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第63話 文化祭 波乱の幕開け

 校内に活気が満ちる文化祭初日。教室は装飾やポスターで彩られ、放課後の準備の成果が一目でわかる華やかさだった。白石悠真のクラスも例外ではなく、コロッケとドリンクのブースには早くも行列ができていた。


「いらっしゃいませ!コロッケはいかがですか?」


 橘美咲が明るい声を張り上げると、周囲の空気が一瞬で和らぎ、来場者たちは吸い寄せられるように列に並び始めた。その美貌と親しみやすい笑顔に、周りからひそひそ声が聞こえてくる。


「やばくね、あの子?めっちゃ可愛くない?」


「アイドルか何かかな……?え、普通の生徒?」


 男子たちの視線が美咲に集まり、話し声が絶えない。その様子に気づいた悠真は、ドリンクの準備をしていた手を一瞬止め、ちらりと美咲の方に目を向けた。


 彼女はクラスメイトたちと軽快にやり取りをしながら、笑顔を絶やさず接客を続けている。


(……やっぱり美咲は目立つよな。)


 悠真の胸の奥に、小さなざわつきが広がる。彼女の笑顔は魅力的で、来場者を惹きつける力がある。けれど、あまりに注目を集めすぎていることに、なぜか落ち着かない気持ちが湧いてくる。


「美咲ちゃん、ほんとすごいよな。お客さんがどんどん来てくれるし、大助かりだよ!」


 クラスメイトの一人が嬉しそうに声を上げる。悠真はその言葉に軽く頷きながら、手元の作業に意識を戻した。


(美咲、無理していないかな。)


 そんな思いが頭をよぎった瞬間、クラスメイトが慌ただしく駆け寄ってきた。


「悠真、大変だ!コロッケの材料が足りなくなりそうだって!」


「何だって?」


 悠真は驚きながらも、すぐにメニュー表を確認する。


「まだ初日なのに、こんなに早く足りなくなるなんて…。追加の仕入れが必要だな。」


「でも、誰が行くの?店も混んでるみたいだし、時間もかかりそうだよ。」


 クラスメイトの不安そうな声に、悠真はきっぱりと言い切った。


「俺が行ってくる。場所も知ってるし、先生に許可証もらって急いで購入して早く戻るから待っててくれ。」


 その言葉に、クラスメイトたちはほっとした表情を浮かべた。


「頼むよ、悠真!」


 悠真はエプロンを外して急ぎ足で教室を出ていった。



 一方、教室では美咲が接客を続けていたが、次第に疲労の色が濃くなっていた。そんな中、数人の外部からの男性客が彼女の前に現れた。


「ねぇ、君さ、連絡先教えてよ。」


 男の一人が馴れ馴れしい笑顔を浮かべて声をかけた。美咲は一瞬戸惑い、周囲を見回したが、すぐに冷静な表情を作り直す。


「申し訳ありません。そういった対応はできないんです。」


「そんな冷たいこと言わないでさ、文化祭だし、楽しくやろうよ。」


 男たちがさらに一歩近づく。美咲は後ろに下がるが、接客中のため強く突っぱねることができず、曖昧な笑顔を浮かべる。


「ほらほら、君も困ってる顔より笑ってる顔のほうが可愛いじゃん。」


「えっと、すみませんが…。」


 しつこい彼らに、美咲の周囲の空気が微妙なものになっていく。クラスメイトたちも様子を伺っていたが、どう対応して良いかわからず、動けない。


 その時だった。


「申し訳ありませんが、ここではそういうサービスは行っておりませんので。」


 静かだが芯のある声が教室に響き、全員の視線が入り口へ向いた。悠真が追加の材料を持って戻ってきたのだ。ドリンクの入った箱を片手に持ちながら、彼は自然に美咲の隣へ立つ。


「君たち、目的があるなら他のブースに行ったらどうですか?」


 悠真は低い声で言いながら、冷静な眼差しを男たちに向けた。その態度には隙がなく、普段の「ぼっちモード」の印象からは想像できない迫力があった。


「え?なんだよ、君。ここの人?」


「そうだけど。君たちには関係ないでしょ?」


 悠真は余裕のある口調で返す。ナンパの男たちは少し引きつった笑顔を浮かべながら、互いに顔を見合わせた。


「いや、ただ連絡先を聞こうとしただけだよ。別にそんな大事にしなくてもいいだろ?」


「そうだな。でも、相手が嫌がっていることをしつこくするのは、大事になる可能性があるんじゃない?」


 悠真の言葉に、男たちは一瞬たじろぐ。その場の緊張感を察してか、周囲のクラスメイトたちも動きを止めて二人を見守る。


「……わかったよ。悪かったな。行こうぜ。」


 一人が不満げに言いながら、仲間を促して教室を後にした。去り際に一度振り返ったが、悠真の冷静な目を見てすぐに踵を返した。


 教室内が静まり返る中、美咲はほっとした表情で悠真を見上げた。


「悠真君…ありがとう。」


 悠真は軽く笑いながら首を振った。


「当然のことをしただけだよ。美咲が困ってるのを見過ごせないからな。」


 その言葉に、美咲の頬がわずかに赤く染まる。周囲のクラスメイトたちも感心したような表情を浮かべながら、口々に声を上げた。


「白石、カッコよすぎじゃない?」


「お前、そんなに頼れる奴だったのかよ!」


 その声に、悠真は少し照れたように視線を逸らした。


「別に大したことじゃないって。」


 そんな彼の姿に、美咲は心の中でそっと呟いた。


(やっぱり悠真君は、すごい人だな…。)



 再び落ち着きを取り戻した教室では、クラスメイトたちが活気に満ちた雰囲気の中で作業を進めていた。悠真もドリンクの準備を再開し、美咲は接客に戻る。


「悠真君、次の注文これね!」


「了解。任せて。」


 自然なやり取りが交わされる中、クラスメイトたちも先ほどの悠真の対応を振り返っていた。


「さっきの白石、めっちゃカッコよかったな。あんな一面あったのかよ。」


「ほんとだよな。普段は目立たないのに、あの冷静さは何だ?」


「いやいや、美咲を守ったってのがまたポイント高いよね。惚れ直したわ〜。」


 教室の隅でひそひそと話し合うクラスメイトの声が漏れ聞こえ、悠真は少しだけ居心地悪そうに肩をすくめた。


「白君、これ、ちょっと重いんだけど運んでくれる?」


「はいはい、分かったよ。」


 真琴が声をかけると、悠真は文句ひとつ言わずに手伝い始める。その姿を見た他の生徒たちも、次々と声をかけていく。


「白石、これもお願い!」


「ちょっと、ドリンクの材料切れそうだから確認して!」


「わかったわかった。一度に全部は無理だから順番ね。」


 悠真が冷静に対応していく姿に、クラスの空気がどこか穏やかになっていく。その様子を美咲もちらりと目に留め、微笑んだ。


(悠真君、頼られてるなぁ。でも、それも当然かも。)


 一方で、男子たちは少しだけ面白くなさそうな顔をしていた。


「白石ばっかり頼られてんじゃん。なんかズルくね?」


「いや、でも仕方ないよな。あんなの見ちゃったらそりゃカッコよく見えるわ。」


「俺たちも何か手伝うぜ!!」


 そんな声が飛び交う中、女子たちは逆に楽しそうに笑いながら話していた。


「白石君、なんだかんだで頼れるじゃん。美咲とのコンビ、いい感じだよね。」


「うんうん。なんかこう、見てて応援したくなる!」


 賑やかな声が響く中、悠真と美咲の間にも、自然な連携が生まれていた。悠真がドリンクを用意し、美咲が接客をする。その流れはスムーズで、周囲のクラスメイトたちも二人を中心に動き始める。


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