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5 ヤシマモード

「じゃあ、また明日」

「また明日会いましょう」


 マックスの滞在するホテルに到着し、二人で桜子の父の車を待つ。

 ロビーで二人で挨拶してから、桜子は車に乗り込んだ。

 マックスは父に他愛のない挨拶をして、桜子に視線を向ける。

 いつもの少し窺うような視線ではなく、まっすぐに見つめられて彼女の胸がドキドキする。


「行くよ」

「うん」


 父に声をかけられ、桜子は我に返ってから、マックスに手を振った。彼も手を振り返して、車はロビーから離れる。

 マックスの姿はずっとロビーにあって、窓から乗り出したい気持ちを押さえ、バックミラーで彼の姿を追った。


「桜子。得体のしれない男はだめだぞ」

「何言ってるの。パパ」

「動画で見ているからと言って、彼の本当の姿や身分はわからないだろう」

「そうだけど。パパ。考えすぎだから」


 ヤシマ、マックスは一緒にいてとても楽しかった。彼の動画を見て夢中になった気持ちと同じで、彼の話は面白くてあっという間に時間が過ぎた。今まで家族以外の人で、こんな楽しい気持ちになったのは初めてだった。


「あ、明日の待ち合わせの場所と時間を決めるのを忘れてた!」

「それはもう会わないってことじゃないか?」


 何やらマックスと会うことをよくないと思っている父は、桜子にそんな言葉をかける。


「そんなことないよ!」


(そんなことないはず。マックスも楽しそうだったし。あ、でも時折ぼおっとしている時があった。やっぱり面白くなかったのかな)


「……桜子」

「何、パパ?」


 父に先ほど言われた言葉が棘になっていて、つっけんどんに桜子は父に返す。


「マックスからだ。明日は図書館で会いたいと」

「え?どうしてパパに連絡がいくの?」

「喫茶店宛てにダイレクトメッセージが入ってた。なんというか案外ちゃっかりしている奴だな」

「よかった。明日会える!」


 父の恨み節を無視して、桜子の心は明日への期待と喜びで満ち溢れ、胸を高鳴らせていた。



 再度メッセージを折り返し、二回目のデートは午前十時に図書館入り口。

 また父にごねられ、送ってもらうことになり、十時少し前に入り口に到着。

 マックスの姿を確認するまでは帰らない、そう強情を張った父を無理やり返して、待つこと数分。

 彼が姿を見せた。


 今日の彼は動画のヤシマの姿だった。

 ただし腕にいつもあるタトゥーはない。

 大きめのTシャツに緩めのジーンズ、髪型は撫であげていて、瞳は青色だ。

 マックスの顔は基本整っていて、普段はモサモサの髪で輪郭が隠れてぼんやりしている。通常かけている眼鏡も彼のニード化に拍車をかけていた。


「ど、どうしたんですか?」

「えっと、気分転換です」


 マックスは少し照れたようにそう言い、なんだがちぐはぐな印象だ。

 動画では彼は照れたりしないキャラだった。


「さあ、中に入りましょう?誰でも中に入れるんですよね?」

「はい。中に入りましょう」


 動揺が収まらない桜子はぎこちなくマックスに返事して、館内に足を踏み入れる。

 マックスの気配を背後に感じて、彼女はドギマギしていた。


「私は運命の巨人の続きを探してみます。桜子はどうしますか?」

「私も昨日の続き読もうかな」


 マックスの言葉遣いは一緒だ。

 英語だと日本語のように「私」のバリエーションはない。けれども、印象が違って聞こえ、桜子は落ち着かない気持ちで日本語のマンガコーナーに行った。

 なんとなく読むものを決めれず、ふらふらしているとマックスのいるはずの日本語コーナーに来てしまっていた。

 彼は椅子に座り、漫画本をもっているが、視線は上の空だった。


(どうかしたのかな?やっぱり私を誘ったの後悔している?もしかして動画とりたかったのかな?)

 

 いろいろな疑問や不安が出てきて、桜子は俯き、その場に立ちすくんでしまう。

 

「どうしたんですか?」


 マックスの声がすぐ近くで聞こえて、桜子は飛び上がりそうになった。


「脅かしてすみません。大丈夫ですか?」

「大丈夫!それよりも、マックスは何か悩み事があるの?もしかして私と一緒が嫌だった?」

「そんなこと全然ありません!あの、悩みっていうか……。落ち着かないので、昨日のカフェで話をしませんか?」

「はい」


 マックスの様子はやっぱりちょっとおかしくて、しかし真相を知りたいと桜子は誘いに乗った。


 お昼前で空いている時間なので、二人は昨日と同じ場所を選んだ。隅っこでゆっくり話せる場所だ。

 飲み物だけを注文してから、桜子は少し探るようにマックスを見る。彼も彼で彼女を窺っていた。


(埒があかない。もうざっくばらに!)


「マックス。何か悩みでもありますか?私に関することでもはっきり言ってください」


 何を言われても、と覚悟を決めて桜子はマックスを見つめる。

 マックスのほうが視線を外してしまって、桜子は不安に陥り俯く。


(やっぱり何か私のことで、強引すぎたかな)


「桜子」


 名を呼ばれて顔を上げると、いつの間にかマックスが真っすぐ彼女を見つめていた。


「僕、女の子とちゃんと話すのは初めてだったんだ。動画では一方的に話すだけだから、なんとでも話せたけど、こうして顔を合わせて長く話すのは初めてで」


 マックスはそこで言葉を止め、息は小さく吐く。


「僕、桜子と一緒にいるとドキドキするんだ。多分女の子と二人で話すのが初めてだからと思ったけど、違う気がする。桜子の顔に見惚れたり、ずっと一緒にいたいと思ったりする。明日、僕は帰るから気持ちを伝えようと思って。だからヤシマの恰好をしてきた。この格好だと少し勇気が出るんだ。情けないけど」


(ま、待って。えっと、これって。でも、でも。初めて女の子とちゃんと話したことで勘違いしている可能性もある。あと、日本で英語を話せる私に安心感を覚えているかも)


 マックスの気持ちは嬉しい。

 けれども勘違い要素がありすぎた。


「ありがとう。話してくれて。私もマックスと同じ気持ちだよ。ドキドキするし、ずっと一緒に過ごしたいと思う。だけど、マックスの気持ちは私の気持ちをちょっと違う気がする」


 桜子はまだ彼氏はいないが、共学なので男子生徒と話すこともある。

 なので、今自分が抱えている気持ちが、恋心に近いものと分かっている。

 けれども、マックスの気持ちは違う気がしていた。


「違う?どういう意味でですか?」

「うーん。例えば、私はマックスが違う女の子と一緒にいたら嫉妬すると思うけど、マックスは違うでしょう?」


 恥ずかしいと思いながら、桜子は自分の気持ちを説明する。友情と恋は明らかに異なる。恋は他人と共有できないのだ。自分だけを見てほしいと願ってしまう。


「それは、桜子が他の男の子と一緒にいて、僕が嫉妬するかどうかってことですよね。……しますよ。絶対にします」


(まずったかな。もしかして初めての女の子の友達を取られたくないって意味かもしれない)


「だから、僕は桜子の彼氏になりたい」

「は?へ?」

「僕は明日帰る。だから、その前に桜子の特別になりたいんだ」

「ええ?」


 桜子もマックスと離れるのは寂しい。

 けれども、桜子はマックスが自分と同じ気持ちなのか自信がなかった。

 その上、マックスは昼夜逆転するくらい遠くのアメリカに住んでいる。

 遠距離も遠距離だ。

 彼は人気の動画配信者、ファンも多い。

 

「無理です。私はマックスの彼女にはなれません。きっとマックスは勘違いしていると思う。私は勘違いしたままのマックスと付き合いたくありません」

「勘違い?確かに僕は女の子との経験がない。だけど、桜子と繋がっていたいという気持ちは本物だ」

「それでは、まずは友達になりましょう。そのために、お互いのことをもっと知りましょう」


 彼女になった後に勘違いだったと言われたくないので、桜子はきっぱりそう口にした。

 マックスはがっかりした表情をしたが、すぐに表情を取り戻す。


「僕が、僕の気持ちが本物と証明できれば、彼氏になれるんだね。頑張るよ」


 マックスはすっかりヤシマの表情でそう言い、桜子は彼のハンサムぶりにフラフラした。


(やっぱりヤシマはかっこいい。でも素のマックスのほうが一緒にいて安心する。ヤシマバージョンだと落ち着かない)


「僕の気持ちを話せたよかった。振られたことになるけど。友達になれて嬉しい。桜子」


 マックスはヤシマモードで、桜子は終始ドキドキしっぱなしだった。




 






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