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第62話 文化祭の準備

 放課後の教室には、文化祭を前にした高揚感が満ちていた。机の上にはコロッケの試作レシピやドリンクのメニュー案が散らばり、クラスメイトたちはそれぞれの役割に取り掛かっている。


 白石悠真は、手元のノートにドリンクのアイディアを書き込んでいた。ふと顔を上げると、クラスの中心で奮闘する美咲の姿が目に入る。周囲から頼られ、笑顔で対応している彼女だったが、その表情にはどこか疲労が見え隠れしていた。


(やっぱり、美咲は一人で抱え込みすぎてるな…。)


 悠真は内心でそう思いつつ、手元のノートに視線を戻した。彼自身の役割であるドリンク販売も順調に進んでおり、バイト先のマスターや同僚の麻衣に相談したことで、具体的な方向性が固まってきていた。


 その日の夕方、悠真はバイト先のカフェで、マスターにアドバイスを求めていた。


「マスター、文化祭でドリンク販売をやるんですけど、何かインパクトのあるメニューってないですかね?」


 カウンター越しに質問すると、マスターは腕を組んで少し考え込んだ。


「文化祭ってことは、若い子たちが集まるんだよな。だったら見た目が映えるものがいいだろうな。フルーツたっぷりのカラフルなドリンクとかさ。」


「なるほど、確かに見た目は大事ですよね。」


 悠真がメモを取っていると、横から麻衣が顔を覗かせた。


「え〜、悠真先輩の学校も文化祭なんですか?」


 悠真は一瞬だけ手を止める。その質問に答えるには少し工夫が必要だと判断し、軽く笑ってごまかした。


「ああ、そうだよ。まあ、どこの学校もこの時期は文化祭シーズンだからね。」


 麻衣が頬を膨らませながら、少し上目遣いで詰め寄ってくる。


「え〜、教えてくれないんですか〜?悠真先輩、意地悪!」


 悠真は苦笑しながらも、一瞬だけ視線をそらし、頭を掻いた。


「いや、別に意地悪してるわけじゃないよ。ただ……ほら、文化祭が終わったらきっと、俺の学校バレちゃうかもしれないから、それまでの秘密ってことで。」


「え〜!?ますます気になるじゃないですか〜!」


 麻衣が目を輝かせてさらに食い下がる。悠真は少し困った表情を浮かべながら、肩をすくめた。


「まあ、気になるぐらいがちょうどいいんじゃない?全部話すと面白くなくなるだろ?」


「うわ〜、悠真先輩って、なんかズルいですね。でも、いいや。文化祭が終わったらちゃんと教えてくださいね!」




 一方、教室では、美咲がコロッケの試作に追われていた。クラスメイトたちからの意見や要望が次々と飛び交い、その全てを一人でまとめようとしている。


「橘さん、この具材の組み合わせどう思う?」

「ごめん、もう一回試作してみてほしいんだけど…。」


 美咲は笑顔で対応していたが、その目には疲れが色濃く映っていた。


(これでみんなが満足するものが作れるのかな…。)


 その時、桜井真琴と中村菜月が美咲に近づいてきた。


「美咲、大丈夫?なんか一人で頑張りすぎじゃない?」


「えっ?そ、そんなことないよ。みんなのためにやってるだけだから。」


 美咲が慌てて答えると、真琴が軽くため息をついた。


「もう、そんな無理しなくていいって。私たちも手伝うからさ。」


「そうだよ、美咲が倒れたら元も子もないし。ほら、私たちに振っていいんだから!」


 菜月も笑顔で言葉を添える。その優しさに、美咲の胸が少しだけ軽くなった気がした。


「ありがとう、真琴、菜月。じゃあ、少しだけ手伝ってもらおうかな。」


 美咲がそう言うと、二人は嬉しそうに「任せて!」と答えた。


 翌日、文化祭の準備はさらに進展していた。悠真は教室の隅でドリンクの試作を行っており、美咲と真琴、菜月の三人も一緒にコロッケの味付けを調整している。


「悠真君、そのドリンク、なかなか良さそうじゃない?」


 美咲がふと声をかけると、悠真は振り返りながら微笑んだ。


「そう?マスターのアイディアを参考にしてみたんだ。よかったら味見してみる?」


「いいの?じゃあ…。」


 美咲が一口飲むと、その表情がぱっと明るくなった。


「これ、美味しい!きっと人気出ると思う!」


「そっか、よかった。」


 二人のやり取りを聞いていた真琴が、机に肘をつきながらニヤリと笑う。


「おやおや、悠真君と美咲、なんかいい雰囲気じゃない?文化祭の『公式カップル』って感じ?」


「えー、それめっちゃ映えるやつじゃん!」菜月が目を輝かせて即座に乗っかる。「これ決まりでしょ、コロッケカップル誕生ってことで!」


「ちょっと、何それ!?全然違うから!」


 美咲が慌てて手を振るが、真っ赤になった顔がまるで肯定しているかのようで、教室中がざわつき始めた。


 すると、佐藤が笑いながら口を挟んだ。


「それ、私たち的には大歓迎だよね。だって、美咲が誰かと付き合ったら、男子の目線が少しは他に向くじゃない?」


「それな!美咲がフリーの間は、男子たちがみんな美咲のことばっかり見てて私達にチャンスがないもんね!」


 佐藤の言葉に、周囲の女子たちは一斉に「確かに」と頷きながら笑い声をあげた。


 一方、その発言を聞いた男子たちは一気に顔を曇らせる。


「おいおい、本当に付き合うとかやめろよ……。」


「白石に美咲を取られるとか、ありえないだろ!」


「そもそも、美咲に釣り合うのかよ、白石!」


 男子たちがこそこそと文句を言い始める中、悠真は困ったように苦笑いを浮かべていた。


「いや、誤解しないでくれよ。俺たち、そういう関係じゃないから。」


「えー?悠真君、それで否定してるつもり?」真琴が茶化すように声を上げた。「その割に、なんか二人とも距離近いよね?」


「ちょっと!そんなことないってば!」

美咲が慌てて否定するが、その声が少し裏返ってしまい、さらに周囲を笑わせる結果に。


「まあまあ、私たちは応援するから!ね、悠真君!」菜月がニヤリとしながら言う。


「だからさぁ〜。白石君は美咲と付き合っちゃえって〜♩」佐藤がお願いしながら言う。


「……だから、違うって。」悠真は頬を掻きながらため息をついた。


 その一連のやり取りに、美咲はついにぷいっと顔を背けた。


「もう、みんなからかいすぎ!悠真君も何とか言ってよ!」


「え?俺?……うーん、まあ、否定しすぎるのもどうかと思うし。」


 悠真の言葉に美咲が振り返る。


「え?」


「ほら、あんまり強く否定すると、みんなが逆に盛り上がるだろ?」


 その言葉に、教室の笑い声がさらに響いた。男子たちはため息をつき、女子たちは盛り上がり、美咲は「もう知らない!」と怒り気味に席を立った。


 その姿を見た悠真は、少しだけ笑いながら彼女の後を追う。


「美咲、怒るなって。ほら、次の準備進めよう。」


「……次は、絶対からかわれないから!」


 真っ赤な顔で振り返った美咲を見て、悠真は心の中で小さく思った。


(本当は、少しだけ照れてるだけだろ。)


 彼の小さな微笑みと、美咲の拗ねた表情が、教室の中に柔らかい空気を残していた。


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