第44話 城山葵との出会い(後半)
「そうだ、名前を教えてもらってもいいですか?」
ふと尋ねた僕に、彼女は一瞬驚いたように目を丸くした。それから少しだけ躊躇して、小さな声で答える。
「……城山葵です。」
その名前を聞いた瞬間、僕の脳裏にはどこか聞き覚えがある気がした。けれど、彼女が今の自分をどう思っているのかを考えると、深く追及するのは失礼だと感じた。
「素敵な名前だね。葵さんって響き、優しさを感じる。」
彼女は少しだけ驚いた表情を見せた後、頬を赤らめて小さく笑った。
「ありがとうございます……。」
その笑顔には、少しずつ心の距離が縮まってきたような温かさがあった。
会話を続けるうちに、彼女はぽつりぽつりと自分の経験について語り始めた。言葉は控えめで、どこか自分を否定するようなニュアンスが含まれている。
「以前は……もっと周りの人が優しかったんです。多分、見た目のせいで。中学の頃までは、どこに行ってもチヤホヤされるのが当たり前だった。でも、高校に入ってから少しずつ変わってきて……。体型が崩れてからは、みんなの態度が一変してしまいました。」
彼女の言葉に胸が痛んだ。自分の周りでも、見た目で人を評価する空気を感じたことはあったけれど、ここまで深刻な影響を受けた人がいるとは思わなかった。
「だから、今はもう……人を信じるのが怖いんです。どんなに笑顔で話しかけてくれても、裏で何を思ってるのかわからないから……。」
彼女の声が震えている。その傷ついた瞳を見て、僕は心が締め付けられる思いだった。
「でも、僕は葵さんの価値は外見なんかじゃ決まらないと思うよ。」
その言葉に、彼女は驚いたように顔を上げた。その瞳には、不安と疑念が入り混じっている。
「どうして、そんな風に言えるんですか?普通、見た目が全てじゃないですか。」
「たしかに、そういう風に考える人も多い。でも、それが正しいとは限らないよ。僕は、人の本当の魅力は内面にあると思ってる。」
葵さんの表情がわずかに緩み、目元にほんの少し光が差した。
「内面、ですか。」
「うん。さっき話してるとき、葵さんの声とか仕草、すごく優しいなって感じた。それって、外見だけじゃわからない部分だよね。」
彼女は驚いたように目を丸くしたが、やがて少しずつ微笑みを浮かべた。その微笑みは、さっきまでの悲しみを少しだけ和らげたように見えた。
「白石君って……不思議な人ですね。」
突然の言葉に僕は少し戸惑った。
「そうかな?ただ、普通に思ったことを言ってるだけだよ。」
「普通って言うけど……私の外見を気にせず、こんな風に話してくれる人、初めてです。」
その言葉に、僕は少しだけ胸を張った。
「見た目なんて、ただの表面だよ。話してみなきゃ分からないことの方が多いんだ。」
「話してみなきゃ分からないこと……。」
彼女が小さくその言葉を繰り返した。その瞳にはどこか遠い記憶を思い出しているような色が浮かんでいる。
「でも、世の中の人って、どうしても見た目で判断するじゃないですか。それが普通だって思ってました。でも、白石君は違うんですね。」
「僕だって完璧なわけじゃないよ。でもね、僕は思うんだ。外見で判断する人が多いからこそ、それだけで人を決めつけたくないって。」
「それ……簡単そうに聞こえるけど、実際には難しいことですよね。」
「うん、たしかに難しい。でも、葵さんみたいに頑張ってる人が報われないのはもっと辛いと思う。」
彼女がはっとしたように僕を見つめた。その瞳には驚きと、どこか戸惑いが混じっている。
「頑張ってる……ですか?」
「そう。だって、さっきまでのことだけでも十分に分かるよ。きっとこれまでもいろいろ大変なことがあったんだよね。」
その言葉に彼女は目を伏せ、静かに頷いた。
「中学の頃までは……自分のことを好きでいられたんです。でも、高校に入ってから体型が変わったことで周りの態度が一変して……。それがどれだけ怖いことか、誰も分かってくれなくて。」
「……分かる気がするよ。」
僕の言葉に彼女は驚いたように顔を上げた。
「え?」
「僕だって目立たない存在でいることを選んできたからさ。見た目で判断されるのが嫌だったし、無理に目立とうとするのも疲れるから。」
「白石君が……?」
彼女の声には信じられないという感情が混じっていた。
「うん。でも、そのおかげで気づいたんだ。見た目で判断しない人と話すと、すごく心が楽になるってことに。」
僕の言葉に彼女はじっと耳を傾けていた。その瞳の中には、微かな興味が浮かんでいる。
「だから、僕もそういう人でありたいんだ。葵さんみたいに困ってる人に対して、少しでも力になりたい。」
「……なんだか、不思議な感じです。白石君と話してると、少しだけ前向きになれる気がして。」
「それなら嬉しいな。僕も、葵さんみたいに頑張ってる人を応援したいから。」
その言葉に、彼女はふっと微笑んだ。その笑顔はさっきよりも自然で、柔らかいものだった。
「白石君って……変わってますね。」
「よく言われるよ。でも、それが僕の取り柄かもしれないね。」
冗談めかしてそう言うと、彼女は小さく笑った。その笑い声はまるで鈴の音のようで、僕の胸に優しく響いた。
「でも、ありがとう。私のことをちゃんと見てくれて。」
「こちらこそ。話せてよかったよ。」
彼女が小さく頷き、再び微笑んだ。その笑顔には、これから先に進むための小さな勇気が宿っているように見えた。
「また、話せますか?もし、何かあったら……。」
「もちろんだよ。いつでも頼って。」
その言葉に彼女は嬉しそうに頷き、やがて立ち上がった。
「じゃあ、また……。」
「うん、またね。」
彼女の背中を見送りながら、僕は心の中で彼女の未来を応援していた。
(葵さんがもっと自信を持てるように、僕も何か力になれたらいいな……。)
そう思いながら、僕も家路についた。その道は、どこか晴れやかで温かいものに感じられた。
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