1 海外リアクターのヤシマ
人気海外リアクター、ヤシマの配信を桜子が見つけたのは偶然だった。
一年前、大好きなアニメが最終回を迎え、自分が知らない伏線があるのではないかと、動画を漁った。
そこで、たまたま目に入ったのがヤシマの配信だった。
涙を流しながら大好きなアニメの解説しているヤシマに桜子は釘付けになった。
それから彼のチャンネルを登録して、配信される度に見るようになった。
ヤシマの影響で、見るようになったアニメもあって、桜子はヤシマのファンになった。
コメントしたこともあったけど、ヤシマはコメントを返すことがない。
それが彼のスタイルなので、桜子が傷つくことはなかった。
「日本に行きます!配信楽しみにしてください」
「日本?来るの?やっぱり東京かなあ。そうだよね」
本日配信された動画の終わりにヤシマはそう宣言した。
桜子はもしかしたらヤシマに会えるかもしれないと思いつつ、祝岡には来ないだろうなあと遠い目になった。
ヤシマは見た目から、二十代前半に見えた。
彼はあまり自分のことは語らない。
茶色の髪を撫であげたオールバック気味の髪形に、青い目をしている。よく見るとそれがコンタクトレンズだとわかる。顔だちは完全に白人のもの。軽っぽく見えるハンサムなアメリカ人だ。
ちなみに桜子は日米ハーフ。父のアメリカ人の血が濃いので、髪を金髪に染めれば完全に白人のような顔立ちをしている。
目の色は黒色だ。
ちなみに髪の色は黒色に近い茶色の髪だ。
幼稚園から高校までほぼ同じメンバーで構成されている田舎に住んでいるため、今では誰も物珍しく見ないが、小さい時はそうでもなかった。
現在高校二年生で、進路に悩んでいるお年頃だ。
都会のほうが外国人が多いので、目立たないかなと思いつつも、田舎にずっと住んでいたいという気持ちが大きい。
ちなみに父親は田舎で喫茶店を開いている。
母親は地元の役所で働いている公務員。
父はすでに帰化していて、桜子の国籍は日本。
日本大好きな父だが、やはり英語で話す方が楽なので、小さい時から父とは英語で会話している。そのおかげで彼女は日本語と同じくらい英語を話せる。
「東京かあ。秋葉原とか言ってみたいなあ。きっとヤシマは行くんだろうな」
いつ日本に行くのか、もしかしてすでに日本にいるのか、桜子にはわからない。毎日配信していると言っても、編集作業もあるので、今日みた動画がいつ作られたのかは不明なのだ。
素人はいえ、人気の配信者は芸能人のようなもの。
雲の上の存在だと思って、彼女は考えないことにした。
☆
「すみません。道を教えてください」
電車に乗って市内に出てきたら、英語で話しかけられた。
完全なアメリカ英語だった。
話しかけてきた男は黒縁眼鏡にぼさぼさの茶色の髪。
灰色のパーカーにジーンズ。
アメリカ学園ものでよく見るナードと呼ばれるアメリカ人のいで立ちをしていた。
「もしかして英語わからない?」
黙って凝視していたせいか、そう次の言葉が発せられた。
市内と言えども好んで英語を話す人はなかなかいない。
なので、桜子は答えることにした。
「どこに行きたいのですか?」
桜子が質問すると、ぱあっと青年の表情が明るくなる。
「ここです」
見せられたのは、あるアニメの一場面。
「僕たちの学校」という学園もので、主人公のヤシマが大好きなショートケーキを食べるシーンだった。
「青空」
アニメのロケ地になった喫茶店「青空」。それはなんと桜子の父が開く喫茶店だった。
「そうです!」
桜子の呟きに、青年は眼鏡をグイっと指で押して、頷く。
漫画のキャラのようだと思いつつ、桜子は青年の顔をもう一度見た。どことなく見覚えがある気がしたからだ。
「……もしかしてヤシマ?」
「な!」
青年は桜子から飛びのいてから、目を大きく見開く。
髪色は同じ。髪型は異なる。
目の色も違う。けれども、ヤシマが青色のコンタクトレンズをしているのを桜子は知っていた。
「ヤシマですよね!」
「だ、誰ですか!その人!」
青年は否定するが明らかに動揺していた。
しかもよく聞けば声はヤシマとそのものだ。
桜子の胸が高鳴る。
会いたいと思っていた海外リアクターが目の前にいるのだ。
しかも行きたいところは、父親の喫茶店「青空」。
これは神様の采配だと思い、心を決める。
「ヤシマ!あなたのファンです。桜子と言います。どうか「青空」まで案内させてください!」
チャンスを逃がさない。
桜子は臆することをしない、積極的な女の子だった。
「僕、配信の時と全然違うんですけど、いいんですか?」
「もちろん!ヤシマの本当の姿を見せてもらえるなんて嬉しいです!っていうか、ヤシマって本名ですか?」
「違います」
「本名教えてもらってもいいですか?私は佐島桜子です。佐島が苗字で、桜子が名前。桜の意味がcherry blossomって知ってますよね?」
「そんなの当たり前です。僕の本名はマックス・ミラーです」
「マックス!わあ、教えてくれてありがとう。嬉しいです。マックスって呼んでもいいですか?」
「はい。それでは私もあなたのことを桜子って呼びます」
「わーい。ありがとうございます」
桜子は完全の自分のペースで会話をすすめ、喜んでいた。
ヤシマのファンであるが、彼の前であがったりするわけでもなく、ただ嬉しくて勢いが止まらなかった。実際のヤシマことマックスが思ったより純情そうだったことも、桜子の行動に拍車をかけていたかもしれない。
(本当、「僕学(僕らの学校)」のヤシマにそっくり。雰囲気が。ヤシマも純情なキャラで、何かと構われるタイプだった。虐められやすいキャラだったとこも似てる)
アメリカの学校ではナードはいじめの対象になりやすい。それはハリウッドの映画が物語っている通りだ。
「それでは、案内お願いできますか?」
「はい。ついてきてください!」
ヤシマもといマックスに戸惑いながら聞かれ、桜子ははっきり返事をして、歩き出した。