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第43話 城山葵との出会い(前半)



 学校帰り、薄暗くなり始めた駅前の道を歩いていると、人混みの中から男性たちの怒鳴り声が耳に入ってきた。足を止め、その方向に目を向けると、二人の男性が一人の女性を囲むようにして詰め寄っているのが見えた。女性はぽっちゃりした体型で、うつむいたまま肩を震わせている。彼女の目には涙が溜まり、か細い声で「すみません」と呟いているが、男性たちの高圧的な態度は止む気配がなかった。


「だからさ、もっと周り見ろって言ってんだよ!」


「それにしても、お前……もうちょい身だしなみどうにかしろよ。そんなんだからぶつかりそうになるんだろ。」


 その光景に周囲の視線が集まるが、誰も口を挟もうとしない。人々は無関心を装いながら、彼女を冷ややかな目で見ているだけだった。


(ひどいな。こんなの見過ごせるわけがない。)


 気づけば僕は歩き出していた。制服姿の僕に気づいた周囲の視線が少しずつ集まるが、深呼吸をして気持ちを落ち着けながら、なるべく穏やかな声で問いかけた。


「すみません。何か問題でもあるんですか?」


 突然の割り込みに、男性たちがこちらを振り返る。一人は苛立ち、もう一人は面倒くさそうな表情を浮かべた。


「お前には関係ねえだろ。ガキは引っ込んでな。」


「確かに、僕は何も関係ないです。でも、彼女が困っているように見えるので、放っておくわけにはいきません。」


 その一言に、男性たちは一瞬たじろいだが、すぐに声を荒げる。


「はあ?こいつが急に飛び出してきたせいでぶつかりそうになったんだよ!迷惑なのは俺たちの方だっつーの!」


 男性の言葉に、女性がさらに身を縮め、「すみません……」と小さな声で繰り返す。その姿に胸が締め付けられる思いがした。


(これは……ただの言いがかりだろう。)


「それは驚いたかもしれません。でも、それなら『気をつけてください』って一言言えば済む話じゃないですか?」


 僕の言葉に男性たちは黙り込む。周囲の人々の視線が刺さる中、ようやく苛立ちを露わにして舌打ちをした。


「なんだよお前……偉そうに説教しやがって!」


「偉そうに聞こえたなら謝ります。ただ、周りの人たちに聞いてもらってもいいんじゃないですか?どっちが間違っているか。」


 その一言に男性たちは周囲を見回し、居心地が悪そうに顔をしかめた。そして、ついに諦めたようにその場を立ち去る。


「くだらねえ……行こうぜ。」


 二人が去った後の静寂の中、女性が小さな声で「ありがとうございます……」と呟いた。その声は震えていて、彼女がどれほど怯えていたかを物語っていた。


「大丈夫ですか?」


 優しく声をかけると、彼女は少し躊躇しながらも頷いた。その目には涙が溜まっていて、胸が痛くなる。


「これ、使ってください。」


 ポケットから取り出したハンカチを差し出すと、彼女は小さく礼を言いながら受け取り、そっと涙を拭いた。


「さっきのこと、あなたのせいじゃありませんよ。たまたま運が悪かっただけです。」


 そう言うと、彼女は少しだけ顔を上げた。その瞳には疑いと悲しみが混ざっていて、何かを言いたそうだった。


「でも……私、こんな見た目だから、迷惑なんです。」


 その一言に言葉を失った。彼女の自虐的な言葉には、長い間積み重なった苦しみが滲み出ていた。


(そんなわけないだろ……。)


「……そんなことありません。」


 彼女が驚いたように僕を見つめる。僕はその瞳をしっかりと見返しながら続けた。


「見た目なんて、ただの表面です。本当に大事なのは、あなたがどんな人で、どんな気持ちを持っているかだと思います。」


 彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに目を伏せた。


「でも……世の中はそう思ってくれません。外見が変わっただけで、みんな態度を変えるんです。」


 その言葉には深い悲しみが込められていた。


「確かに、そういう人も多いかもしれません。でも、それが全てじゃありません。あなたの価値を本当に分かってくれる人は、必ずいます。」


 彼女の表情がわずかに柔らかくなる。


「……笑顔を見せるのって、怖いんです。」


「怖いかもしれません。でも、笑顔って自分だけじゃなくて、周りの人も幸せにするんです。あなたが笑うときっと素敵です。」


 彼女の瞳が揺れる。しばらくの沈黙の後、彼女が小さく頷いた。


「……ありがとう。」


 その声には、わずかに明るさが戻っていた。


(この笑顔を取り戻す手助けができたなら、良かった。)



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