第29話 部屋とパーカーと私
「ぼ、僕も実は緊張してるよ……。」
自然と口に出たその言葉に、自分でも驚いた。カップを握る手に少し力が入り、俺は視線をカップの中へ落とした。一人暮らしの家に女の子を招き入れるなんて、これが初めてだ。緊張しないはずがない。
「そっか……。でも、ごめんね。私が雨に濡れちゃったせいで、気を遣わせちゃって。」
美咲は申し訳なさそうに微笑みながら、そっとカップを両手で包み込む。その仕草があまりにも自然で、どこか心をくすぐられる。
「いやいや、気を遣うのは当たり前だろ。美咲が風邪をひいたら困るし、むしろ気づけて良かったと思ってる。」
「ありがとう……。悠真君って、本当に優しいよね。」
少し照れくさそうに微笑む彼女の言葉に、俺の心臓が軽く跳ねた。どうにか場を和ませるために、話題を変えることにした。
「でもさ、そのパーカー、すごく似合ってるよ。普段の制服姿もいいけど、こういうラフな感じも新鮮で……可愛いと思う。」
「えっ……可愛いって……!」
美咲が顔を赤らめ、驚いたように目を見開く。その反応に俺も少し動揺しながら、慌てて言葉を続けた。
「いや、本当に似合ってるからさ。なんか……守りたくなるっていうか。」
「そ、そんなこと言われたら……私、どう返していいか分からないよ……。」
美咲は困ったように視線を落とすが、その表情から彼女の内心が少し垣間見える。恥ずかしさと、どこか嬉しさが入り混じった複雑な感情が伝わってきた。
「ごめん、変なこと言っちゃったな。ほら、紅茶冷めちゃうよ。」
「う、うん……。」
美咲がカップに口をつけ、そっと紅茶を飲む。そんな彼女を横目で見ながら、俺は少し深呼吸をした。緊張を隠すために、なんとか話題を切り替えようとする。
「そうだ、僕もシャワー浴びてくるから。その間、ゆっくりしてて。」
「え?あ……うん。分かった。」
俺はバスルームに向かい、サッとシャワーを浴びて服を着替える。鏡を見て、自分の髪を整えながら、バイトモードの「イケメン仕様」にセットしてみた。少しでも緊張を和らげるために。
リビングに戻ると、美咲が俺を見て驚いたように目を丸くした。
「……初めて会った悠真君だ……。」
「ふふ、これが俺の『モード』なんだよ。」
「すごく……かっこいい。」
美咲が顔を赤らめ、少しだけ視線を逸らす。その仕草が妙に可愛くて、俺はつい笑ってしまった。
紅茶を飲みながら、他愛のない話を続ける。話題は学校のことや勉強のことへ移り、自然と穏やかな時間が流れていった。
ふと、美咲が静かに呟いた。
「今日は本当にありがとう。雨の中、一緒に帰ってくれたり、家に入れてくれたり……悠真君がいなかったら、どうなってたんだろう。」
「そんな大げさな。でも、美咲がそう言ってくれるなら、俺も嬉しいよ。」
美咲はカップを膝に置き、少しだけ頬を染めながら俺を見つめた。
「……なんだか、悠真君が隣にいてくれると、すごく安心するんだよね。」
その言葉に、俺は心の中で息を呑んだ。美咲の声は静かだったけれど、確かに心に響くものがあった。
「美咲がそう思ってくれるなら、それだけで十分だよ。」
しばらくの沈黙の後、俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「美咲、今度……なんで僕がこの『モード』を使い分けてるか、その理由を話そうと思う。」
「え?」
「でも、まだ……少しだけ時間が欲しい。簡単に言えることじゃなくて、ちょっと勇気が必要だから……。」
美咲は驚いた表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
「……分かった。待ってるね。」
その言葉に、俺は安堵すると同時に、何かが変わり始めたような感覚を覚えた。
その後、乾いた制服を受け取り、美咲を駅まで送ることにした。傘を差しながら歩く帰り道、ふと美咲が足を止めた。
「……今日、悠真君と過ごせて、本当に良かった。なんだか特別な日になった気がする。」
「俺も。こういう日があってもいいよな。」
二人の間に言葉は少なかったけれど、心は通じているように感じた。雨が静かに降り続ける夜、傘の中で彼女との距離がほんの少し近づいたように思える。
(灰色だった毎日が、少しずつ色づいていく……。)
駅で美咲を見送った後、胸の奥に残る温かさを感じながら、俺はゆっくりと家に帰った。この日、確かに俺たちの関係は一歩進んだのだと実感していた。
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