第64話 甘い時間と波乱の予感
文化祭の賑わいがピークを迎えた午後。教室での忙しい接客が一段落し、悠真はカウンターで息をついていた。美咲も接客を終え、少しだけほっとした表情を浮かべている。
その様子を見た真琴が、何やらニヤニヤしながら近づいてきた。
「ねぇ、美咲、そろそろ自由時間じゃない?悠真君と一緒に文化祭回ってきたら?」
突然の提案に、美咲は驚きつつも「えっ?」と小さく声を上げた。その隣で、菜月も軽く笑いながら肩をすくめる。
「そうそう、二人で楽しんできなよ!私たちが接客は引き受けるから、ね?」
「でも、それだと二人に負担かけちゃうし……。」
美咲が戸惑いながらも遠慮を口にした瞬間、真琴が軽い調子で言い放った。
「じゃあ、私が一緒に回ってくるから、美咲と菜月、よろしくね!」
その言葉に、一瞬で教室の空気が凍りついた。
「だ、だめ。」
美咲が低く響く声でそう言ったかと思うと、次の瞬間には真琴の前に立ちはだかり、その顔は鬼の形相に変わっていた。
「真琴が行く必要、ないよね?」
その威圧感に、真琴は「ひっ」と小さく声を漏らし、慌てて後ずさる。
「ご、ごめん!言いすぎました!二人で行ってきてください!私はここで接客します!」
菜月がその様子を見て吹き出しそうになりながらも、美咲の背中を軽く叩いた。
「美咲、落ち着いて。真琴も冗談だって分かってるから。」
「そ、そうそう、冗談冗談!美咲は悠真君と行ってきなよ!」
美咲は一度深呼吸をして、普段の柔らかな表情を取り戻すと、ちらりと悠真を見上げた。
「悠真君、行こ?」
(美咲が一瞬阿修羅に見えたよ……。)
「う、うん……。」
悠真は少し戸惑いながらも、美咲の提案に頷いた。そのやり取りを見守っていた真琴と菜月は、顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「ほんと、美咲って悠真君のことになると容赦ないよね。」
「でも、そこがまた可愛いんだよね。」
二人の会話を背に、悠真と美咲は教室を抜け出した。廊下を歩く間も、文化祭の賑やかな声が途切れることなく耳に届く。悠真はふと、美咲の横顔を見て微笑んだ。
「桜井さん、ほんとに冗談のつもりだったみたいだよ。」
「うん、分かってる。でも、なんか引き下がれなくて……ごめんね。」
美咲が少し申し訳なさそうに呟く。その姿に、悠真の胸が温かくなるのを感じながら、彼は微笑んだ。
「いいよ、そういう美咲も悪くないし。ほら、せっかくの文化祭なんだから、楽しまなきゃ損だろ?」
その言葉に、美咲の顔がぱっと明るくなる。
「うん、そうだね!じゃあ、どこから回る?」
「そうだな、まずは……射的でも行ってみる?」
「射的!いいね、私、それ得意だよ!」
二人は楽しげな会話を交わしながら屋台の並ぶエリアへと足を運んだ。にぎやかな雰囲気の中、まず訪れたのは射的の屋台。風船や小さな景品が並べられた的を見て、美咲が目を輝かせる。
「悠真君、私、これ得意なんだから!」
「じゃあ、美咲の腕前を見せてもらおうかな。」
悠真が笑顔で言うと、美咲は自信たっぷりに銃を手に取った。狙いを定める美咲の横顔を見て、悠真は思わず見惚れてしまう。
パンッ!
「やった!当たった!」
風船が割れ、景品の可愛らしいキーホルダーが手渡される。美咲は満足そうに微笑み、悠真にそれを見せた。
「悠真君にもプレゼントするね。」
「ありがとう。俺も頑張らないとな。」
悠真も挑戦するが、狙いはなかなか定まらない。美咲が笑いながら、「こうやって持つの」と手を添えて教える。二人の距離がぐっと縮まり、周囲の喧騒が遠のくような感覚が悠真を包む。
次に向かったのは屋台の並ぶエリアだ。たこ焼きや焼きそばの香ばしい匂いが漂い、学生たちの笑い声が飛び交う。美咲が「あれ美味しそう」と指差したのは、ふわふわの綿菓子だった。
「これ、二人で分けて食べようよ。」
「いいけど、大丈夫?俺の方が食べ過ぎないように気をつけてね。」
「もう、心配しなくても分けるから!」
二人は小さな綿菓子を少しずつちぎりながら、和やかに話を続ける。美咲が「悠真君、ほら」と言いながら綿菓子を差し出し、悠真がそれを口にするたび、自然な笑顔がこぼれた。
やがて、校内を回り続けた二人は、麻衣のクラスで運営しているメイドカフェに足を運ぶことに。教室の扉を開けた瞬間、淡いピンクの装飾やリボンが目を引く中、可愛らしい衣装を身にまとった麻衣が「いらっしゃいませ、ご主人様!」と元気に迎えた。
「橘先輩!」
麻衣が美咲に気づき、嬉しそうに駆け寄ってくる。その笑顔に美咲も自然と微笑んだが、麻衣の視線はすぐに隣にいる悠真に移る。
「えっと……そちらはどなたですか?」
美咲が一瞬困ったように視線を逸らした後、笑顔で答える。
「クラスメイトの白石君だよ。」
「えっ?白石先輩?えー、初めまして!」
麻衣は少し戸惑いながらもにこやかに挨拶をするが、その目は悠真をじっと見つめたまま。
「あの……どこかでお会いしたことあります?」
その質問に、悠真は内心で冷や汗をかきながら、どう答えるべきか迷った。美咲が軽く肩をすくめてフォローを入れる。
「麻衣ちゃん、そんなこと言ってると白石君が困っちゃうでしょ。」
「あ、そうですよね!失礼しました~!」
麻衣は慌てて頭を下げたが、その後も悠真に対してじっと疑わしげな視線を送る。
「でもでも、橘先輩って、こんな普通そうな男の子と一緒にいるの、ちょっと意外かも~!」
無邪気な麻衣の言葉に、美咲はピクリと反応した。笑顔はそのままだが、微妙にトーンの低い声で返す。
「普通なんかじゃないよ、白石君は。すごく優しくて頼りになるんだから。」
「へぇ~、そうなんですね~。」
麻衣は一瞬だけ驚いたような顔をした後、にこやかに笑った。しかし、その視線は再び悠真に向かい、妙に探るようなものだった。
「うーん、橘先輩がそんなに褒めるなんて、白石先輩、ただ者じゃないんですね!」
「そ、そうかな……?」
悠真が少し照れたように頭を掻くと、美咲は満足そうに微笑んだ。
「ほら、悠真君、もっと堂々としてていいんだよ。」
二人のやり取りを見た麻衣は、「ふーん……」と興味深そうに頷きつつも、心の中で何かを考えている様子だった。
席に着いた二人。麻衣が運んできた特製ドリンクを手に、美咲がふと微笑む。
「さっきの麻衣ちゃん、可愛かったね。」
「うん、まあ。でもちょっとヒヤヒヤしたけど。」
「そう?でも、悠真君ってほんとに気づかれないんだね。」
美咲がクスクス笑いながら言うと、悠真は肩をすくめた。
「こっちだって必死なんだよ。バレたらどうなるか分からないし。」
「ふふ、そういう悠真君もかわいい。」
美咲の言葉に、悠真は思わず顔を赤らめた。
一方、カウンターの向こうで忙しく立ち回る麻衣は、ちらちらと二人を見ながら、眉間に小さなシワを寄せていた。そして、心の中でこう呟く。
(橘先輩みたいな人が、あのパッとしない男の子と一緒って、何か引っかかる…。)
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