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第52話 橘美咲の回想

「★★★」の評価をお願いいたします。

 勉強会が始まると、悠真君が真っ先に城山葵に説明を始めた。その瞬間、胸の奥にチクチクとした痛みが走った。彼の穏やかな声が、いつもとは違う相手に向けられている。それだけで、どうしようもなく落ち着かない。


(なんで……?どうして私じゃなくて城山さんなの?)


 心の中で問いかけても答えは出ない。悠真君は嘘をつく人ではないし、困っている人を助ける優しい人だ。それはわかっている。でも、だからこそ彼が優しさを向けている相手が自分ではないと気づいたとき、その現実が胸を締め付ける。


 ノートに視線を落としてみるけれど、耳にはどうしても二人のやり取りが飛び込んでくる。


「そうそう、ここをこう考えれば解けますよ。」


「本当だ、ありがとうございます! 白石君、すごいですね!」


 城山葵の弾むような声。その笑顔まで想像できそうな明るい音色が、私の中の何かを鋭く刺激する。


(すごいとか……私だって知ってるよ。悠真君はすごい人だって。でも、それを伝えるのは私じゃないとダメなんだよ。)


 胸の中に湧き上がる感情を持て余す。彼女が何か悪いことをしているわけではない。むしろ感謝を口にするのは当然だ。それでも、その当たり前がどんどん私の中で黒い渦となって広がっていく。


 ノートに視線を戻そうとしても、つい二人の方を見てしまう。悠真君が微笑みながら説明を続け、城山葵が素直にそれに応じる。その光景が視界に入るたび、胸がざわつく。


(私だって、もっと近くで話したいのに。)


 ペンを握る手に力が入り、ノートの端にうっすらと跡がつく。そんな小さな変化にも気づかないほど、感情が乱れていた。


 彼にしてみれば、ただ教えているだけだ。私は、ただそれを見ているだけ。それなのに――。


「美咲、大丈夫?」


 ふいに耳に届いた彼の声に、ハッとして顔を上げる。悠真君が心配そうにこちらを見ていた。その優しい瞳に胸が締め付けられる。


「えっ…? あ、うん、大丈夫。」


 どうにか声を出すけれど、ぎこちない返事だと自分でもわかる。


「本当に? さっきから上の空だったよ。」


 彼の言葉に、小さな罪悪感が胸を刺す。その優しさが、さらに私の感情を乱していく。


「ええ、大丈夫。ちゃんとやってるわよ。」


 少し強めの口調で言い返してしまった。悠真君が驚いたような顔をして、少しだけ眉をひそめる。それを見た瞬間、自分の態度が間違いだったことに気づく。


「そう? なら良かった。心配したよ。」


 気まずそうに笑って、彼は再び城山さんの方へ向き直った。その背中が、やけに遠く感じた。


(違う違う。何してるの、私…。本当にバカ。もっと素直にならないと嫌われる……。)


 自分を責める言葉が心の中で何度も響く。こんな気持ちを抱えている自分が情けない。


「美咲、大丈夫?」


 ふいに耳に届いた菜月の声に、ハッと我に返る。顔を上げると、彼女が意味ありげな笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。


「ええ、大丈夫。ただ、ちょっと考え事をしていただけ。」


「ふーん?考え事ねぇ~。白君のこと?」


 軽く冗談交じりに言われたその言葉に、心臓が跳ねた。


「そ、そんなわけないでしょ!」


 慌てて否定したものの、自分の声が少し上擦っているのがわかった。菜月がますますにやりと笑う。


「嘘っぽ~い。だってさ、さっきから美咲、あの二人のことばっかり見てるじゃん。」


「そ、そんなことない!ノート見てたし!」


「でも、ノートに何も書いてないよ?」


 菜月が指摘すると、私は慌ててノートを隠した。確かに、手元のページには一文字も書かれていなかった。


(なんでこんなに動揺してるの、私……。)


 心の中で自分に言い聞かせるけれど、どうしても落ち着けない。悠真君の柔らかな声が、また耳に届く。


「葵さん、ここも似た問題だから練習してみるといいですよ。」


「わかりました!白石君、本当に頼りになりますね!」


 葵さんが満面の笑みを浮かべているのが想像できた。そんな彼女に教える悠真君の優しい横顔。胸の奥がズキズキと痛む。


(私だって……もっと頼りたいのに。)


 ノートの端に『落ち着け』と書き込む。でも、その文字を見ても何も変わらない。感情は一向に収まらず、むしろどんどん膨らんでいく。


 二人の笑顔が、彼の優しい声が、私の中で嵐のように感情を巻き起こしていく。


(私だって…もっと近くにいたいのに。私だってもっと話したい。)


 その思いは言葉にできないまま、私の胸の奥にどんどん積み重なっていった。


(これ以上は、見ていられない…。)


 ノートを閉じ、そっと深呼吸をする。それでも胸の中のモヤモヤは消えない。


「美咲、もし何かあったら相談してね。」


 菜月の声が優しく耳に届く。その一言が、ほんの少しだけ心を軽くしてくれた。


(ありがとう、菜月。でも、これは私自身の問題だよね。)


 そう思いながら、再びペンを握り直した。


筆者の励みになりますので、よろしければブックマークや★の評価をお願いいたします。温かい応援、よろしくお願いいたします。

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