第10話 先輩と後輩
「悠真先輩……ですよね?」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにはバイト先で一緒に働いている藤崎麻衣が立っていた。制服姿とは違い、私服姿の彼女はどこか新鮮で、少しだけ大人びた雰囲気を纏っている。
「麻衣?びっくりしたな。どうしてここに?」
思わず驚いて声をかけると、麻衣はにっこり笑いながら手を振った。
「今日は友達と遊びに来てたんです。まさか先輩に会うなんて思わなくて!」
彼女の明るい声が、周囲のざわめきの中でも自然と耳に響く。その元気な様子に思わず笑みがこぼれるが、ふと隣にいる美咲に視線を移した。
美咲は少し戸惑いながらも、軽く頭を下げて自己紹介する。
「あ、こんにちは。私は橘美咲です。」
彼女の落ち着いた声に麻衣が一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「私は藤崎麻衣です!バイトで先輩にお世話になってます。橘先輩のことは、同じ高校で有名なので知ってます!」
「えっ、そうなんだ……。」
美咲は少し頬を赤く染めながら、照れくさそうに微笑む。
美咲と麻衣が軽く挨拶を交わしている間、僕の胸の奥はざわついていた。
(麻衣が同じ高校の後輩だったなんて……まずいな、気づかれたらどうする?)
美咲は僕の「イケメンモード」での姿しか知らない。学校での「僕」としての姿とは大きく違う今の自分が、彼女の中でどう映っているのか。麻衣がそこに関与してくることで、このバランスが崩れるのではないかという不安が頭をよぎる。
(いや、考えすぎかもしれないけど……。)
麻衣は美咲をじっと見つめた後、僕に向き直った。
「先輩、橘先輩と一緒にお買い物なんですね?」
その問いにどう答えるべきか迷ったが、美咲が軽く微笑んで自然にフォローを入れてくれる。
「そうなんです。今日は一緒にショッピングを楽しんでます。」
「いいな~!橘先輩みたいに綺麗な人とお買い物だなんて、先輩も幸せ者ですね!」
麻衣の無邪気な言葉に、美咲は目を丸くした後、少し照れくさそうに頬を染める。
「そ、そんなことないよ……。」
彼女の声が小さくなる。その姿があまりに可愛らしくて、思わず視線を逸らした。
▼美咲視点
麻衣さんの笑顔は眩しくて、見ているだけで元気をもらえるような気がした。
(こんな風に自然体でいられるのって、すごいな……。)
私が「完璧な橘美咲」として振る舞おうとするのとは違い、彼女は無理をしている様子もなく、悠真君とも軽く言葉を交わしている。その姿が少しだけ羨ましかった。
(悠真君のバイト仲間なんだ……私には知らない一面がたくさんあるんだろうな。)
そんな思いが胸の奥に小さく広がる。
「じゃあ、そろそろ友達のところに戻りますね。またバイトでお会いしましょう!」
麻衣さんが手を振って去っていく。その後ろ姿を見送りながら、ふと悠真君に尋ねた。
「悠真君、あの子、すごく元気で明るい子だね。」
「うん。バイトでもいつも明るくて助かってるよ。」
「そっか……。」
何か考え込むように、少しだけ視線を落としてしまう。
(藤崎さんは自然体で、みんなから愛される存在。そんな彼女を、悠真君はどう思ってるんだろう……。)
美咲の横顔が、少しだけ沈んでいるように見えた。何かを気にしているのだろうか?そんな疑問が頭を過ったが、声をかけることはできなかった。
(美咲……何か気になってる?)
その答えを知るには、まだ少しだけ時間が必要だろう。