第18話 勉強とドキドキ
「悠真君の高校って、どこ?」
フードコートの席に着いた美咲が、ストローをいじりながらぽつりと尋ねてきた。声のトーンは軽いけれど、その瞳はどこか探るように僕を見つめている。
「俺の高校?どこだと思う?」
少し茶化すように返すと、美咲の表情が不満そうに歪む。
「それって、答えたくないってこと?」
「いや、そんなつもりじゃないけど。どうして急にそんなこと聞くの?」
「なんとなく……悠真君って、ちょっと謎が多いから。」
その言葉に、一瞬だけ心がざわついた。謎――そう思われる理由を自覚しているだけに、その一言が妙に重く響く。
「別に隠してるわけじゃないけどね。普通の高校だよ。」
当たり障りのない言葉で話を終わらせると、美咲は小さく頷いた。
「ふーん、そうなんだ。まあ、いつか教えてくれるよね。」
そう言って彼女は微笑む。まるで僕の隠している何かを知っているかのようなその笑顔に、焦りを覚える。
美咲が持ってきたノートを広げ、僕たちは勉強を始めた。まずは彼女が苦手だと言っていた数学から教える。
「この公式をこうやって当てはめると、簡単に解けるよ。」
「えっ、本当だ!すごい、わかりやすい!」
美咲が目を輝かせて頷く。その純粋な反応に、つい笑みがこぼれる。
「教え甲斐があるな。美咲って、意外と飲み込み早いんだね。」
「そんなことないよ!悠真君の教え方が上手なだけ!」
そう言って微笑む彼女の顔が、どこか子供みたいに無邪気で、少しだけ胸が温かくなる。
お互いに教え合いながら進めるうち、時間が経つのを忘れるくらい集中していた。美咲が何かを理解した瞬間に見せる笑顔は、見ているだけで嬉しくなる。
夕方、フードコートを出て駅に向かって歩き出した。夕陽が街をオレンジ色に染め、影が長く伸びる。
「今日はありがとうね。すごく助かったよ。」
「いや、俺の方こそ楽しかったよ。美咲に英語教えてもらえたし。」
そんな会話を交わしながら歩いていると、不意に彼女が足を止めた。
「悠真君……手を繋いでもいい?」
その言葉に、思わず目を見張る。彼女の表情は真剣で、けれどどこか恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「えっ、どうして?」
「別に深い意味はないけど……ただ、今日はすごく楽しかったから、なんとなく……。」
その声はか細く、消え入りそうだった。僕は彼女の真剣な瞳を見て、静かに頷いた。
「じゃあ、いいよ。俺たち友達だし、普通のことだよな。」
そう言って差し出した手を、美咲がそっと握った。その手は少し冷たく、でもどこか温かかった。
歩き出した僕たちの間には、不思議な沈黙が続いた。けれど、それは決して居心地の悪いものではなく、むしろ心地よい静けさだった。
「悠真君……その、私たちって本当に友達なのかな?」
ふいに彼女が呟いた。その言葉に、胸がドキリと鳴る。
「え?どういう意味?」
「なんでもない!忘れて!」
慌てて首を振る美咲の顔が赤く染まっているのは、夕陽のせいだけではないはずだ。
その時、後ろから誰かの声が響いた。
「美咲!」
振り向くと、そこには見覚えのある人影が立っていた。