第53話 葵の回想
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勉強会が始まると、部屋の中には和やかな雰囲気が広がった。机を囲むみんなの視線が自然と悠真君に集まる。彼が手元のノートを開き、落ち着いた声で話し始めた瞬間、その場がさらに活気づいた。
(彼って、こんなふうに頼りがいのある人だったんだ。)
悠真君の穏やかな声が耳に届くたび、心が静かに揺れる。その感覚は初めてで、どうにも説明がつかなかった。自分がいま抱えているこのざわめきの正体がわからなくて、少し戸惑う。
視線を彼のノートに向けるふりをしながら、ふと彼の横顔を盗み見た。真剣な表情がなんだか頼もしくて、つい見惚れてしまう。
周囲では橘美咲さん、桜井真琴さん、中村菜月さんが楽しげに会話を交わしている。その中で、私だけがまだこの輪の中に馴染めていない気がした。
(みんな楽しそう。私も、もっと自然に話せたらいいのに。)
この場にいながら、自分だけが少し外れているような気がして、胸の奥がひやりと冷たくなる。それでも、彼が私を気遣うように微笑んでくれるたび、その冷たさが少しずつ溶けていく気がした。
「ここ、こう考えると解けますよ。」
悠真君が隣で優しく説明してくれる。その声は不思議と安心感を与えてくれるけれど、同時に胸の奥を少しだけ苦しくさせた。
「あ、なるほど!ありがとうございます!」
自然と笑顔がこぼれる。けれど、その笑顔を向けられた悠真君は少しだけ照れたように目をそらした。その仕草に、胸がキュッと音を立てたような気がした。
(なんでだろう……こんなふうに男の子を意識するなんて初めて。)
彼が別のメンバーに声をかけるために席を立つ。その背中を見送るとき、心の中にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われる。思わずノートに目を落としたけれど、文字は全く頭に入ってこなかった。
休憩時間になると、菜月さんが軽い調子で私に話しかけてきた。
「葵ちゃん、グループチャットに入る?私たち、いつもここでやり取りしてるんだ。」
その提案に、一瞬だけ驚いた。アイドルとして活動している私が、こんな普通の学校生活に関わるなんて、これまで考えたことがなかった。
「本当に私でもいいんですか?」
「もちろんだよ!ね、美咲?」
菜月さんが隣の美咲さんに話を振る。美咲さんは少しだけ驚いた顔をしたけれど、すぐに柔らかく微笑んで頷いた。
「そうね。勉強会の仲間なんだから、入らない理由はないでしょ。」
その言葉が、思いのほか嬉しかった。
「ありがとうございます。ぜひお願いします。」
スマホを取り出し、招待されたグループに参加する。画面に映る軽快なやり取りを見ていると、自然と微笑みが浮かんだ。
(こんなふうに、普通の高校生として誰かと繋がるの、初めてかもしれない。)
勉強会が終わる頃、みんなが帰り支度を始める中で、悠真君と少しだけ二人きりになった。
「今日はありがとうございました。本当に助かりました。」
彼に向かって頭を下げると、悠真君は少し困ったように笑った。
「そんな、大げさですよ。僕も楽しかったし。」
その言葉に、心が少しだけ軽くなる。
「楽しかった……ですか?」
「はい。みんなで勉強するのも、意外と悪くないですね。」
その一言が嬉しくて、つい顔がほころぶのを止められなかった。
(この時間がもっと続けばいいのに。)
でも、それを口にする勇気はまだなかった。ただ、胸の中で静かに彼との時間を思い返す。その思いが、次第に自分の中で大きくなっていくのを感じながら、そっと彼を見送った。
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