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第47話 葵の回想 その3

 朝のホームルームが終わると、私は廊下を何度も行ったり来たりしていた。


(白石君を探さないと…でも、どうやって話しかけたらいいの?)


 廊下を行き来するたびに、同級生たちの視線や声が私に向かってくる。


「葵ちゃん、おはよう!今日も可愛いね!」

「城山さん、クラス写真で隣に座らせてもらえないかな?」

「葵、昼休み一緒に食べようよ!」


 いつもなら、笑顔で「ありがとう」と返していたこれらの声が、今日は心に響かない。むしろ、その言葉一つ一つが、重くのしかかるようだった。


(もし私が、あの撮影の姿だったら、こんなふうに話しかけてくれる人なんて誰もいなかったはず…。)


 心の中に広がる黒い影。その影が、昨日感じた温かさを薄れさせるようで、思わずため息が漏れる。それでも、私は笑顔を崩さない。


「ありがとう!嬉しいな。また後でね!」


 いつものように作り笑顔を浮かべて返事をする。そのたびに胸の奥で「私の価値って、本当にこれだけなのかな」と問いかける声が聞こえる。


(でも、アイドルの私が笑顔を崩すなんて許されない。だって、それが私の仕事だから…。)


 自分を奮い立たせながら、白石君を探す。




 昼休み。ようやく廊下の端で、階段を上る男子生徒の後ろ姿を見つけた。


(あっ…白石君だ!)


 一瞬で心臓が高鳴る。その背中、少し猫背気味の歩き方、制服姿――間違いない。けれど、すぐに足を止めた。


(追いかけたら、変に思われるかもしれない…。)


 慎重になりすぎて、彼に声をかける勇気が出ない自分が歯がゆい。それでも、彼が向かった教室の番号を覚え、その教室の前をそっと通り過ぎる。窓越しに中を覗くと、白石君は静かに机に向かって何かを書いていた。


(ラノベかな?それとも勉強?)


 彼の穏やかな横顔を見つめていると、自然と微笑みがこぼれる。


(本当に、あの時の優しい言葉をくれた人なんだ。)


 でも、それ以上教室の前に立ち止まることはできなかった。深呼吸をしてその場を離れる。


(次こそは…ちゃんと話しかけよう。)




 午後の授業中。黒板に書かれる文字や先生の声は、まるで耳に入ってこない。白石君のことばかりが頭を占めている。


(どうして、こんなにも彼のことを考えてるんだろう…。)


 心臓がトクン、トクンと速くなる。こんな気持ちになるのは初めてだった。もしかして、これが憧れ?それとも、それ以上の感情なのかもしれない。


(私が気づいていないだけで……彼に惹かれているのかな?)


 思考がまとまらないまま授業が進む。ふと窓の外に目をやると、柔らかな夕陽が校庭を照らしていた。その光景が、昨日の白石君の笑顔を思い出させる。


("素敵な笑顔を大切にして"って言ってくれたあの言葉、忘れられない。)


 夕陽に照らされた彼の穏やかな表情が、頭の中で繰り返される。そのたびに胸が暖かくなる。




 放課後。白石君の教室を再び訪れる。遠くから彼の姿を見つけると、心臓がまた早鐘のように鳴り始めた。教室の片隅でノートを広げて何かを書き込んでいる彼は、誰にも邪魔されることなく集中しているようだった。


(どうして、こんなにも静かで落ち着いた空気を纏っているんだろう?)


 しばらくの間、その様子を見ていたい衝動に駆られる。でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。


(話しかけなきゃ…。でも、どうやって?)


 自分の中の迷いが大きくなるたび、昨日の彼の笑顔が心を軽くしてくれる。


(きっと…次はもっと自然に話しかけられるよね。)


 心の中でそう自分を励ましながら、教室を後にした。夕陽が差し込む廊下を歩きながら、ふと彼の言葉を思い出す。


("素敵な笑顔を大切にして"って、あれが本当に私に必要な言葉だったんだ。)


 その言葉が胸の中で何度も反響する。


(次こそは、ちゃんと笑顔で話しかけてみよう。そして、彼に感謝を伝えたい…それが私の第一歩。)


 夕陽が背中を押すように、そっと微笑みを浮かべた。


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