第13話 それぞれの思い
▼麻衣視点
カフェのカウンターで黙々と作業をしながら、私はふと視線を上げた。窓際の席に座る橘美咲先輩が目に入る。その姿はまるで雑誌のモデルみたいで、どこか近寄りがたい雰囲気すらある。
でも、そんな彼女がさっきから何度も悠真先輩を見ている。カウンターで忙しそうに動き回る彼の姿を追う視線が、とても自然で――それが妙に気になった。
(橘先輩……悠真先輩のこと、そんなに意識してるの?)
そんな疑問が浮かぶたび、胸の奥がザワザワする。別に橘先輩を嫌っているわけじゃない。むしろ彼女の美しさや存在感には憧れすら感じている。でも、今日はどうしても落ち着かない。
(だって、あれって絶対デートだったよね……。)
昨日、ショッピングモールで偶然見かけた悠真先輩と橘先輩。二人で楽しそうに歩く姿は、どう見ても普通の買い物じゃなかった。けれど、学校で橘先輩に彼氏がいるなんて話は聞いたことがない。それに、もし本当に付き合っているなら、そんなことはすぐに噂になるはずだ。
(だからきっと、付き合ってはいない……はず。)
自分に言い聞かせるけれど、それでもどうしても気になってしまう。そもそも、どうやって二人が知り合ったのかが謎だ。悠真先輩は、学校が違うはず。それがなぜ、学校の有名人である橘先輩とあんなに親しそうにしているのか。
(聞けば教えてくれるのかな。でも……そんなこと聞いたら変に思われちゃうかも。)
考えれば考えるほど、胸の中にモヤモヤが広がっていく。
ふと、カウンターで作業していた手が止まった。橘先輩がカップを持ちながら、ほんの少し微笑んでいるのが目に入ったからだ。その視線の先には、ラテアートを仕上げて運ぶ悠真先輩の姿がある。
(あ……本当に嬉しそう。)
そんな彼女の表情を見ていると、なぜか少し胸が苦しくなった。先輩が橘先輩にラテアートを渡すと、彼女は顔をほころばせて「すごく嬉しい」と言っていた。
(私だって、あんな風に笑いたいな。)
気がつけば、先輩を見つめている自分がいた。彼のことを特別だと思う理由なんて、すぐに挙げられる。何でもざっくばらんに話せるし、失敗しても嫌な顔をしない。学校の人たちとは違って、気を使わずに接することができる。そんな先輩だから、私は安心できるし、信頼している。
(でも、それって……ただの憧れだよね?)
自分の中の感情を必死に整理しようとするけれど、答えは見つからない。
その時、先輩がふとこっちを振り返り、目が合った。
「麻衣、大丈夫か?」
「あっ、はい!何でもないです!」
慌てて作業に戻るけれど、動揺を隠しきれない。
(先輩は、私のことをどう思ってるんだろう。)
そう考えると、今度は橘先輩の方を見るのが怖くなった。もし彼女が悠真先輩のことを好きだとしたら、私はどうすればいいんだろう。
(でも、私がそんなこと考える資格なんてないよね。)
だって、私はまだ悠真先輩のことを好きになったわけじゃない。ただ、気になるだけ。そう、ただそれだけだ。
▼美咲視点
(本当に来て良かった……。)
カフェの扉をくぐった瞬間、悠真君がこちらに気づいて微笑んでくれた。その安心感と、働いている彼を初めて見る新鮮さが胸の中で交差する。
窓際の席に案内される間も、彼のさりげない気遣いが伝わってくる。自然な笑顔で「こちらの席へどうぞ」と促してくれる姿に、なんだか胸がぽかぽかと温かくなる。
(バイト中の悠真君って、こんな感じなんだ……。)
学校では見られない、きびきびとした動きや、お客様に対する丁寧な接客。それを目の当たりにするたびに、彼が「イケメン」と噂される理由を改めて実感する。
カフェラテが運ばれてきた時、カップに描かれた小さなハートを見つけた。
「わぁ、ハートのラテアート……。悠真君、こういうのもできるんだ。」
自然と口元が緩む。その優しさとセンスに感動する一方で、胸の奥が少しざわついた。
(私だけにこうしてくれるわけじゃないよね……。)
彼のことを見ているのは私だけじゃない。カフェにいる他のお客様たちの視線が彼に集中しているのがわかる。
「ねぇ、あの店員さん、イケメンすぎない?」
「うん、笑顔が最高……!完全に私のタイプ!」
そんな声が耳に飛び込んできて、胸が少しだけ苦しくなる。友達として応援したい気持ちと、どこか落ち着かない感情。その二つが頭の中でぐるぐると渦を巻く。
店を出る時、私は彼に言葉をかけた。
「今日は本当にありがとう。また来てもいいかな?」
「もちろん。いつでも歓迎だよ。」
彼が優しくそう言ってくれるたびに、自分が特別扱いされているわけではないとわかっていても、どこか嬉しくなる。
(次に来た時も、同じ笑顔で迎えてくれるのかな……。)
カフェの扉が閉まり、夜の風が頬を撫でた。心の中には、彼への感謝と、少しだけ複雑な気持ちが残っていた。
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