確信
春の夜、柔らかな風がそよぎ、新たに生まれた虫たちが星空の下で歓喜の舞を踊る。ウグイスやメジロは、心地よい夢の中で静かに眠り、世界は穏やかな静寂に包まれていた。そんな中、小泉、福田、山本の三人は、和田のいつもの居酒屋に集まった。
初めて、いつもの三人に和田が加わった。
居酒屋の暖かい灯りが、外の闇を和らげ、心をほぐしていく。彼らの笑い声が酒の香りと共に漂い、まるで春の花々が一斉に咲き誇るようだ。
仲間が増えることの喜びは、思いも寄らぬほどの活力をもたらす。
ふと窓の外を見れば、夜空には多くの星が輝き、春の気配があふれ出している。
「国税の調査では何も出なかったが、やはりこの会社から不正な金の流れがあったことは間違いなさそうだな」
山本は腕を組みながら呟いた。
隣で福田は、焼き鳥の皮を頬張りつつ「恐らく、そうだろうな」と同意した。
初めて、確信に触れている気がする。
和田も頷き、「マネーロンダリングや脱税の可能性は否定できない。証拠不十分とはいえ、資金洗浄に関する法令違反の疑いが強い」と続けた。
緊迫した空気の中、彼らの視線は真剣そのものだった。
「もし、脱税以外にも何かやっていたら、例えば、横領罪が発覚すれば警察が動くし、会社法に違反していたら法務省やその関連機関が捜査に入る可能性がある」
和田は言葉を続けた。息を大きく吸い込み、真剣な眼差しを向ける。
「企業の信用が失墜すれば、取引先との関係も危うくなる。早急に対策を講じないと、事態はさらに悪化するかもしれない」
彼の懸念は一層深まっていた。
「あと、偽会社のデビウスへの不正な取引があったとなると、証券取引等監視委員会も出てくるかもしれないな」
和田は言った。小泉と福田は、聞き慣れない用語に同時に首を傾げたが、山本は頷いていた。
証券取引等監視委員会は、金融商品を取り扱う業者や上場企業に法令違反が認められた場合に捜査を行う機関で、特に市場の健全性を守る役割を担っている。
「もし、デビウスが不正な財務報告を行っていれば、虚偽の開示やインサイダー取引といった法律違反が疑われる」
和田は続けた。彼の言葉には緊張が漂い、福田も小泉も真剣な表情になった。
証券取引法に基づく規制が厳しく、違反が発覚すれば、経営陣の刑事責任が問われる可能性があるのだ。
「実際、過去には不正会計や粉飾決算が発覚した企業が、一夜にして株価を大きく下落させたケースもある。彼らの信頼が失われるだけでなく、取引先にも影響が及ぶ」
山本が言った。市場の反応は迅速で、消費者や投資家の信頼を回復することは容易ではない。
彼らは、今後の動きに注意を払わなければならないと強く感じていた。
「証券取引等監視委員会? それは、どういう罪になるんだ?」
福田が興味津々に問いかける。
和田はしばらく考え、「ディスクロージャーの違反や、金融商品取引法違反だな」と答えた。
福田は理解できない様子だったが、その言葉が重い意味を持つことを感じ取った。
一般的に、これらの違反は市場に対する信頼を揺るがす重大な罪であり、懲役や罰金が科されることもある。どちらにせよ、業界での立場を揺るがす事態であることに違いはない。
「これからどうすんだ?」
福田が、ピーマンの肉詰めを口にしながら問いかけた。
山本が思案し、
「誰が、それらを支持したかを確かめないとな」
真剣な表情で言った。
彼の言葉には、内部告発や偽証の可能性が暗示されている。情報を集めることが、今後の方針を決定する上で不可欠なのだ。
「私は、来週の月曜日からマネージャーではなくなる」
和田が発言すると、小泉と福田は驚きの表情を浮かべた。
「とは言っても、君たちが働いている部署と上の意思を伝達する役割を割り振られている。
また、新たなマネージャーが来るだろう」と和田は続けた。
新たなリーダーシップが導入されることで、内部の緊張感は一層高まる。
「じゃあ、和田さんが一番情報を掴みやすいのか?」
福田が尋ねると、和田は頷いた。
「恐らく。ただ、あの大学生たちも重要な情報源になるだろう」と答えた。
彼らは、研修を通じて新たな情報を得ており、その直後に彼らから得られる情報が、局面を打開する手がかりになるかもしれない。
最近、研修の終わりに、彼らからの情報を待っているが、新たな動きは見られなかった。
恐らく、常務の画策が一枚上手で、彼らを利用しているのだ。小泉は内心で、再び情報を探る必要性を感じていた。
「まだ、しばらく様子を見たほうがいいな」
山本が結論づけると、一同は頷き、それぞれ注文した夜ご飯を食べ終えた。
春の夜、心地よい風が吹く中で、彼らはそれぞれの帰路に着いた。
明日が何をもたらすのか、胸に広がる不安と期待が交錯し、静かな夜にその思いを抱えながら歩き続けた。
小泉が家の扉を開いた瞬間、和美がリビングから声をかけてきた。
「あなた、ちょっとこれ見て」
和美は、急いでテレビのリモコンを操作した。
画面には、見慣れた建物が映し出されている。ニュースキャスターが読み上げる声が、部屋の静寂を破った。
『証券取引等監視委員会は、株式会社ルックスに対して、不透明な資金の流れがあったとして、ヒアリング調査を行うと、関係者が明らかにしました。調査の結果次第では、業務改善命令などの行政処分の可能性もあるということです』
「なんだよこれ」と小泉は驚き、心臓が一瞬高鳴った。
自分の身の回りで起こっている事態が、テレビの画面に映し出されているとは想像もしていなかった。
「どういうこと?」
和美も不安そうに問いかける。彼女の目には、恐れと疑念が交錯していた。
小泉は、意を決して和美に言った。
「実は、会社の上層部で不正が行われているかもしれない。これまでの取引の中で、証券取引法に抵触する可能性が高い状況が続いていて、マネーロンダリングの疑いもある」
口を開くと、和田に教えてもらった言葉が次々と続いた。
「虚偽の開示や資金の不正な流用があった場合、これは重罪だ。やつらが動くのも当然だよ」
先程、和田から教えられた言葉を、上手く繋ぎ合わせて言った。
和美の表情は驚愕に包まれ、彼女の声は震えていた。
「調査が進めば、社内の誰かが告発する可能性もあるの?」
和美の目には、疑念が色濃く映っていた。
小泉は頷き、「告発者が名乗り出れば、その人は保護されるが、内部告発が行われると、必ずしも会社の立場が守られるとは限らない。これまでの悪事が次々と明るみに出る可能性が高い」
ニュースは続いていたが、小泉の頭の中は混乱していた。証券取引等監視委員会が関与することで、会社に対する信頼が一瞬で崩れ去る可能性がある。
業務改善命令が出されることになれば、企業の運営が大きく変わるのは、一般社員からみても明白だった。
その日から、小泉は気が重たくなった。




