最果ての正義

予感と葛藤

　一同がそれぞれの持ち場に戻ると、小泉は思わずため息をついた。

　彼の心の中に渦巻く不安は、まるで深海に沈んだ漁網のように絡み合っていた。常務の意図は何なのだろうか？

　彼は今、どんな考えを巡らせているのか。

　小泉はその問いが頭を離れず、業務に集中できなくなっていた。

　大山も福田も、彼と同じように戸惑っているのがわかった。

　常務がぼそっとつぶやいた「なぜバレたのだろう」という言葉が、さらに小泉の心をざわつかせた。

　それが引き金となり、どんよりとした重苦しい雰囲気が社内を包み込んでいた。周囲の仲間たちはまるで海底の魚のように、言葉を失い、会話を交わす気力もない。

　目の前に迫った敵の姿が、いつの間にか離れた気がして、逆に不安が募る。

　業務が無事に終わり、ようやく解放された感覚が広がる中、福田が近づいてきた。

　彼の表情には、心配の色が浮かんでいた。

「残念だったな。でもまたチャンスはあるだろ」と、福田は優しく声をかけたが、その言葉が小泉の心に響くことはなかった。

「そうだな」と小泉は無気力に返事を返した。

　言葉には力がなかった。

　彼はまるで波に押し流される小舟のように、自分の感情を表現できずにいた。

　その時、徳山が迫ってきた。小泉は、その存在が今一番関わりたくない人物だった。

「え、途中どこ行ってたんですか？」

　徳山の問いに、小泉は気持ちが重くなった。

「あー、ちょっと用事ができたんで」と小泉は、出来るだけ親切に装いながらも辛辣な口調で応えた。

　彼の心の中には、暗い影が横たわっていた。

　その瞬間、室内の奥から山下がロボットのように無表情で歩いてきた。

　小泉は、まるで自動販売機のように硬直していた。

「小泉さん、途中で抜ける時は報告してからでお願いしますね。福田さんも」と、まるで機械的に命令するかのように言い放った。

　二人は一瞬驚き、すぐに謝罪の言葉を口にしたが、心の底から反省しているわけではなかった。

　平井と福田に別れを告げ、小泉は覚束ない足取りで車に向かう。

　彼の脳裏には、常務の言葉が響き渡っていた。「なぜバレたのか」という疑問が、彼の心の中で大きくなっていた。

　自宅に着いた時、夕陽は既に沈んでいた。和美がキッチンで夕食を準備している姿は、心の安らぎをもたらす。

「おかえりなさい。ちょっと顔色悪いわよ」と、和美は心配そうに振り返る。

　その言葉に、胸が締め付けられるようだった。

「ああ、ちょっとゴタゴタしてな」と小泉は、力なく返す。

　彼の心の中では、暗い波がうねっていた。今日の出来事が、彼の心に重くのしかかっている。

「大丈夫なの？」

　和美が心配そうに尋ねる。その優しい目が、彼の心にしみ込んでくる。

「ああ、食べて風呂入って、今日はすぐ寝るよ」と小泉は軽く微笑みながら言ったが、その表情には疲労がにじんでいた。

「そうね。無理しないでね」と和美は優しく微笑み、台所の仕事に戻った。

　その姿を見つめながら、小泉は自分が抱える不安と葛藤を彼女に話すことができなかった。

　彼の心の中では、渦巻く感情があふれ出しそうだったが、それを打ち明ける勇気がなかった。

　食卓につくと、食事の香りが鼻腔をくすぐった。和美が作った料理は、彼にとっての安らぎだった。

　彼は無心に食べ始めたが、心の片隅には常務の言葉がずっと残っていた。「なぜバレたのか」という疑問が、頭の中を巡っている。

「今日、会社で何かあったの？」

　和美がふと尋ねた。

「いや、特に何も」と小泉は言ったが、その言葉には真実が隠されていた。

　彼は思わず目を逸らし、食事に集中した。

　心の中では、常務の決断がどのように影響を与えるのか、考えても考えても答えが出なかった。

　食事が終わり、彼は風呂へ向かう。湯船に浸かると、温かい水が彼の疲れた身体を包み込んだ。

　しかし、心の中の冷たい波は収まらず、じわじわと彼を追い詰めていく。

「今日は早く寝よう」と小泉はつぶやき、湯船から上がった。　

　彼は自分の部屋に戻り、寝具に身を横たえた。瞼が重くなり、徐々に夢の世界に引き込まれていく。

　しかし、その夢の中でも常務の言葉が繰り返される。

　その晩、小泉は何度も目を覚ました。寝苦しさと、不安が彼をつきまとった。

　夜が深まるにつれ、心の奥底から何かが起こるという予感が強まっていた。

　彼は、次の日がどのように展開するのか、考えを巡らせることしかできなかった。

　そして朝が訪れた。太陽が昇り、部屋に差し込む光が彼の顔を優しく撫でる。

　小泉は寝ぼけたまま起き上がり、カーテンを開けた。

　外の空気は新鮮で、心を少し軽くしてくれたが、会社に向かう準備を進めるにつれ、またもや重い雲が心の中に立ち込めた。

　街を車で走ると、人々の活気に包まれていたが、その中で小泉だけが何かに囚われたように感じていた。

　会社に着くと、同僚たちの表情に違和感を覚えた。誰もがいつも通りの笑顔を浮かべているはずなのに、どこか浮き沈みのある気配が漂っていた。

　小泉は、これから何が起こるのかという不安に、胸がざわつくのを感じた。

　業務が始まり、常務の動向を気にしながら仕事に取り組み始めた。