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揺蕩う追憶

初めての創作なので、まだまだ未熟でしたが、今まで読んでくれた方ありがとうございました。

また、この章だけ読んでくれた方もありがとうございます。

是非、最初から読んでみてください!

 その日は朝から何度も微睡みと目醒めを繰り返し、重い心持ちを引きずりながら、床に伏せていた。柔らかく身体を包む寝具に沈み込むと、天井の白さをただぼんやりと見つめるばかり。

 だが、目には映らぬ遠い過去の記憶が心の奥底で動き始めていた。考えれば考えるほど、福田が自分たちを裏切っていたことへの疑念が胸中に広がり、思いは揺れ動くばかりであった。

 あの日、福田がふと漏らした言葉

──「最近はユーチューブにゲームやってる動画を投稿しようと思ってんだ。編集は得意だからな」──

 その軽い調子が今になって気にかかる。あの頃は、単なる趣味かと思って聞き流していたが、今ではそれすらも専務が目をつけ、利用し始めたのではないか、という疑念が募っていく。

 ひょっとすると、その技能は、彼の不正を助けるために使われていたのかもしれない。そう考えると、彼の言動がすべて裏を持っていたかのように思えてくる。

 常務があの日、USBを調べていた場面で、福田が不安そうにUSBを見つめていたこと、今も目にこびりついて離れない。全てが疑わしく、信じられなくなってしまった。

 福田がいつ、専務と知り合い、何を語り合っていたのか、その一切が霧のように曖昧でありながらも、不信の念だけが重くのしかかってくる。

 山本や和田も同じ思いを抱えているのだろうか。ここ数日のやり取りでは、皆が心の奥に不安と疑いを隠し持ちながら、表向きは平静を装っていた。

「あのニュースを聞いたか?」

 とお互いに問いかけ合う言葉の裏には、互いへの不信が含まれていた。

 彼らの顔には、隠しきれぬ不安と苛立ちが色濃く表れていた。

 福田とともに働けなくなったと認めざるを得ない現実は、小泉の心に重くのしかかり、深い痛みを伴って胸を締め付ける。

 あの日々、共に過ごした時間が、何もかもが裏切られたという事実が、彼の内に突き刺さり続けた。

 それから数日が過ぎた土曜日の午後、山本から「少し話さないか」という連絡が入った。

 心が揺れながらも、小泉は静かに車に乗り込み、約束の場所へ向かった。車の中で無言のまま過ごすのは堪えがたく、かといって音楽を聴く気分でもなかった。

 しかし、何かが欲しくて、ドヴォルザークの《新世界より》を流すことにした。列車のようにゆったりとした旋律が、車内の空気を満たし、どこか遠く、心の痛みを和らげてくれるように感じた。

 夕日が沈みゆく頃、丘の上にたどり着くと、山本と和田の姿が目に入った。沈む夕陽を背に、彼らの姿は薄く滲むように映えている。

 風が丘を渡り、木々の間をさらさらと通り抜けていく。小泉は車から降り、その光景を目にすると、胸の奥にある感情が押し寄せ、溢れ出しそうになった。

 この丘には、入社してまだ日も浅い頃、福田と山本と共に集まり、仕事の愚痴をこぼしながら笑い合っていた記憶がある。

 無邪気に笑い合い、未来への不安など知らぬ顔をしていたあの日々が、まるで昨日のことのように甦ってきた。

 しかし今となっては、その笑い声すら薄れてしまい、胸に刺さる痛みがただ残っているだけだった。

 三人の間に、言葉はなかった。ただ静けさが漂い、冷たい風が木々の間を音もなく流れ去るばかりだった。口を開くことなく、心の中で交わされる言葉なき対話が、深い悲しみと共感をもたらしていた。

 共に過ごしたあの日々は、今では何とも言えぬ苦しみと裏切られた思いへと姿を変えてしまった。

 一回り年長の和田もまた、同じく福田との時間を振り返っているようだった。彼の目は遠く、何か見えぬものを見つめるように空を仰いでいる。

 その顔には、痛みと悲しみ、そして静かな諦めが漂っていた。福田との絆が切れたことで、彼自身もまた大切なものを失ったように見えた。

 その沈黙の中、小泉の胸の内に押さえきれぬ感情が溢れ、ついに涙が頬を伝って流れ落ちた。抑えようと思っても、どうしても止められなかった。

 山本と和田は言葉を発することなく、ただ小泉の肩にそっと手を置いた。三人は、ゆっくりと沈んでいく夕日を見つめながら、その沈黙の中に一緒にいることで、互いの心に寄り添っていた。

 やがて和田が、静かに口を開いた。

「常務から全て聞いたんだ。福田の様子を思い返してみれば、確かにおかしな言動があったな」

 その言葉には、深い疲労と、諦めにも似た思いが込められていた。

「そうなんですか・・・・・・」

 小泉は信じたくない、という思いを隠しきれず、震える声で返事をした。

「そして、専務らは冷蔵品として建築資材を運んでいたらしい。主に、セメントだ」

 和田の声は低く、しかし静かに響き渡る。その言葉が、今まで信じていた現実が崩れていく音のように感じられた。

「なんで冷蔵なんですか?」

 山本が、恐る恐る問いかけた。何かもっと深い事情があるのか、そう問いたくなる不安が彼の声には込められていた。

「元々、横山が担当する予定だったんだが、たまたま人事異動があった。横山がそのまま担当していたら、もっとやり易かったんだろう」

 その言葉に、小泉はある日を境に不自然に増えた荷物のことを思い出した。今になってみれば、すべてが不自然に繋がっていくような気がした。

 和田は息をつき、再び言葉を続けた。

「ニュースで、福田は常務と話した後、専務に声をかけられたと言っていたが・・・・・・もしタイミングが少し違えば、俺が声をかけられていたかもしれない」

 あの日、福田の前に和田が常務室を訪れていた。雀色時に染まる空と心が沈黙と重たい空気の中で、誰も次の言葉を見つけられないまま、ただ時間だけが静かに過ぎていった。

 五月の夕暮れは、日が長く続く。空は刻一刻とその色を変え、柔らかなオレンジから、やがて紫の薄明かりへと移り変わっていった。

 やがて空は藍色の深みを帯び、星がぽつりぽつりと瞬き始める。

 三人は、ただその美しい空虚な光景を見つめながら、心の中に募る思いを抱え込んでいた。遠くから、小鳥のさえずりが静かに聞こえてくる。

 その穏やかな音色が、どこか彼らの心を優しく包み込み、ほんの一瞬でもその切ない思いを和らげてくれているように感じられた。

 車内では、ドヴォルザークの《新世界より》の第二楽章が静かに流れ続けていた。オーボエの優美な旋律が、車内の静けさに溶け込みながら、ゆったりとしたリズムで心の奥底に響き渡る。

 その音楽に包まれながら、小泉はまた遠い記憶へと思いを馳せた。かつて共に笑い合った日々、そして今では遠く手の届かぬものとなってしまった友との絆が、風に乗って彼の心に淡く揺れ続けていた。


 夕闇が静かに広がり、空は藍色に染まりゆく。風は肌を撫でるようにやわらかく、木々の葉はささやかな音をたてて揺れた。

 三人は、丘の上から沈みゆく太陽を見つめ、互いに言葉なく寄り添っていた。沈黙が続く中、福田との過去が心の中で静かに浮かび上がり、彼らの胸に去りがたい寂しさが押し寄せる。

 遠い日の記憶──笑い声に包まれた頃の景色は、今では色褪せ、まるで夢のように思えていた。

 夕日の光が大地に溶け込み、やがて空は深い闇に包まれていく。彼らはその光景に、消えゆく過去の自分たちを重ね合わせていた。

 星が一つ、また一つと夜空に輝き始める。冷たく澄んだ空気の中で、小鳥の声が遠く響く。

 かつての仲間たちの声が風に乗って舞い戻ってきたかのようだった。小泉はその音に耳を澄ませ、しばし目を閉じた。涙はもう乾き、心の中に残るのは、ただ穏やかな感謝の念だけだった。

 かつて共に笑い、共に歩んだ日々が、彼の胸に温もりをもたらし続けている。

 和田は何も言わず、ただ頷きながら、深い夜空を見上げていた。彼の目には、星々の光が映り込んでいる。人の営みは短くも儚いが、その瞬間瞬間は、星のように輝きを放ち、いつまでも心に残り続けるのだと、三人は静かに感じていた。


 夜の風が吹き渡り、草原の上でそよそよと音を立てた。彼らは立ち上がり、それぞれの道へと帰ろうとしていた。過去の痛みも、裏切りも、今はもう遠い昔のことだ。

 共に過ごした日々の記憶は、どんなに離れても、どんなに時間が経っても、彼らの心に輝き続けるだろうか。

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