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第61話 水族館でドキドキ!? 友情?恋心?

 土曜日の朝、駅前の広場には初夏の柔らかな日差しが降り注いでいた。白石悠真は、髪を整え、メガネを外して「俺モード」に切り替えていた。普段の「僕モード」の陰キャ姿とは違い、少しだけ堂々とした自分だ。


(これでいいはずだよな。変じゃないよな?)


 鏡を何度も確認してから駅に向かった悠真は、待ち合わせ場所に立つ美咲の姿を見つけた。


「美咲!」


 名前を呼ばれた美咲は振り向き、悠真を見るなり驚いたように目を見開いた。


「悠真君、その服……とても似合ってるよ。」


 美咲の褒め言葉に、悠真は少し照れくさそうに「ありがとう」と短く答えた。その瞬間、ほんのりと嬉しそうな表情が彼の顔に浮かぶ。


 だが、二人の間にわずかに漂い始めた甘い空気は、次の瞬間に割り込んできた声で一瞬にして打ち消された。


「ちょっと!二人でいい雰囲気にならないでよね!」


 振り向くと、そこには真琴と菜月が息を切らしながら立っていた。二人はニヤニヤと笑みを浮かべている。


「そうそう、今日はみんなでハーレム水族館デートなんだから!」


 真琴が大げさにそう宣言すると、悠真は「何言ってるんだよ」と困った顔をしながらも、どこか楽しげな表情を浮かべた。


 次の瞬間、真琴が「じゃあ、私が右腕ね!」と宣言し、悠真の腕に躊躇なく絡みついた。


「え、ちょっと待って!桜井さん、なにして――」


 悠真が慌てる間もなく、今度は菜月が「じゃあ私は左ね!」と同じように彼の反対側の腕をしっかりと組んだ。


「おい、本当にちょっと待てって!」


 顔を赤く染めながらも、どうにもできない悠真。そんな様子を見た真琴が得意げに微笑む。


「だって、悠真君、今日はイケメンモードなんだから。こんな時くらい、私たちがリードしてもいいでしょ?」


「そうそう、イケメン君は特別待遇!」菜月も楽しげに続ける。


 二人に両腕を取られている悠真の姿は、あまりにも間抜けで美咲から見ても思わず笑いそうになるほどだった。それでも、美咲の胸の奥には、違う感情が小さく芽生えていた。


(あの二人、本当にやりすぎ……。)


 先日の喧嘩を経て得た悠真との絆。それが今、二人の軽口にかき消されるような気がして、胸の奥がチクチクと痛む。


「ねぇ、二人とも、もう十分でしょ。悠真君、困ってるよ。」


 美咲が冷静を装いながら声をかけると、真琴がにやりと笑った。


「えー?美咲、もしかして嫉妬してる?」


「当たり前でしょ!!」


 真琴と菜月が驚いたように顔を見合わせた後、同時にくすくすと笑い出した。


「今日は素直だねぇ、なんか新鮮!」

「美咲がこんなに分かりやすいのって、意外とレアかも!」


 二人の反応に、思わず耳まで赤くなる美咲。さらに悠真が「ありがとう、美咲」と感謝の言葉を口にしたことで、彼女の動揺は一層深まる。


「べ、別に!ただ、悠真君が迷惑そうだったから助けただけだから!」


 言葉を吐き捨てるように言った美咲の頬は赤く染まり、視線は完全にそらされている。そんな彼女の様子に、真琴がすかさず声を上げた。


「はい、ツンデレいただきました〜!!」


「誰がツンデレよ!?」


 美咲が思わず振り返りながら怒鳴るが、真琴は全く動じず、にやにや笑いながら菜月に目配せをした。


「いやいや、これは完全にツンデレポイント高めだね。菜月、どう思う?」


「うん、認定。これは悠真君も惚れ直しちゃうかも?」


「そ、そんなわけないでしょ!ふざけないで!!」


 美咲がぷいっと顔を背けると、悠真が思わず苦笑しながら「ほどほどにしてあげて」と二人を諭すように声をかけた。


「えー、悠真君、もしかして美咲を庇ってるの?」


 真琴がからかうように聞くと、悠真は少しだけ困った顔をして視線をそらした。


「庇うっていうか、これ以上いじると本気で怒りそうだから。」


「ちょっと!私のことを話題にするの禁止!!」


 さらに真っ赤になって叫ぶ美咲の様子に、一同が笑い出す。


「やれやれ、さっそく波乱含みだね。」

「ほんとほんと、でもこれくらい刺激があったほうが面白いでしょ?」


 菜月と真琴が楽しげにやり取りしながら、美咲をからかうような視線を送ってくる。


(もう、二人とも本当に自由すぎる……。)


 ため息をつきながらも、美咲の頬にはどこか諦め混じりの微笑みが浮かんでいた。そんな中、4人は並んで電車に乗り込み、賑やかなやり取りを続けながら目的地を目指した。




 水族館に到着すると、青いライトに照らされた幻想的な館内が4人を迎えた。まずは大きな大水槽の前で写真を撮ることに。


「悠真君、もうちょっとこっち寄って!」


「美咲、なんで俺ばっかり移動させるんだよ。」


「だって、全体のバランスを考えると、悠真君がこっちにいたほうが良いの!」


 美咲の言葉に真琴と菜月が大笑いし、悠真は小さくため息をつきながらも位置を調整する。その後、4人は館内を回りながらイルカショーの時間まで自由行動することになった。


「じゃあ、ペアに分かれて行動しようか。」


 菜月が提案すると、美咲と悠真、真琴と菜月のペアに自然と分かれた。


「悠真君、行こ。」


 美咲が悠真の腕を軽く引っ張り、二人で歩き出す。少し照れくさい雰囲気の中、水族館の幻想的な光景が二人を包み込む。




 大水槽の前に立つ二人。悠真はゆったりと泳ぐ魚たちを眺めながら口を開いた。


「なんか、癒されるな。」


「うん。こういう場所って、日常を忘れられる感じがするよね。」


 美咲の声がほんの少し弾んでいる。悠真が横目で彼女を見つめると、光に反射して輝く美咲の瞳が映り込んだ。


「美咲、今日誘ってくれてありがとう。こういうの、いいね。」


「ふふ、悠真君が楽しんでくれるなら、それでいい。」


 二人の間に柔らかな空気が流れる。大水槽の前、青い光が二人を包み込み、魚たちが静かに泳ぐ中、時間がゆっくりと流れているようだった。


 ふと、悠真が少しだけためらいながら手を伸ばした。その仕草に気づいた美咲は、驚いたように彼を見上げる。


「……」


 無言のまま、美咲もそっと手を伸ばす。ためらいがちに触れた指先が、やがて絡み合い、次の瞬間には彼女の小さな手が悠真の手を包むように握っていた。


 心臓の鼓動が静かな水槽の音と混じり合い、二人の間に響いているように感じる。お互い何も言わず、ただ手の温もりだけを感じていた。


 悠真はちらりと美咲を横目で見た。彼女の頬がわずかに赤く染まり、視線は前のクラゲに向けられたままだった。けれど、彼女の握る手には確かな力が込められている。


(美咲も、同じ気持ちなのかな……。)


 悠真の胸がじんわりと熱くなる。美咲は目の前のクラゲを見つめながら、少しだけ深呼吸をしているようだった。その唇が、微かに動いた。


「真琴たちに見られたら、笑われるかもね。」


 彼女が小さく呟くと、悠真は微笑んだ。


「それでもいいよ。」


 美咲の声が震えて聞こえる。それでも彼女の手のぬくもりは伝わり、悠真の中に安心感が広がった。二人の手が触れ合うその温もりは、言葉以上に二人の気持ちを繋いでいた。




 イルカショーの時間が近づき、二人は再び4人で合流した。菜月がすぐに美咲をからかい始める。


「ねえねえ、美咲、顔赤くない?何かあったの?」


「な、何もないってば!」


 慌てて否定する美咲だが、菜月と真琴の笑い声が続く。悠真は苦笑しながらその様子を見守った。


 ショーが始まると、イルカたちの華麗なジャンプに4人が揃って歓声を上げた。笑い声と感動に包まれたその瞬間、悠真は心の中で静かに思った。


(この時間が、ずっと続けばいいのにな。)




 水族館を後にした4人は、駅前で解散することになった。別れ際、美咲が小さく手を振りながら「またね」と呟く。


「また、こういうのやろうな。」


 悠真の言葉に、美咲は少し照れたように微笑んだ。


(いつか、この気持ちをちゃんと伝えられる日が来るのかな。)


 そんなことを考えながら、美咲はその場を後にした。夕焼けに染まる街並みが、これからの二人の未来を静かに祝福しているようだった。


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