第46話 葵の回想 その2
涙を拭きながら、彼の顔をじっと見つめた。彼の優しい微笑みと、真っ直ぐな瞳に、不思議な安心感を覚える。
“どうしてこの人は、こんなにも自然に私に優しくできるのだろう?”
その思いが胸に浮かび、私はふと口を開いた。
「白石君って、不思議な人ですね。」
突然の言葉に、彼は少し戸惑ったように首を傾げる。
「そうかな?ただ、普通に思ったことを言ってるだけだよ。」
「普通…ですか。でも、私の外見を気にせず、こんな風に話してくれる人は初めてです。」
言葉に自分でも驚いた。これまで、外見を褒められることが多かった私にとって、それを無視して接してくる彼は、確かに特別に映っていた。
「見た目なんて、ただの表面だよ。話してみなきゃ分からないことの方が多いんだ。」
その言葉は、私の胸にじんわりと響いた。彼がそう思っているだけでなく、本当にそう信じていることが伝わってくる。
「でも、世の中って外見で判断されることが多いじゃないですか。それが普通だと思ってました。」
私がそう言うと、彼は少しだけ考えるようにしてから答えた。
「たしかに、そういう風に考える人も多いかもしれない。でも、それが正しいとは限らないよ。僕は、人の本当の魅力は内面にあると思うんだ。」
彼の真剣な言葉に、思わず目を見張る。彼の考え方は、これまで私が触れてきたどんな言葉とも違った。
「内面…。」
「うん。たとえば、さっき葵さんが涙を拭いてた時、その仕草がすごく優しさに溢れてたと思う。それは外見だけじゃ分からない部分だよね。」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと熱くなる。普段の私は、外見やイメージだけで評価されることに慣れてしまっていた。そんな私に、彼は内面の優しさを感じ取ってくれたと言う。
「そんな風に言われたの、初めてです。」
自然と涙がこぼれそうになったが、それをぐっと堪える。アイドルとして、いつも笑顔を見せることが求められてきた私にとって、今の彼の言葉は特別だった。
「僕も昔、ちょっと外見で誤解されたことがあってさ。それ以来、見た目よりも中身を見ようと思ってるんだ。」
彼が照れくさそうに微笑む。その笑顔を見た瞬間、心の中で何かが柔らかくほどけた気がした。
「白石君は、素敵ですね。」
私が思わず口にすると、彼は少し驚いたようだったが、すぐに苦笑した。
「僕なんて全然普通だよ。でも、ありがとう。」
彼の控えめな返事が、さらに彼の人柄を物語っている気がした。そんなやり取りをする中で、ふと時計が目に入る。
「あ、もうこんな時間。帰らなきゃ。」
荷物を整える私に、彼は一歩近づいてきた。
「じゃあ、またどこかで会おうね。もし何かあったら、僕を頼っていいから。」
その言葉に、胸が温かくなる。初めて会ったばかりなのに、こんなにも私を気遣ってくれる彼の存在が、とても大きく感じられた。
「本当に…ありがとう。白石君のおかげで、少し元気になれました。」
「それなら良かった。」
彼は軽く手を振りながら歩き出す。その後ろ姿を見送りながら、心の中で何かが静かに動き出すのを感じた。
(彼…同じ学校なんだよね。でも、私に気づかないなんて。)
それを思うと、不思議と微笑みがこぼれた。これまで、名前や外見だけで判断されることに慣れていた私にとって、一人の人間として向き合ってくれる彼の存在が、とても新鮮だった。
(また、話せるかな…。彼ともっと話してみたい。)
そんな思いが胸の中でじんわりと広がる。彼との出会いは偶然だったけれど、これからもっと知りたいという気持ちが静かに芽生えていた。
胸の中で新たな感情が芽生えながら、私は軽やかな足取りで帰路についた。
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