2 陽キャの皮を被った陰キャ
(どうしよう。なんで、誰も英語が話せないんだ!しかも画像を見せると変な顔されるし!)
桜子と会う三十分前、ヤシマこと、マックスはかなり困っていた。
東京で三日過ごし、好きなキャラのグッズや配信用の動画を取ってから、今回の旅の一番の目的を達成するため、祝岡に来た。
ハイスクールでいじめられ、卒業しても就職先でいじめられる。そんな彼を救ったのは日本のアニメだった。
「僕らの学校」は彼が最初に見たアニメだ。
いじめられっこだったヤシマが力を得て、いじめっこに仕返し。友人たちもでき、臆病だったヤシマが成長し、友人たちと巨悪に立ち向かっていく姿に彼は共鳴した。
そうしてヤシマみたいになりたい。
この感動を誰かと共有したい。
そう思って配信を始めた。
髪型を変えて、メガネをとって、コンタクトレンズをいれる。それだけでいつもの彼とは全く別人になった。
二重人格ではないのだが、それに近い感じで、マックスはヤシマを演じた。
チャンネル登録者はどんどん増え、仕事をしなくても生活できるほどになった。貯まったお金で株を買ったりして、将来にも備えている。
アニメを見始めてからずっと考えていた日本旅行。東京旅行は思ったよりも外国人が多く、英語表記もあって、全然困らず楽しめた。念願のグッズも手に入れ、配信用の動画もばっちりとれた。
祝岡旅行は「僕学」のロケ地をめぐる目的で、配信予定はなく、のんびりするつもりだった。
しかし彼が思ったより、「僕学」は知名度が低いようで、誰に動画を見せても、よい反応をもらえなかった。
もしかしたら、この喫茶店自体がマイナー、もしくは存在しないものかと諦めていたら、マックスは目の前を歩く女の子に目を惹かれた。
顔立ちはマックスと同じ白人、けれども髪色は黒いし、目も黒い。
もしかして外国人かもと、彼は声をかけた。
可愛いけど、ちょっと押しが強い。
マックスの桜子に対する印象はそれだ。
まさか、ヤシマであることを見破られたことに動揺したが、初めて直に登録者と触れあえて、ちょっと嬉しかった。
しかも可愛い。
「マックス。もう少しだから頑張ってください」
「青空」は辺鄙なところにあった。電車に乗って五駅、駅から物凄い数の階段を登らされ、見晴らしのいい場所に到着。そこに建つ、一軒家。
それが喫茶店「青空」のようだった。
「喫茶店なのですか?」
「喫茶店ですよ。ちなみに私の父が経営しています」
「え?」
「どうぞ。入ってください」
戸惑うマックスに構わず、桜子は扉を開ける。
「お帰り!桜子!」
野太い声がして、マックスより少し背の高い白人が姿を見せる。
笑顔だった彼は、マックスを見ると一気に険しい顔になった。
「お前は誰だ?娘のなんだ?」
久々にアメリカン英語を聞き、ほっとしながらも、その迫力に腰が引けそうになる。
「ぼ、僕は」
「パパ!彼はヤシマだよ!ほら一緒に動画見たことあったでしょ?」
「ヤシマ?!あのバカっぽい男の?」
(バカっぽい。そう見えていたのか。まあ、軽い男に見せるように演じていたけど。ちょっと胸がいたいぞ)
「パパのばか!なんでそんなこと言うの!」
マックスが胸を痛めている目の前で、桜子が怒って父親を怒鳴り付けていた。
父親は泣きそうな顔になっている。
(これが親バカっていうものか )
「ごめんなさい。マックス。私がヤシマのファンだから、嫉妬してるだけだから。もう嫌になる!パパ!」
「可愛い桜子、怒らないでおくれ。ヤシマ、悪かった。中に入って。見たいんだろう?」
謝ってもらうことでもないと思いつつ、マックスは桜子の父親の言葉に甘え、「青空」に入った。
壁も床も天井も青色。まるで空の上の喫茶店。
それがヤシマの行きつけの喫茶店、「青空」だ。
「一緒だ。なにもかも」
アニメで見た世界がそこにあった。
テーブルは雲を意識したデザイン。
「マックスはコーヒー飲みますか?あと、ショートケーキも」
「ください。もちろん、お金は払いますから」
「それは当然だろう」
「もう、パパのけち」
桜子はじろりと父親を睨んだが、マックスは無料で提供してもらうなどとんでもないと手を振る。
むしろ、ここまで連れてきてくれたのだから、案内料を桜子に払うべきだろう。
「イタダキマス」
つたない日本語でそう言ってから、マックスはコーヒーを飲む。薄くなく、濃いコーヒーはマックスの頭をしゃんとさせる。
フォークを使って、ショートケーキを切り分けて食べる。
ほどよい甘さのスポンジに、甘さ控えめのクリーム。甘酸っぱいイチゴ。
マックスはその幸せな味に浸る。
「美味しい」
自然と口から出た言葉に桜子は笑顔になる。
「よかった!よかったね、パパ」
桜子は喜び、その横の父親も嬉しそうだった。
その後も青空を堪能して、ヤシマになった気持ちを味わう。
その間、桜子も父親も話しかけてくることはなかった。
お客さんもたまに来て、コーヒーを飲んでいったり、ケーキを買っていく。
マックスは桜子に出会うまで抱えていた不安を払拭され、すっかりリラックスしていた。
しかし、窓からオレンジ色の光が差し込んできて、彼はかなり長い間滞在していたことに気がつく。
「すみません」
「マックス、楽しめました?」
「当たり前です。桜子さん、ありがとうございました。お礼になにかしたいのですが、何がいいでしょうか?」
「うーん。デートして」
「デートですか?」
「桜子、それはよくないお礼だぞ」
「パパは黙っていて」
「あの、僕は祝岡のこと全然知らないので、どこにも連れていけないのですが」
「私が連れていくの。マックスの一日を私にちょうだい。もちろん、マックスがいきたい場所に私がつれていくし」
それはマックスにとってありがたい申し出だったが、お礼にならないことに気がつく。
「それではお礼にならないです」
「お昼ごはんをおごってくれたら、お礼になるでしょう?きっと他にも僕学のロケ地にいきたいだろうし」
桜子の申し出は魅力的だった。
僕学が思ったより知られてない今。一人でいきたい場所を見つけるのは困難そうだった。しかも言葉が通じない場所で。
「それでは、よろしくお願いします。昼食は高級なものを食べましょう」
「わーい!ありがとう。マックス」
桜子がマックスに近づくと、すぐに父親から怒声が飛ぶ。
「パパ!マックスは何もしてないでしょ!」
「そうだが!」
マックスは怒りの父親の顔を見ながら、少しだけ自分の決断を後悔した。