大摘発
その日の午後、小泉は事務机に身を沈めるようにして座っていた。目の前の書類はまるで彼を嘲笑うかのように山積みになっており、そのすべてが彼に対する無言の圧力をかけている。
隣の福田も、椅子にぐったりと凭れて、何かを考えるようにしていた。
だが、その時、山下が事務所の扉を押し開けて出てくると、二人は瞬時に居住まいを正した。
まるで教壇に立つ教師に気を引き締める生徒のように。
「おはようございます」と、山下が上から目線で声を発する。
小泉と福田は、それに対して丁寧に「おはようございます」と返した。
山下は挨拶が済むと、早速仕事の準備に取り掛かる。
小泉と福田は、しばしの間、彼の背中を眺めながら、のんびりとした雰囲気を保っていた。
その時、ふとスマートフォンが震えた。
画面を確認すると、常務からの連絡だった。
「お、常務からだ」と小泉が声を上げる。
「なんて?」
福田が興味津々で身を乗り出してきた。
「ん?」
小泉は、画面をじっと見つめ、表情が急変した。
彼の顔が青ざめ、言葉を失った。
「なに?どした?」
福田が一層焦って尋ねる。
「外見てみろ」と小泉は、指先で窓の方を指した。
福田が慌てて外を見ると、驚嘆の声が漏れた。「うわっ!」
小泉も続けて窓の外を見た。そこには、かつて見たことのある十字軍のような人々が、群れを成して押し寄せていた。
ジャーナリストや報道陣、さらには警察の姿もちらほら見える。
彼らは不正取引の告発を受けて、まさにここに集結しているのだ。
小泉は、常務が国税庁に告発したのだと瞬時に悟った。
その背後には、複雑な法律や経済の構造が絡み合っているのだろう。
彼は、この騒動がどれほどの影響をもたらすのか、考えるだけで身震いがした。
隣では、平井がまたもや慌てふためいている。彼の目は恐怖と混乱の色に満ちていた。
「何が起こっているんだ⁈」と、声を荒げる平井に対し、小泉は「落ち着け、これは単なる初動です」と言い聞かせた。
福田も不安げに言った。
「でも、これが本当に終わりの始まりなのか?」
小泉は黙って窓の外を見続けた。報道陣のフラッシュが瞬くたびに、彼の心は不安の波にさらわれていく。
常務の決断が引き起こす結果を想像すると、背筋が凍る思いがした。
正義が勝つのか、それとも裏で糸を引く者たちが暗躍するのか。彼は、未来を見据えながら、手に汗を握っていた。
窓の外では、抗議の声や報道のカメラが揺れ動く。小泉の頭の中では、法律用語や経済用語が飛び交い、混乱が広がっていた。
内部告発、コンプライアンス、利益相反。全ての言葉が、今この瞬間の緊張感を増幅させていた。
「これからどうするんだ?」と、福田が不安げに尋ねた。
しかし、小泉は答えられなかった。
そして、彼らの視線は再び窓の外に戻った。報道陣の中に、常務の姿を見つけることはできなかったが、彼の意志は確かにこの場に響いていると感じた。
これから始まる混沌とした戦いに、彼らは自らの役割を果たす準備をしなければならなかった。
そして、その瞬間が迫っていた。どのように事が展開していくのか、誰もが未知の恐怖を抱えながら、次なる一手を待ち構えていた。




