第12話 バイト先
彼女の姿が見えなくなるまで見送った後、改札を通ろうと歩き出した。その時、ポケットの中のスマホが振動する。
画面には「藤崎麻衣」の名前が表示されていた。
「麻衣……?」
何の用だろうと思いながら通話ボタンを押す。電話の向こうから、いつもの明るい声が響いてきた。
「先輩!こんばんは!今ちょっと大丈夫ですか?」
「ん?別に大丈夫だけど、どうした?」
「明日、シフト一緒ですよね。相談したいことがあって……バイトの後で少しお時間もらえませんか?」
「相談?」
麻衣が相談なんて言い出すのは珍しい。普段は何でも軽々しく話すタイプなのに、電話越しの声は少し真剣だった。
「うん、ちょっとだけでいいんです。どうしても聞いてほしくて。」
「……わかった。明日のバイト後でいいんだな?」
「はい!ありがとうございます、先輩!」
麻衣の声が弾む。何の相談なのか気になりつつも、それ以上聞けずに電話を切った。
日曜日の午後、いつものようにバイト先で働いていた。けれど、心は妙に落ち着かない。
(美咲、本当に来るのかな……。)
カフェの落ち着いた雰囲気に包まれながらも、昨日の約束が頭を離れない。そんな中、隣で作業していた麻衣が、にやにやと笑いながら声をかけてきた。
「先輩、大丈夫ですか?今日なんかそわそわしてますよ~。」
「別に。いつも通りだろ?」
「嘘だ~。先輩、なんかいいことあったんですか?顔がニヤけてますよ!」
「ニヤけてないし。ちゃんと仕事しろよ。」
「はーい……。」
麻衣は少しだけ口を尖らせながら、じっとこちらを見ていた。その視線がどこか鋭く、僕は思わず目をそらした。
店内のドアが開く音がして、僕は無意識にそちらを見た。
そこには、美咲が立っていた。昨日見た時とは違う、落ち着いた雰囲気のワンピース姿だ。
僕の視線に気づいた彼女が、小さく手を振る。その仕草に、胸が少しだけ高鳴った。
「あっ、橘先輩……。」
麻衣が声を潜めながら僕の耳元でささやく。
「先輩、バイト先教えたんですか?」
「……そうだよ。」
「わぁ、やっぱり可愛い……。」
麻衣の声には、どこか感嘆の色が混じっていた。それが妙に気になりながらも、僕は美咲の方へ向かった。
「美咲、よく来たね。」
「うん。お邪魔じゃなかった?」
「そんなわけないよ。こちらの席へどうぞ。」
彼女が窓際の席を選ぶのを見届けた後、僕は急いでカウンターに戻った。
麻衣は静かに作業を続けていたが、時折視線が美咲の方に向けられているのがわかる。その表情は無邪気なようでいて、どこか曖昧な感情が交じっているようにも見えた。
(麻衣……なんでそんなに気にしてるんだ?)
僕が疑問に思っている間にも、麻衣の視線が再び美咲に向けられる。
「先輩、橘先輩ってすごく素敵な人ですね。」
「そうだな。」
「学校では有名人ですよね。私も前から知ってました。でも……先輩と一緒にいるの、なんか不思議な感じです。」
その言葉に、麻衣が何を思っているのかを考えた。憧れなのか、嫉妬なのか、それとも別の感情なのか――彼女自身にもわからないのかもしれない。
「まあ、たまたま知り合っただけだよ。」
僕がそう軽く言うと、麻衣は一瞬目を伏せ、小さく頷いた。その仕草に、彼女の中にあるモヤモヤとした感情が伝わってくる。
美咲のオーダーを受け、カフェラテを丁寧に作る。カップに小さなハートを描きながら、彼女の微笑みを想像している自分に気づいた。
「お待たせ。」
美咲がカップを見て、ふっと微笑む。
「ハート……悠真君、こういうのもできるんだね。」
「たまたまだよ。気に入ったなら良かったけど。」
「うん、すごく嬉しい。」
その笑顔を見て、僕の胸が少し温かくなる。
カフェが混み始め、特に若い女性たちがちらちらとこちらを見ているのに気づく。その視線を感じるたび、どこか居心地の悪さが胸に広がった。
麻衣がそんな様子を見て、にやりと笑いながら小声で言う。
「先輩、モテモテですね~。」
「仕事に集中しろよ。」
「はーい。」
麻衣は軽い足取りで作業に戻ったが、その背中にはどこか影が見えた。
今回もお読みいただきありがとうございます!✨
バイト先にまで来た美咲ちゃんの行動力に、麻衣ちゃんもちょっぴり焦り気味……。あなた、悠真のこと好きなの?作者としても気になって仕方がありません(笑)。
果たして美咲の本心は? 悠真をめぐるこのドキドキ展開、ぜひ次回もお楽しみに!感想や評価で応援していただけると嬉しいです!