第66話 麻衣の疑惑と美咲の想い
文化祭の喧騒が嘘のように、静けさを取り戻した放課後の教室。窓から差し込む夕日が、教室の隅々をオレンジ色に染めていた。
麻衣は、机に肘をつき、頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。彼女の頭の中には、文化祭で見た光景が、まるでスローモーションのように繰り返し再生されていた。
(どうして、橘先輩があんな男の子と……)
文化祭の準備期間中、そして当日、何度も目にした光景。それは、美咲がクラスでも目立たない存在の悠真と、楽しそうに会話をしている姿だった。美咲は誰に対しても分け隔てなく接するが、悠真に対しては、特別に優しい眼差しを向けているように感じた。
(あの男の子、確か……悠真先輩、だっけ? 全然、目立たないのに……)
麻衣は、悠真のことを思い出そうとするが、彼の顔は、どこかぼやけていた。文化祭の時、彼はいつも美咲の隣にいて、まるで影のように存在感を消していた。
(一体、どんな人なんだろう……)
麻衣は、悠真に対する好奇心と、美咲に対するほんの少しの違和感が胸の中で渦巻いているのを感じた。
「麻衣ちゃん、どうしたの? 難しい顔してるね。」
突然、背後から美咲の声が聞こえた。麻衣はハッとして振り返ると、美咲が微笑みながら近づいてきた。
「あ、橘先輩……! いえ、なんでもないです!」
麻衣は慌てて笑顔を作った。
「本当に? でも、何か考え事してる顔だったけど。」
「ちょっと……文化祭のこと思い出してただけで。」
麻衣はごまかすように笑ったが、美咲はその言葉を聞き流さずに、優しい声で続けた。
「文化祭、楽しかった?」
「はい! すごく楽しかったです。でも……」
麻衣は一瞬口を閉ざし、視線を落とした後、小さな声で言葉を続けた。
「橘先輩が、あの悠真先輩とすごく仲良さそうで……なんでだろうって。」
美咲の表情が一瞬固まる。驚きが隠しきれないまま、微かに目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻し、軽く笑って答えた。
「どうしてそんなことを思ったの?」
「だって、先輩が悠真先輩を見てるとき、すごく自然で……なんていうか優しい顔をしてるから。」
麻衣は無邪気な口調ながらも真剣な眼差しを向ける。その直球な質問に、美咲は少しだけ頬を赤らめた。
「悠真君は、優しい人だから。私、彼と話していると安心するの。」
美咲は努めて平静を装いながら答えたが、麻衣は納得がいかない様子で問い詰めるように続けた。
「それって、先輩が悠真先輩のこと、特別だと思ってるってことじゃないんですか?」
美咲は少し困ったように眉を下げ、静かに笑った。
「特別かもしれない。でも、それを麻衣ちゃんが気にする必要はないわ。」
その言葉に、麻衣は言葉を詰まらせたが、どうしても聞きたいことが心の中に残っていた。
「でも、なんか気になっちゃって……。橘先輩が、なんで悠真先輩みたいな人とそんなに仲良くしてるのか、ちょっと不思議で。」
その言葉に、美咲は柔らかく笑いながら麻衣の肩に手を置いた。
「麻衣ちゃん、悠真君はね、見た目じゃ分からない良さがたくさんあるの。私にとって、すごく大事な人よ。」
麻衣はその言葉に目を丸くしながらも、納得しきれない様子で小さく頷いた。
「……そっか。橘先輩がそう言うなら、きっとそうなんですね。」
「ありがとう、麻衣ちゃん。でも、あまり深く考えすぎないでね。」
美咲は優しく微笑みながら言い、麻衣は少しだけ頬を赤くしながら「はい」と答えた。その場の空気が和らいだところで、真琴と菜月が廊下を歩いてきた。
「おーい、美咲ー! 何話してるの?」
「真琴、菜月。ちょっと麻衣ちゃんとお話ししてたの。」
美咲がそう言うと、真琴は麻衣に視線を向けてニヤリと笑った。
「へぇ、後輩と秘密の話? 悠真君のことだったりして?」
「ちょっと、真琴!」
美咲が慌てて声を上げると、菜月もくすくす笑いながら口を挟んだ。
「でも、美咲ってほんと悠真君のことになると分かりやすいよね。」
「そ、そんなことないってば!」
美咲が顔を赤くして否定する姿に、麻衣は少しだけ笑顔を浮かべた。そのやり取りを見て、彼女の胸の中にあったモヤモヤが少しだけ晴れたような気がした。
(橘先輩が悠真先輩のことを特別に思ってるのは、確かなんだ。でも、それって……どんな意味なんだろう?)
麻衣は心の中でそう呟きながら、美咲たちと別れた後も、悠真と美咲の関係について考え続けていた。




