服と言っても差し支えない――は一見地味に見えるが、換気、通気性という本来の機能を超え、ヒロイン志望者のための耐久性と弾力性にも確かな強みを持っていた。
それとは対照的に俺と真之介、霧島は全員、一般の冬用制服を着た状態であり、さらに霧島は革靴にスカートという、ヒロインカップとは極めて不釣り合いな服装だった。
「……」
先輩たちの言葉に少し気圧されたのか、スカートの裾を両手でぎゅっと握りしめ、顔を赤くする霧島 星羅。
「うーん、それは…まあ、見逃してください」
正解は『今日は体育の授業がなかったから』だったが、それよりも根本的な理由は俺が今朝になってようやく霧島にこの話を持ち出したからだ。
冴島 凛の件にしろ、霧島の戦闘服の件にしろ、俺の責任が重大な気がしたが、既に過ぎてしまったことは仕方ない。
「……おい」
今まで何も言わなかった赤木 朱音が口を開いた。
ビクッ!
真之介が驚いて俺の背後に隠れたが、
「その…天海 仁、お前。本当に大丈夫なんだよな…?」
俺をまっすぐ見ることさえできずに、つぶやくように話す不良先輩1。
……この先輩、一般人だと思った俺を殴ったことについて、まだ罪悪感を持っているみたいだな。
俺がヒロインカップの競技場に立っている今でさえそんなことを言うなんて、責任感が強いのか、人が甘いのか…… あ。
何かがひらめいた。
「は、はは、そんなことを心配しておられたのでござるか?仁は――げふっ!」
急に口調が明るくなり、くだらないことを言おうとした真之介を引き寄せた後、
「…イタタタ…昨日の傷がまだ…そ、それでも大丈夫ですよ、先輩……」
実は何ともなかったが、腹部を押さえ怪我をしたふりをしてみる。
「やっぱりそうだったな……ご、ごめん…あの時は…」
暗かった表情がさらに暗くなり、慌てる赤木 朱音。
…これ、今日の出来事の中で唯一のラッキーかも?