第8話 デート その2
「それじゃあ、ショッピングでも行こうか。」
「うん!」
美咲が楽しそうに頷き、僕たちは電車で移動することにした。
電車はそれなりに混んでいて、僕たちは窓際に並んで立つことになった。吊革を掴んでいると、車両が揺れるたびに吊革がギシギシと音を立て、窓の外には都会の景色が次々と流れていく。美咲は窓の外を見つめながら、ふと口を開いた。
「そういえば、悠真君って普段どんなお店で服を買うの?」
「俺?特にこだわりとかはないかな。適当に済ませちゃうことが多いよ。」
「え~、なんか意外。おしゃれなところで選んでるのかと思ったのに。」
「そんな風に見える?」
「見えるよ。だって、今の服装もすごく似合ってるし。」
その言葉に少し気恥ずかしさを覚えた瞬間、車両が大きく揺れた。
「きゃっ!」
美咲がバランスを崩し、僕の方へ倒れ込んできた。咄嗟に手を伸ばし、彼女の腕を掴んで引き寄せる。その瞬間、彼女の身体の軽さと温かさが伝わってきて、心臓が一気に跳ね上がる。
「危ない、大丈夫?」
僕の声が震えていないことを願いつつ彼女の顔を見ると、赤らんだ頬と潤んだ瞳が目に飛び込んできた。
「い、いえ……ありがとう。」
美咲が小さく呟く。その髪から甘い香りが漂い、僕は瞬間的に言葉を失った。
▼美咲視点
(倒れるかと思った――。)
電車の揺れでバランスを崩し、気づけば悠真君の腕の中に引き寄せられていた。その瞬間、驚きと安心感が一気に押し寄せてくる。
(……近い。)
こんなにも近くで、彼の顔を見たことなんて今までなかった。その目が少しだけ心配そうに自分を見ているのがわかり、胸がドキドキと騒ぎ出す。
(心臓の音、聞こえてないよね……?)
顔を上げることすらできなくて、視線を落としながら小さく呟いた。
「い、いえ……ありがとう。」
本当はもっと気の利いた言葉を言いたかったのに――。「助けてくれて嬉しい」とか、「ごめんね、驚かせちゃった」とか。でも、頭の中が真っ白で、それ以外の言葉が出てこなかった。
(昨日からずっと楽しみだったから……余計にまともに話せないよ。)
昨日からこのデートのことばかり考えて、準備も万全にしてきた。なのに、いざ彼と顔を合わせると、全然うまく言葉が出てこない。嬉しいのに、それをどう伝えたらいいかわからなかった。
(でも……この温かさって、なんだろう。無理に話さなくても、なんだか安心できる……。)
彼の腕の中で感じたのは、ただ支えられたというだけではなかった。まるで冬の日差しに包まれるような、不思議な安心感。それが胸の奥に広がっていくのを感じる。
隣を歩く彼の存在が、言葉を交わさなくても居心地の良さを感じさせてくれる。普段なら「沈黙」を埋めようとして話題を提供するけれど、今はそうしなくてもいい。彼と一緒にいるだけで、その沈黙が自然なものに思える。
(頼れるって、こういうことなんだ……。)
普段の私は、頼られる側の人間だった。完璧な「橘美咲」でいるためには、誰かに弱さを見せるわけにはいかなかった。けれど、彼の腕の中にいたあの一瞬、そんな「完璧な自分」を忘れてしまった気がする。
彼の腕から解放されると、軽く空気を吸い込む。顔が熱くなっているのを自覚しながら、表情を整える努力をする。
(悠真君……ありがとう。でも、まだちゃんと伝えられてない気がする。)
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車両アナウンスが次の駅の到着を告げ、僕たちは静かにホームへ降りた。美咲が軽く息をつく。
「さっきは本当にありがとう。悠真君がいなかったら、絶対転んでた。」
「いや、大したことしてないよ。でも、無事で良かった。」
「ふふ、やっぱり悠真君って優しいね。」
美咲が微笑む。その笑顔は普段見せるものとは少し違い、柔らかさがあった。その裏に何かを隠しているようにも見えたけれど、僕はそれを深く追求することはしなかった。
次のお店を探して歩き始める中、美咲がふと立ち止まった。
「悠真君って……不思議な人だね。」
「えっ、どういう意味?」
「ううん、何でもない。」
彼女は軽く笑いながら言葉を濁した。その仕草に、彼女の中に秘められた何かがあることを感じつつ、僕はそれ以上追及しなかった。
「じゃあ、次はあっちの通りに行ってみようか。」
「うん!」
美咲の声は明るさを取り戻したように聞こえたが、彼女の背中に一瞬だけ小さな影が差したように見えた。その影が胸に残る不思議な余韻を生み、次の言葉がすぐに出てこなかった。
(美咲……何かを隠してる?)
けれど、今はただ彼女の笑顔を見守ることしかできなかった。
美咲の声が混雑した街のざわめきに溶け込み、彼女の背中に映る影が心にさざ波を立てた。その答えを知るには、まだ時間が必要だった。
イケメンの包容力って、本当に大切だと思いませんか? いや、本当に大切。めちゃくちゃ大切。重要なので2回言いました(笑)。✨ 包み込むような優しさや頼りがいって、見た目だけじゃない魅力ですよね。
そんな包容力が生きる場面を今回はしっかり描いてみました! ぜひ読んで、感じたことを教えてもらえると嬉しいです! 感想や評価、お待ちしてます!