表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/69

第45話 葵の回想 その1

 平日の撮影は、私にとって初めての挑戦だった。特殊メイクと衣装でぽっちゃりとした役に変身した私は、普段のアイドルとしての自分とはかけ離れた姿だった。普段は笑顔で挨拶を返してくれるスタッフたちが、私だと気づかず、冷たく対応する場面が増えた。


(私が"可愛い"から優しくしてくれてただけだったんだ……。それがなくなったら、こんな風に扱われるんだ……。)


 何事もなかったかのように振る舞おうとしたけれど、胸の奥がずしりと重くなる感覚は隠せなかった。撮影が進むたびに感じる違和感は、徐々に心を蝕んでいった。


 昼休み、気分転換になればと撮影場所を離れ、人通りの多い街を歩いていた。ふとした瞬間、通行人と肩がぶつかりそうになった。


「ちょっと、ちゃんと前見て歩けよ!」


 鋭い声が飛んできた。振り返ると、見知らぬ男性が眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。普段なら「すみません」と笑顔で謝れば、相手はすぐに気を和らげる。それが私の常識だった。でも、この日は違った。


「す、すみません……。」


 か細い声で謝ると、男性は私を見下し、不快な言葉を続けた。


「もっと周りのこと考えろよ!身だしなみ整えたらどうだ?」


 その瞬間、胸に走る痛みを感じた。私がアイドルとして積み上げてきたものが、一気に崩れ去ったような気がした。


(やっぱり、私が"可愛い"から優しくしてくれてただけ。こんな見た目になったら、途端にこれだもん……。)


 目頭が熱くなる。頑張って築いてきた"可愛い"という鎧がなければ、私は何もないのだろうか。その考えが頭を巡るたびに、涙がこぼれそうになるのを堪えた。


「すみません、何か問題がありますか?」


 突然聞こえた穏やかな声。その方向を振り向くと、制服姿の男の子が二人の男性に向かって立ちはだかっていた。彼の声には優しさだけでなく、確かな芯の強さを感じた。


「お前には関係ないだろ、どっか行けよ。」


 男性たちは苛立った声を上げたが、彼は怯むことなく言葉を続けた。


「関係ないとは思えません。彼女が困っているように見えたので、気になりました。それに、ただ文句を言うだけでは解決になりませんよ。」


 その毅然とした態度に、男性たちは舌打ちをして去っていった。彼は振り返り、私に向かって優しい笑顔を見せた。


「大丈夫ですか?」


 その声を聞いた瞬間、胸の中に溜まっていた不安と孤独が少しだけ和らいだ気がした。震える声で「ありがとうございます」と答えると、彼はポケットからハンカチを取り出して差し出した。


「これ、使ってください。まだ使ってないので。」


 彼の何気ない優しさが、私の心にじんわりと染み渡った。ハンカチで涙を拭いながら、彼の顔をじっと見つめる。


「白石悠真と言います。高校二年生です。」


 彼の名前を聞いて、私は自然とその名前を心に刻んだ。制服から同じ高校に通っていることがわかったけど、こんな風に真っ直ぐで温かい人に出会ったのは初めてだった。


(どうしてだろう……。こんな私に、こんなにも優しくしてくれるなんて。)


「城山葵です。」


 気づけば自分の名前を口にしていた。彼の微笑みがさらに柔らかくなる。


「葵さん、素敵な名前ですね。なんだか、明るくて優しい感じがします。」


 その言葉に胸がドキッとした。普段は名前を褒められることに慣れているはずなのに、彼に言われると特別な響きを感じた。


「ありがとう……。白石君のおかげで、少し元気が出ました。」


 彼はにっこりと笑い、「それなら良かった」と答えた。その瞬間、初めて会ったばかりなのに、この人には何でも話せるかもしれないと思った。


(もっと話したい。彼のことをもっと知りたい……。)


 でも、アイドルとしての自分や美少女四天王としての立場を思うと、素直に心を開くのが怖かった。少しずつ距離を縮めたいという思いと、これ以上近づいて傷つくのが怖いという葛藤が交差する。


筆者の励みになりますので、よろしければブックマークや★の評価をお願いいたします。温かい応援、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ