6 日本のアニメは少年の運命を変えた。
「桜子。今日の夕食、ご馳走させてくださいませんか?できれば家族も一緒に。時間空いてますか?」
「え?家族もですか?」
「はい。桜子の友達になるのです。ちゃんと自己紹介をしておこうと思いました。特に桜子のお父さんは僕を疑っているみたいですから」
「ごめんなさい」
「謝る必要はないですよ。当然だと思いますから。今日は夕食を一緒にとって、僕の身元を明らかにしようと思ってます」
桜子のことが好き。
マックスは昨日考え抜いて、その結論に達した。
友達すら少ない。
なので彼女なんていたことがない。
そんな彼の経験値で、その気持ちを断定することはできないかもしれない。
しかし、マックスは桜子に思いを告げることにしたのだ。
そのために、ヤシマの恰好をして、勇気をもらった。
桜子の彼氏にはなれなかったけど、友達には認定してもらったので、いつか彼氏になれたらと思っていた。
そのためにはまず、彼女の両親、特に父親の信用を勝ち取ることにした。
彼にとってマックスは動画配信者、まともに見られていない可能性がある。だから夕食を共にして、自分を知ってもらう予定だった。
しかし……。
「マックス。お前のことはわかった。だけど、本当かどうかまだ怪しい。俺の弟に調べさせる」
そう言って、その場で桜子の父親は電話をし始め、マックスの家のあたりを調べさせた。彼の弟は警察官らしく、その辺はお手のものだった。しかもご丁寧にどうして入手したのか、マックスの写真までこちらに転送してくれた。
「間違いない。嘘はついていないな」
「パパ、ひどいよ!」
「桜子。こういうことは重要だ。おかげで、俺はマックスを信用することができる。どうもボランティア活動もしている好青年という話もあるし、君になら桜子を任せてもいい」
「パパ!なんでいきなり話が飛躍するの!今日友達になったばかりなのよ!」
「なんだ、桜子。そういう気ではなかったのか。マックス、君はどうだ?」
「僕はぜひ、桜子の彼氏になりたいです」
「桜子。マックスはその気があるようだ。お前は違うのか?」
「もう、パパ!パパなんて嫌い!」
桜子は怒ってしまい、自分の部屋に逃げ込んでしまった。
「ウィリアム、突然過ぎるわ。全く気が早いんだから。マックスくん、気を悪くしないでね」
成り行きを見守っていた桜子の母がマックスに微笑みかける。
夕食をご馳走する予定だったのに、なぜか会場は桜子の家に決定。
初めて会った桜子の母は桜子にまったく似ていない古風の日本人女性だった。長い美しい黒髪が印象的で、着物が似合いそう。そんな印象が強い。
「あの、僕も悪かったです。昼間、桜子に告白して友達からと言われたばかりだったのに」
「マックスくん、意外に積極的だね」
「そうだったのか!桜子にはその気がないのか!俺はなんてことを」
「ウィリアム、また思考が先走ってます。あなたは少し黙っていてください」
ぴしゃりと桜子の母に言われ、ウィリアムこと桜子の父は背中を曲げしょぼんとした姿になる。
「マックスくん、時間をかけてゆっくりね。君もまだ恋愛と友情の違いはわからないでしょ?」
「はい。正直に言えば」
「正直でよろしい。それじゃ、まずは友達からね。かなり遠距離になるけど。楽しみだわ」
桜子の母は何か腹黒そうに笑い、マックスはなぜは背筋がぞっとした。
「さてと、私は桜子を呼んでくるわね」
がっかりしたままの夫を放置して、妻は立ち上がり、娘の部屋を向かう。
「マックスくん、ウィリアムの面倒しばらくお願いね」
「はい」
返事としては間違っている気がしたが、マックスは反射的に答えた。
「俺はガキに面倒をみてもらうほど、子どもではない」
桜子の母が姿を消して、ウィリアムはやっと言葉を口にした。
「マックス。桜子はお前を友達としか思っていないみたいだけど、お前はそれでいいのか」
「いいですよ。今はまだ。僕自身気持ちがまだ決まっていないので」
「なんだ、お前もか。はっきりしてないなあ。まあ、いい。フロリダは俺の弟がいる。何かあれば頼るといい」
「ありがとうございます」
ウィリアムは手を差し出し、マックスは手を握り返す。
そうしたところで、桜子が母親と共に戻ってきた。
「取り乱してごめんなさい。マックス。そしてパパ」
「気にしてませんよ」
「気にしてないぞ」
マックスとウィリアムは手を握ったまま、同時に答え、二人で笑いあう。
「いつの間にずいぶん仲良くなってるわね」
「パパ、どうしたちゃったの?」
二人は男たちに友情を不思議そうに見る。
マックスもどう説明していいかわからないのに、二人に笑って返した。
それはウィリアムも同じで、四人再び集まり、食事を再開した。
明日は早い便なので、ウィリアムは見送りを断る。
その代わり、ホテルまで送ってもらうことになった。ウィリアムはお酒を口にしたため、運転するのは桜子の母だ。
助手席にウィリアム、後部座席は桜子とマックスが並んで座る。
「桜子、本当にありがとう」
「私もありがとう。楽しかった」
二人はそう言い合い、黙りこくる。
前の二人は娘たちの邪魔をしないように、二人で話をしている。
「桜子。僕の本当の姿を知っているのは君だけだし、特別になってほしいのも君だけだ。それはわかってほしい」
「はい」
マックスは必死に自分の思いの丈を告げようとしていた。これで桜子とは離ればなれになってしまう。見送りにきたいという桜子の願いを聞けばよかった、そんな気持ちになるくらい、マックスは桜子との時間を惜しんでいた。
「また日本にくるから。今度は桜子に会うためだけに」
桜子は答えない。
どうしたのかと彼女を見るを顔を真っ赤にしていた。
「桜子?」
「マックス。私、マックスの気持ちを信じたい。だけど、あなたは人気者のヤシマでかっこいいし、不安です。あなたの気持ちに確信が持てたら、彼女にしてください」
「桜子」
「ちょっとストップ」
思いが込み上げてきて、マックスが思わず桜子の手を掴みそうになったところで、助手席のウィリアムから止められた。
「そういうのは、お互い彼氏、彼女になってからだ」
「わかりました」
マックスは素直に答え、桜子はただ頷く。
「ありがとうございました!」
滞在ホテルまで送ってもらい、マックスが外に出る。お礼を言って歩きだしたところで、足音が聞こえ、後ろからぎゅっと抱き締められた。
「桜子?」
それは桜子で、後ろを振り向こうとして彼女をみようとしたが、顔を背中に押し付けており、その表情は見えなかった。
「まだ一緒にいたい。もっとマックスのこと知りたい。だから、彼女にしてください」
「桜子!」
マックスは強引に振り向き彼女の両腕を掴む。
上を向いた彼女の顔は真っ赤で、どこか泣いているようにも見えた。
「ありがとう。桜子」
そんな彼女が愛おしく、マックスは抱き締めた。
「マックス!」
「ウィリアム、落ち着いて!」
桜子の両親の声は聞こえてきたが、あえて気にしないようにつめる。
「本当に、僕の彼女になってくれる?本当に?」
「はい」
涙でくぐもった声は、マックスの庇護欲を掻き立てる。
そうして、しばらく二人はホテルのロビー近くで抱き締め会い、まるでドラマの主人公たちにようであった。
苛められていた少年、それは卒業しても同じだった。そんな彼は日本のアニメを見て、心を救われた。
アニメの視聴をきっかけに海外リアクターとして活躍して、お金も貯まり、旅行先では運命の女性に巡り会う。
彼の人生はこうみればサクセスストーリーだ。
けれどもアニメに出会わなければ、今日もまだいじめられっこのままだったかもしれない。
日本のアニメは少年の運命を変えた。
それはファンタジーでもなく、現実である。
(おしまい)




