突撃
夕日は赤く、街を染めながら沈んでいく。
春の夕暮れの静かな空気が漂うが、その穏やかさとは裏腹に、廊下は不気味なほど静まり返っている。
節電のために照明は消され、闇が漂っている中、常務を含む五人の姿が、薄暗い待合室の大きなソファーに隠れていた。
大柄な和田は、何とか体を丸めて身を潜めているが、その不自然な動きが窮屈そうだ。
「恐らく、あそこで話し合っているはずだ」
常務の低い声が、張り詰めた空気をさらに冷やす。誰も身じろぎせず、彼の言葉を飲み込んでいる。
和田が息を潜め、ささやくように聞いた。
「まだいますか?」
「まだ十分も経っておらん。そんなにすぐには移動していないはずだ」
常務は、焦りを抑え込むように、ハンカチで額の汗を静かに拭き取る。辺りは息遣いだけが微かに響き、耳を澄ましても、専務たちの声は聞こえてこない。
重い沈黙が続き、全員の心拍が急速に上がっていく。
「常務、どうしますか?」
小泉の質問に、常務は迷わず答えた。
「あと五分待ってみて、出てこなかったら突撃しよう」
その言葉に一同は、次の動きまでの緊張感に耐えながら、身を潜め続ける。
常務は、専務たちが現れる瞬間を逃すまいと、静かに時を刻む。
「福田くん、ビデオの準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
福田は、スマートフォンを握りしめていた。常務に命じられ、専務と国土交通省との癒着の証拠を押さえるため、動画撮影の準備を進めている。
あと五分だ。皆の緊張が極限に達し、冷や汗がにじむ。
「常務、そろそろ五分です」
福田がついに時間を知らせた。
常務はうなずき、動きを決断する。
「うむ。では、行くか」
全員がゆっくりと固まった体をほぐし、緊張で硬直した筋肉を伸ばす。
常務が先頭に立ち、専務室へと静かに向かう。
廊下は真っ暗で、足音ひとつ響かせないように慎重に進む。
心臓の鼓動が全員の耳に響く中、小泉が不安を口にする。
「常務。もし武器を持っていたらどうしますか?」
大山の問いが一同の緊張を一気に増幅させた。
常務は一瞬言葉に詰まり、大きな声で返した。
「あ、その時は逃げろ。私が時間を稼ぐ」
その言葉に皆が驚き、和田が焦った声を上げた。
「そんな、常務が怪我したら・・・・・・」
だが、常務は厳しい表情で口を閉じ、眉間に深い皺を刻んでいる。額にはさらに汗がにじんでいた。
人差し指を唇に当て、声を封じる。
「いいから、静かに」
一同は再び静寂に戻り、専務室の前に到着する。
中からは、何も聞こえない。常務は扉に手をかけ、その重さを感じながらゆっくりと開け始めた。
扉が軋む音が、静寂の中に響く。
全員が息を呑み、目の前の光景に神経を集中させる。
「え・・・・・・?」
沈黙を破ったのは常務の驚愕の声だった。和田がすぐに続く。
「どうしました?常務?」
だが、常務の口から出た言葉は予想外のものだった。
「奴らがいない・・・・・・」
その瞬間、四人は一斉に驚きの声を上げた。
「え?」
「そんなバカな・・・・・・」
小泉が思わず声を漏らし、福田もすぐに冷静な分析を口にする。
「一瞬の隙を突かれましたね」
しかし、常務は納得していない様子で、額に手をやり、深い悩みに沈んでいた。
「しかし、専務はこの時間は必ずいるはずだ。つまり・・・・・・」
彼の声には、かすかに焦りと苛立ちが滲んでいた。




