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判明

 ゆっくり眠れたとは言えなかった。二人の言い合いで起こされる毎日だったが、今日は自然に目が覚めた。龍斗はまだ寝ている。

「あら、早いわね」

「なんか目が覚めた」

 顔を洗おうと、立ち上がるとテレビとスマホから警報音が鳴り響いた。緊急地震速報だ。

「きゃあ、なに⁈」

「地震だ。しゃがめ!」

 小泉は咄嗟に龍斗を守ろうとすると、飛び起きた。

「あ、地震だ!」

「おい、動くな!」

 十秒ほど、縦揺れが続き、地響きと家具の揺れる音が呼応し、恐怖に苛まれたが、揺れはすぐに収まった。体感では震度五強はあっただろうか。スマートフォンを確認すると、実際に観測した揺れは震度四だった。震源は、東京湾で津波の心配はないという。

「びっくりしたぁ」

 和美が言うと、小泉は怪我をしていないか聞いた。全員が無事で、家具も大丈夫だった。時々、発生する地震だろう。

 テレビでは、東京湾で地震が起きたとして、騒いでいる。最大震度は五弱だからか。特に、経済的にも大きな影響はないとしているが、気象庁も会見は行うらしい。

「大きな被害がなくてよかったな」

「そうねぇ。びっくりしたわ」

 久しぶりの地震だった。

「学校から何か連絡は来ているか」

「今見てみるわ」

 保護者の連絡網ですぐに情報が回ってきていた。

「このまま、余震がなければお昼から再開するって」

「なるほどな」

「わーい、休みだ」

 龍斗が、隣で喜んでいると、冷静に和美が制した。

「休みではない」


 今日は、小泉の方が家を早く出た。車で、今日の音楽を選ぶ。

「ドヴォルザークだな」

 ブルートゥースで車に繋ぎ、ドヴォルザークの「交響曲第七番」を選んだ。普通なら、九番の新世界を選ぶが、小泉はコアなクラシックファンなのである。

 いつもの道路を走っていると、今日はやけに自動車が多い気がする。赤信号に引っかかる確率も異様に高い。危うく職場に遅れるところだった。

「おーい、今日は遅いな」

「すまんすまん、ちょっと道が混んでてな」

「あー、確かに。俺も今日はタクシーで来た。電車が運転見合わせてたんだ」

 なるほど、そうか。だから車で移動する人が多かったのか。それにしても、昼まで運転を見合わせているのは、よほど大きな地震だったのか。

「そんなに地震強かったのか?」

「さぁ、余震が怖いんじゃないか」

「なんだそれ。あ、福ちゃん、今日の夜時間あるか?」

「え、どうしたんだよ」

 小泉は、昨日山本と話し合ったことを手短に福田に聞かせた。

「それはやばいな」

「そうだろ。夜に改めて話そうと思ったんだが、福ちゃんは、どうする」

「どうするってなにが」

「内部告発に協力するかしないかだ」

「ゲームしたいけど、それはするでしょ。こんなこと滅多にないもん」

 どこまでも呑気で、能天気な福田が少し羨ましかった。

「お前はゲームばっかだな」

「まあな、昔から好きだし、最近はユーチューブにゲームやってる動画を投稿しようと思ってんだ。編集は得意だからな」

 こいつはこんなことばっかり言っている。

「前も言ってたな」

 少し笑ってやった。

「じゃあ、今日の夜いつもの店で」

「りょうかーい」

 小泉には、心配事がもう一つあった。それは、アルバイトの徳山だ。あの人の情報収集能力は化け物だ。千里眼で地獄耳。徳山に知られたら、絶対に周りに言いふらすに違いない。

「徳山さんに、勘付かれないようにしないとな」

「あ、そうだな。噂は全てあの人の耳に入ってるからな」

「ああ」

 こんなやりとりをしていると、平井が事務所から出てくるのが見えた。平井にこのことを言うか迷っていた。唯一優しい上司だからと言って、不正を行っているであろう人間と繋がっている可能性もあるからだ。そんなことを考えていると、山本からの連絡が来た。


『不正な資金の流出の疑いが判明』


 十四時になると、いつも通りに吉川と徳山が出勤する。端的に指示を出し、徳山を吉川に押し付けた。徳山は相変わらず、吉川に向かってどうでもいい話をしている。吉川には、申し訳ないが、うっかりあのことを聞かれてはまずいので、仕方ないと思うことにした。

 十七時には、大山、杉谷、阿久津の三人の派遣社員と大学生が出勤してきた。上田と三波は、ガムを噛んでいる。いちいち怒るのも面倒くさいが、注意をした。今日は五人揃っている。改めて指示を出し、業務にあたった。

 無事に終了し、小泉と福田は平井に挨拶してから、車に乗り込み、山本がすでに待っているといういつもの中野駅近くの居酒屋で落ち合った。

「飲むぞー」

 まだ、詳しく状況を知らない福田を尻目に、小泉は山本に問うた。

「あれは、どういう意味だ」

「あぁ」

 山本は、大きく息を吸い、今日発見したことを語り始めた。

「今日、経理の書類をまとめていたんだ。すると、株式会社デビウスという会社にウチから三億の資金が流れていたことがわかった」

「なんだその会社」

 福田が、飲んでいたビールのジョッキを口から離し、聞いた。

「俺も調べるまで知らなかった。それで会社の企業データベースで調べてみたんだ。そしたら、ほとんど情報がなくて、怪しいと思ったわけさ」

「なるほど。不正流出か」

 小泉は言ってはみたものの、よくわからなかった。

「それで、どんな問題があるんだ」

 福田は、すでに顔が赤くなり始めている。

「俺は、法律に詳しくないからよくわからんが、このデビウスって会社に巨額の資金が流れているってことを考えたら、なにかしら会社法とか何かに抵触しそうだな」

 小泉は、知り合いに法学部卒の人間がいないか思い巡らせたが、ほとんどが経済学部で、数人だけ、文学部だった。

「法律に詳しい人間はいないか」

 小泉が聞くと、二人からの反応は芳しくなかった。

「取り敢えず、今は俺たちで調べるしかなさそうだな」

 この日も三人で夕食を食べ、店を後にした。


 翌日も晴れ。この日は金曜日。土日で多くの会社が休むため、荷物を出す法人が増える。そのため、帰りが遅くなりやすい。

 出勤すると平井と誰見知らぬ男が話していた。

「おはよう。君にも紹介しておこう」

 そう言うと、平井は隣の男を見ながら言った。

「今日から試用期間で来た、マネージャーの和田くんだ。ここは本社でもあるから、マネージャーが付くんだ。よろしくな」

 大きな体で腕を組み、見た感じは大柄な人間だ。

「よろしくお願いします」

 小泉が言うと、和田は腕組みを解き、小泉よりも一回り大きい右手をゆっくりと差し出した。

「こちらこそ、宜しく」

 やはり横柄だった。

 法務部から異動してきたという和田は、我々現場の人間を見下しているようだ。

 十七時に全員集まったことを確認すると、平井が朝礼を始めた。

「えー、今日も物量が多いと予想しています。昨日の地震の影響もあるかもしれませんから、気を抜かずに、怪我をしないよう取り組んでください。それから、今日から試用期間として、二名のマネージャーが共に働きます。皆さんの指導と我々のサポートをしてもらいます。もう一人の方は、別の日に来られますので、その時になったら紹介します」

 そう言い終えると、端にいた和田が胸を張って、腕を組みながらゆっくりと歩いてきた。

 

 小泉が、デスクで書類を作成していると、派遣社員の阿久津と杉谷の話し声が聞こえてきた。

「え、まじすか」

「そうっすよ。うちの息子、早稲田受かって四月から行ってるんですよ」

 杉谷の子供の話だろう。

「賢いっすね。なに学部ですか?」

「確か、法学って言ってた気がします。僕、法律嫌いなんで困ったら息子に助けてもらいます」

 そう言うと、阿久津は大笑いした。そこへ、大山が入ってきた。

「なんの話してるんですか」

「大学の話っす」

 阿久津が答える。

「へぇ、みなさんどこ行ってたんですか」

 大山が聞くと、二人が笑った。

「俺行ってないっす」

 阿久津が笑いながら言った。

「僕は、一応中央大学行ってました」

 阿久津が驚いた声を出した。

「え、大山さんは?めっちゃ賢そうですけど」

 阿久津は気になっているのか、身を乗り出して聞いている。

「別に賢くないですよ。大学は、東大です。」

 阿久津と杉谷から、驚きの声が漏れた。

「え、さすがっすね。なに学部ですか?」

「法学です」

「え、僕の息子も法学部なんですよ。法学部って難しいですか」

 今度は杉谷が、身を乗り出した。

「別に難しくないですよ。記憶力さえあれば」

 大山は、笑いながら行った。

 和田がのっしりと歩いてくると、話し合っている三人に注意を促した。

「ここは、現場だ。大きな声を出すんじゃねぇ」

 派遣社員には、異様に厳しいようだ。

 小泉は、それをチラッと横目で見ていると、福田がやってきて、バナナを差し出してきた。

「これ、もらったけどいる?」

 小泉は、後で食べると言って脇に置いて聞いた。

「なぁ、あの和田って奴、なんなんだ?」

「さぁ、上からの人間だから、俺たちのことを監視してんのかもな」

「監視?」

「ほら、温度不良が出てたからじゃないか?」

 福田はこんな状況でも呑気である。

 小泉は和田を睨み、ため息をついた。


 今日は、三十分オーバーして業務を終えた。派遣社員は二十二時に退勤し、残りをいつものように自前のアルバイト達と協力して終わらせた。

「えー、和田さんからの今日の総評を頂きます」

 福田が面倒くさそうに言った。

「おっほん。今日の働きぶりは些か好ましいものではない。金曜日だからと言って浮かれるな。特にそこの大学生組」

 わざわざ、咳払いをして話すつくづく嫌な奴だった。

 大学生組から、舌打ちと非難の声が漏れた。

 今日は、山本と会う予定はない。そのまま帰宅する。

 車にの乗り、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」をかけ、のんびり車を走らせた。

 家に着くと、和美が夕食を準備して待っていた。

「おかえりなさい。今日は、肉じゃがよ」

 肉じゃがは、小泉の大好物である。と言うよりも、小泉は和食には目がない。手洗いうがいを済ませ、椅子に座り、大きな口で肉じゃがを頬張った。三日ぶりに家で食べる。やはり、家のご飯が一番美味しい。

 夕食を済ませ、何気ない話をしてから風呂へ向かい、本社から異動してきた和田のことを考えながら、すぐに眠った。


 今日はゆっくりと、目を覚ました。土曜日なので、心置きなく眠れた。現場は、課長の服部と部長の佐々木が担当している。太陽の温かな空気が東京中を包み、その中でウグイスの可憐な鳴き声が響いている。

 小泉家は、のんびりとした雰囲気が漂っている。

 ゆっくりと起き上がり、洗顔をする。朝食を済ませ、書斎に籠って、調べものをする。政治家と企業の癒着を調べていた。

 パソコンと睨み合いしていると、福田からLINEがきた。

『横山の件、何かわかったか?』

 そんなすぐに分かるわけないだろと半ば呆れと、意外とやる気なんだなと感心した。まだ分からないと返信する。

 そんなやりとりをしていると、土曜日と日曜日はあっという間に過ぎていった。

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