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4 彼の気持ち

 校門に、大きな木。

 そこは本当に、アニメそのものの世界だった。


 マックスは桜子に案内してもらい、ヤシマの学校のモデルになった学校に到着する。

 部外者なので中に入ることはできない。

 けれども、門や塀を越えて延びている枝まど、僕学そのものの世界だった。


「中にはいれるか聞いてきましょうか?」

「ありがとうございます。でも必要ないですよ」


 桜子の提案を断り、マックスは学校を眺める。

 ヤシマがいじめられていた塀の側、力を出てから得た友達とくぐる校門。

 どの場面もマックスの脳裏で鮮明に展開されている。

 何度もみた僕学、彼を救ったアニメ。


「ありがとうございます。どこかコーヒーでも飲めるところありますか?」


 十分くらい余韻に浸ったあと、桜子に声をかける。


「多分、商店街へ歩いていけばあるはずです」

「商店街!面白そうですね」

「行きましょう」


 桜子が微笑み、マックスは彼女の笑顔に目を見張る。

 色彩は日本人、けれども顔の作りは彼と同じ彫りの深い白人系。

 神秘的な魅力があって、桜子はとても美しく見えた。


「マックス?」

「はい、今。いきます」


 高鳴る胸の鼓動に翻弄されつつ、マックスは桜子の後を追っかけた。


 小さなお店が敷き詰う場所、それが商店街だった。床に茶色のタイルが敷かれ、天井も高いところに設置してある。

 街も一角でそこだけ違う場所のようだった。


「ありました。はいりますか?」


 桜子に言われ、視線を向けるとCAFEの文字。


「行きましょう」


 マックスが頷き、二人は中にはいった。

 店は空いていて、二人は端っこのテーブル席を選んだ。

 マックスに誘われ、二人はケーキセットを頼む。

 桜子は紅茶とモンブランケーキ、マックスはコーヒーとチーズケーキだ。


「桜子は、どうやって僕のチャンネルを見つけたんですか?」


 配信者としては気になること。

 マックスは飲み物が運ばれてくるのを待ちながら聞く。


「それは、運命の巨人の影響です。私、運命の巨人が大好きで毎週みていたんです。最終回を迎えて、色々謎に包まれていることがあるじゃないですか?

それをネットでググっていて、マックスの、ヤシマの配信を見つけました」

「運命の巨人か。本当苦しかったよね。涙が止まらなかった。毎回面白くて、次の話を待つのがとても苦痛だった」

「そうでしたよね。終わった後にいつもヤシマ、怒ってました」

「ああ、はずかしい。だって、いいところで終わりすぎだったよ。毎回」

「確かに、アニメーターいい仕事してますよね」

「あれは脚本の力もあるかもしれない」

「そっか。脚本。きっとそうですね」


  二人は運命の巨人の話で盛り上がったあと、アニメーションの製作会社の話になった。

  マックスは画力よりも物語重視、桜子はその逆。なので昔のアニメなどは興味がなかった。

 

「次の場所に移動しましょうか?」


 ケーキを食べおわり、紅茶を飲みきった桜子が聞いてくる。

 本当にいい人だと思いながら、マックスは次の場所を口にした。


「緑の公園」


 公園と言うか砂場といったほうがよい、小さな公園だった。

 滑り台、砂場、ブランコがあるだけの場所。

 マックスはヤシマがブランコに乗っていたのを思い出して、同じように乗る。

 まだ子供たちは学校にいる時間ため、公園は静かだった。

 マックスはブランコをゆっくりと動かして、ヤシマに思いを馳せる。

 ブランコによくのっていたのは、苛められたい頃。

 うつむいて、ブランコにのって、ゆらゆたと揺れていた。

 見上げた空は青空で。


「そうしていると本当にヤシマに似てます。マックス」

「そうですか?嬉しいですね」


 きっと初期の虐められていたヤシマだろうけど、桜子にそう言われると嬉しかった。

 彼はヤシマになりたかったから。


「良い天気ですね」

「はい」


 桜子もとなりに座り、ゆっくりとブランコを動かす。


「もしかして、行きたいリストに図書館も入ってますか?」

「入ってます!」


 桜子に問われ、マックスは即答する。

 行きたい場所は何度も考えたので、すべてすぐに思い出せた。


「僕学に出てきた図書館はひとつだけだから、あれだと思います。この公園の近くなので、いきませんか?」

「はい」


 ブランコから飛び乗り、二人は次の目的地へ向かった。


「ご飯が美味しい場所も近くにあるんです。お昼はそこにしましょう」

「はい」


 何からなんでも桜子におまかせ。

 少しだけ情けないと思いつつ、マックスは彼女に頼ることを決めた。

  その代わりにかかる費用はすべてマックスが払うつもりだった。


「図書館の中、はいれるんですか?」

「もちろんですよ」


 図書館に到着。 

 ガラス張りの図書館であったが、ガラスに特殊な加工がされており、中に日の光が入ってくることがなかった。

 おかげでかなり涼しく、集中して読書ができそうな静かな図書館だった。

 僕学に出てきたソファーに座り、きょろきょろと周りを見る。

 視線は一瞬だけ感じるものの、長く見られることはなく居心地のいい空間だった。


「英語の本もあります。見ますか?」

「はい」


 小声で聞かれ、マックスは頷く。 

 そうして連れてきてもらった一角には英語で書かれた本が並んでいた。外国人用もしくは英語を勉強している人のために作られた一角らしく、様々な種類の英語の本が並べられていた。


「マンガもあるんですね」

「そうなんですか?」


 桜子はマックスの指摘に、驚きながら、彼が示す場所をのぞき込む。


「本当だ。わざわざ翻訳されたものが置かれてる。英語の勉強のためかな」


 桜子は首を捻りながら、確認している。


「あ、運命の巨人もあった。一巻だ。懐かしい」

「一巻ですか?僕読んだことないんですよね」

「読んでみたらいいじゃないですか?貸出は難しいですけど、図書館内で読むのは自由ですから」

「嬉しいなあ。桜子はまだお腹すいてないですか?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、ちょっと読みます」


 運命の巨人は登録者のコメントで知った作品で、おっかなびっくりマックスが見始めたアニメだった。とても重い作品で、残酷な展開もあって、のけぞりながら見終わったアニメで、他の海外リアクターもマックスと同じような反応をするものが多かった。

 マックスのチャンネル登録者が爆発的に増えたのも、このアニメがきっかけだった。そう思えば、感慨深くなり原作をウキウキしてマックスは開いた。


「あ、三巻ないのか」


 気が付けば二巻を読み終わり、マックスは桜子を放置していたことに気がついた。


「すみません!」


 桜子は彼から見える距離にいて、日本語のマンガを読んでいた。


「気にしないでください。私もこうしてマンガ読んでましたから」


 追わてて駆け寄ったマックスに桜子は小声で答える。

 それで彼は自身がいま図書館にいることを再確認して、小声で返す。


「お腹すきましたか?大丈夫ですか?」

「お腹は大丈夫。読みたいだけ読んでください」

「……お昼食べてから続きを読もうと思っています。付き合っていただいてもいいですか?」

「もちろんです」

 

 桜子は笑顔を見せ、マックスはその笑顔に胸を撃ち抜かれた気持ちになった。


(僕、ちょっとおかしいな。どうしたんだろう)


 ドキドキしながら、マックスは桜子のおすすめのレストランに入る。

 

「ここのチーズハンバーグセットが美味しいんです」

 

 メニューの中のおすすめの印が付いた写真を差しながら、桜子はマックスに説明する。


「チーズハンバーグ!運命の巨人のルイが好きだったものですね」

「はい。私も大好きなんです。特にこのお店はお肉も柔らかくて、チーズがとろけて天国にいる気分になります」

「それはすごいですね。僕も頼んでみたいです」


 そうして二人してハンバーグセットを食べる。

 食べ終わったところで、マックスはトイレに行った。トイレから出て、異変に気が付く。

 桜子が一人ではなかったのだ。

 背の高い日本人が桜子に話しかけていた。しかし友達ではないようで、桜子が険しい顔をして対応している。


(あれは嫌がってる。絶対に。止める?僕が?この弱い僕が?)


 ヤシマとして彼は動画の中では強がっているが、中身はまだ虐められていたマックスのままだった。


「やめてください!」

 

 そう声を桜子があげたところで、マックスは決意した。

 髪をヤシマのように撫でつけ、出ていく。


(僕はヤシマ。こんな男、へでもない)


「俺の彼女に何か用か?」


 自分に暗示をかけながら、マックスは声を張り上げた。

 

「彼氏?げ、外人か!面倒だ」

 

 男は日本語でそう言うと、逃げるように自分の席に戻っていく。

 席に戻るまでマックスは男を睨み、背を向けたところで、桜子に視線を戻した。


「遅くなってすみません。もっと早く止めればよかった」

「ありがとうございます!やっぱりマックスはヤシマだったんですね。かっこよかったです」


 上目遣いで見られ、マックスは桜子の可愛らしさにくらくらしそうになった。

 その上、かっこよいなど現実で言われたこともなく、マックスの心は破裂しそうだ。


「え、あれ?マックス。大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと落ち着かないからお店出てもいい?」

「もちろん」


 マックスが全額払い、二人はレストランを出ていく。


「日がかなり傾いている」


 外に出て二人は、昼過ぎというよりも夕方近くになっていることにやっと気が付く。


「今日はここまでですね。ホテルまで送ります」

「大丈夫です。多分一人で帰れます。むしろ僕が桜子を家まで送りますよ」

「えっと、それは必要ないのです。父がホテルまで迎えに来てくれるって言ってくれてから」

「そうですか。それじゃあ、ホテルに戻りましょうか」

「はい」


 二人は空の色が徐々に変わる様子を楽しみながら、バス停に向かう。

 帰りのバスの中でも、二人の話は途切れることはなかった。


「そういえばマックスはいつアメリカに帰るの?」

「明後日に東京に行ってから、そこから飛行機でフロリダに戻ります」

「明後日ですか」

「何かあるのですか?」

「いいえ、短いなあと思って」


 少し悲しそうに桜子に言われ、マックスの胸がまたドキドキする。

 彼女のために滞在を伸ばそうかと思ったくらい、マックスの気持ちは揺れていていた。




 



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